第66話 攻略会議
縄文時代120日目
あれから1か月――
農地の完成や巨大熊の調査など、俺たちの異世界生活は、いよいよもって佳境を迎えていた。
農地の規模は相当なもので、すでに集落の敷地と同程度の広さを確保している。いまも少しずつ拡張しており、何種類かの作物を植えはじめた。収穫にはほど遠いが、着実な成果を実感しているところだ。
そんな一方で、巨大熊の調査も順調に推移していた。
攻撃手段や移動速度など、粗方のことは判明。特殊能力についても確認済みだ。全容把握とはいかないまでも、未知の存在ではなくなっている。少々危ない橋も渡ったが、かなりの確度で調べ上げていた。
それと桃子たちの動向だが……
結局のところ、大した動きを見せていない。巨大熊討伐はもちろんのこと、こちらへ接触してくることもなかった。生活環境は不明ながらも、誰ひとり欠けることなく生存している。
「明日の概要は以上だ。意見や提案があれば遠慮なく言ってくれよ」
そんな日々を送るなか――
明日の巨大熊戦を前に、俺たちは作戦会議を開いていた。
族長宅へ集まったのは全部で20人。日本人メンバー全員と、討伐戦に参加予定のニホ族が集結している。
今は概略を伝え終わり、みんなの意見を求めているところだ。
「ねえ健吾さん。熊の能力って、ホントに嗅覚だけなのかな。べつの可能性はないの?」
最初に手を上げたのは夏歩だ。「大猿に比べると見劣りする」「ラスボスにしてはショボすぎる」と、健吾やアモンを見ながら言った。
「夏歩ちゃんの意見はよくわかるよ。気持ちの上ではおれも同意見だ」
健吾はそう言ってから、これまでの調査結果をあらためて語る。
・巨大熊は一定範囲のテリトリーを徘徊。ねぐらや巣のような場所は持たず、日暮れと共に活動を停止する
・1メートルの距離に迫っても無反応。物音や大声にも反応しない。ただし、鳥や動物の鳴き声には気づいている
・狩りの様子を見てきた限り、脅威となるのはケタ違いのパワー。とくに噛みつきと爪の攻撃に注意が必要。巨躯を活かした突進攻撃もありうる
・嗅覚に優れ、数キロ先の獲物を察知可能。追跡能力は相当なもので、馬モドキの能力がなければ逃げ切れないだろう
・現在のところ、大猿のような変身能力は一度たりも目撃していない
「――と、概ねはこんなところかな」
健吾が話し終わったところで、ふたたび夏歩が手を上げた。彼女にしては珍しく、かなり真剣な表情を露わにしている。
「特殊能力ってさ。ボス同士の戦いでも使ってなかったんだよね?」
「ああ、あのときも最後まで素の状態だったよ。なあ秋文?」
唐突に話を振られ、少しだけ思案してから答える。
「……そうだな。確実とは言えないけど、見た目の変化はなかったよ」
いま話しているのは、7日前に行った検証のこと。攻撃手段を確認するために巨大熊と大猿を戦わせたんだ。
危険が伴うのは承知していたが、ぶっつけ本番というのはさすがに厳しい。せめて一度だけでもと、俺が無理を言って実行した。
標的が切り替わるかは未知数だったが、そんなものは杞憂にすぎなかった。間近に誘導するまでもなく、お互いが認識し合っていたのだ。地図を見る限り、2匹の距離は1キロ以上離れていた。
なお、戦闘時間は5分ほどだった。結果は巨大熊の勝利に終わり、大猿はボロボロになって逃げ去った。標的が変わったこともだけど、殺し合うまでやらない理由は不明のままだ。
「前にも聞いたけどさ。大猿の攻撃は効いてたんだよね?」
「ああ、黄金化した状態なら対等に渡り合ってたよ。実際、熊の爪やキバを何本かヘシ折ってたし」
「それならワンチャンあるかも?」
「いやいや、それじゃ困るけどね。不可能ではないと思ってるよ」
健吾がそう締めくくると、夏歩も納得顔で頷いた。ワンチャンなんて言ってるけど、彼女からはかなりの意気込みがうかがえる。
何度も調査に参加してたし、あの巨躯を目にしての発言だ。それ相応の自信と覚悟があるのだろう。
それから少し間を置いたところで、今度は冬加が手を上げる。
彼女も夏歩同様、巨大熊の姿は間近で見ている。危うく触れようとしたところを、必死に止めたくらいだ。肝はじゅうぶんに据わっているはずだ。
「ねえおじさん、武器はどうするの? 大猿の骨だけでイケるかな?」
「一応、ひとり5本分は確保してある。大猿戦では折れなかったし、俺は問題ないと考えてる」
みんなが使用する武器には大猿の骨を採用した。
実戦で何度も試したし、強度に関してはお墨付きだ。鉄製の武器が用意できない以上、現存する武器の中では最高の硬度を有している。
石のナイフはもちろんのこと、小春のサバイバルナイフでも削れない硬さ。もしかしたらと期待していたが、骨や皮も劣化しないようだ。
「見た目はともかく強度は保証するよ。こん棒よりは格段に硬いしな」
「アタシたちって、武器に関してはどんどん原始化してるよね」
「まあ否定はしないけど、戦闘スタイルには合ってるんじゃないか?」
冬加は念のために聞いただけみたいだ。冗談が言えるほどには余裕をもっている。ほかの面子も表情は明るく、一緒になって笑っていた。
「あと気になるのは先輩のことですね。前にも聞きましたけど、今日現在の上昇率はどれくらいなんですか?」
次に口を開いたのは小春だ。覚醒状態の持続時間や効果を聞いてきた。
「今日ってか、昨日の晩の話になるが――」
現在の発動時間は約6分。再使用までのインターバルは26分に短縮している。これは発動直後からの計測なので、実際には20分間隔で使用できる。
発動中の効果については、おおむね4~5倍ってところか。徐々に上がり幅が鈍くなり、時間短縮を含め、ここ数日はほとんど変化がない。
「みんなも知ってのとおり、これ以上の成長は見込めないだろう」
「成長が止まってから……今日で10日目でしたっけ?」
「ああ、さすがに打ち止めだと思う」
とは言うものの、悲観する気持ちはまったくない。むしろ出来過ぎだと思ってるくらいだ。
効果に関しては申し分なく、自分で言うのもアレだが……覚醒中の6分間は、まさしく化けモノのようだった。
拳で木を粉砕したり、大きな岩を軽々とぶん投げたりと、もはや人間のソレを超越している。余裕ではなかったにしろ、黄金化した大猿をひとりで倒した実績もある。
「過信するつもりないけど、熊にも通用すると思ってるよ」
「わたしもあの光景をみたとき、イケると感じました。いずれは挑むわけですし、時期的には申し分ないかと思います」
それからしばらく――
3人の発言を皮切りに、思い思いの質問が飛び交かっていく。
攻撃手段や陣形、特殊能力の発動タイミングなど。真面目な内容が主体だったが、ときおり笑い声をこぼしつつ、終始、やる気に満ちた雰囲気で進行していった。
巨大熊の強さを目にしたこと。
大猿にも通用する武器を手に入れたこと。
単独討伐の実績と成長限界を迎えたこと。
倒せる確証はなくとも、挑む理由付けとしてはじゅうぶんだろう。
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