第116話 新たな拠点
冬の到来を間近に控えた11月の某日。
一夜明けた早朝の広場に、8台の大型バスがズラリと並ぶ。
続々と乗り込んでいく359人の帰還者たち。大半の者は安堵の表情を浮かべ、とくに混乱もないまま数を減らしていった。
待ちに待った日常への復帰。久しぶりとなる家族との再会。いろいろ思うところはあれど、ひとまずは終結といった感じか。俺たちを含め、現代に戻れただけでも幸運なのだろう。
「それじゃあ、またそのうちにな」
俺や実家に向かう仲間たちは、それぞれ個別の車で送ってもらうことに――。簡単な挨拶を済ませ、皆が笑顔のまま駐屯地を後にする。
まあ、これが今生の別れならともかくとして。全員、いつでも会える距離に住み始めるんだ。寂しくないと言えば嘘になるが、喪失感みたいなものは一切感じなかった。
◇◇◇
幾度も目にした街並みを横目に、和島が運転する乗用車で現地へ到着。
白い万能塀で囲われた封鎖区域。検問所を通過すると、いつもの駐車区画に着いたところで停車した。
下りざまに周囲を確認すると、駐車場には自衛隊の車両が1台だけ止まっている。工事車両がないところを見るに、解体工事はすべて終わっているようだ。
「では、我々はこれで。この車は自由に使ってください」
「助かります。和島さんもお元気で。お世話になりました」
彼は江崎に代わって第2ゲートを管轄する立場だ。今後も何かと顔を合わすのだが……一応、これまでの礼を済ませ、車のキーを預かっておく。
追跡装置が付いており、駐屯地との直通回線を搭載した白色のジープ。機能はさておき、乗り心地は最高だった。無料で借りられるのだし、ありがたく使わせてもらう。
(さて、と。ひとまずアパートに向かうか)
ジエンたちには悪いが、先に拠点の仕上がり具合を確認しておきたい。みんながいつ来てもいいように……ってのもあるけれど、俺自身、新生活への期待感を抑えきれなかった。
久しぶりにハンドルを握ると、整備された舗装の上をゆっくりと進んでいく。歩いたところで3分と掛からないが、せっかくなので車を走らせ拠点に乗りつけた。
「おー、こりゃすごいわ……。こんなに広かったのか」
住宅街の一画にポカリと広がる敷地。テニスコート10面分くらいはあるだろうか。2階建てのアパートを中心に、土でむき出しの地面が目に飛び込んでくる。
自分で買い取っておいてアレだけど、まさかここまでの規模になるとは思わなかった。
事前の注文通り、畑に適した土に入れ替え済みのようだ。なんちゃって農業による自給自足。庭でキャンプやバーベキューなんかもしてみたい。
ほかにも大型のコンテナを購入して、モドキ肉や保存食を確保。敷地の周りを塀で囲い、砦のようにする予定だ。
俺は沸き上がる高揚感を抑えきれず、いそいそと車を降りてアパートに近づいていった。
(やっぱここに決めて正解だったな)
築3年の真新しい建物。レンガ調の外装に目立つ汚れは見当たらない。部屋数は全部で8室あり、それぞれ2LDKの間取りとなっている。
風呂とトイレは別々だし、生活に必要な家具家電はすべて購入済み。むろんネット環境も万全の状態だ。一軒家に住むことも考えたが……みんなで意見を出し合った結果、アパートでの共同生活を選択した。
ちなみに以前住んでいたマンションなのだが……。失踪事件が起きて早々、母親が退居の手続きをしたらしい。身分証やパソコンなど、必要な物は既に受け取っている。
それから数十分後――。
ひとまず風呂に入った後、身軽な服装に着替えてリビングのソファーに身を預ける。ダラリと足を伸ばすと、テーブルに置いたスマホを手に取った。
「おっ、みんなも着いたのか」
どうやらほかの連中も実家に到着したようだ。グループチャットの履歴には、全員のメッセージがズラリと綴られている。
家族と食事に出かけたり、新刊を漁りに本屋へ向かったりと、各々、現代文明を満喫しているらしい。スマホの画面には、笑顔の自撮り写真がいくつも並ぶ。
(ホントに帰ってきたんだな……)
こうして画像を眺めていると、日常が戻ってきたことを実感する。
いつでも旨い飯が食えるし、蛇口を捻れば水が無限に出てくる。一歩外に出れば……いや、そうでなくとも、暇つぶしの娯楽がそこら中に転がっている。これまでの原始生活に比べ、現代の日本は天国のごとき環境だ。
(よし。ジエンのところに行くか)
今日からここに住むことは、前回来たときに伝えてある。昼を用意してくれると言ってたし、あまり遅くなるのも悪い。
買い出しにも行きたいところだが……まあ、それは明日以降でいいだろう。俺は身支度を済ませ、ひとりジエンの集落へと向かった。
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