第67話 森の主との決戦

 巨大熊戦の当日――


 俺たち20人の討伐隊は、決戦の場へと到着していた。


 ここはアモンの集落から北へ1時間の場所。真横には川が流れ、大きく開けた平地が南北に広がっている。

 土でむき出しの足場は平坦で、障害物の類はほとんどない。投石用に積まれた石の山が、一定間隔で並んでいるくらいだ。


 互いの位置を把握でき、回避行動も取りやすく――それに加えて、討伐後の解体にも適している。


『森の中で戦った末、なぎ倒された木々に潰される』

『ロクに足場が取れず、肝心なときに接近できない』


 そんなリスクを考慮した結果、森の中での戦闘は避け、川沿いの平地を戦場に選んだ。


「アキフミ! 投石班の準備はおわったぞ!」

「近接班の配置も確認済みです! 予備の武器も配り終わってます!」


 と、みんなの準備が完了したらしい。エドと小春が声を張り上げている。


 今回の作戦は至って単純、最初に挑んだ大猿戦とほとんど変わりない。


 違う点を挙げるとしたら、防御面と遠距離攻撃くらいか。正面は俺が受け持つが――今回、小春は背後に回っている。


 巨大熊の習性が大猿と同じだとは限らない。途中で標的が変わるケースもじゅうぶんにあり得る。その場面を想定して、前後の2面防御体制を採用した。


 それともうひとつの違いは、ニホ族たちの役回りだ。投石による遠距離攻撃を主体とし、基本、近接戦闘には加わらない。側面から石を投げこみ、ひたすらダメージを与えていく。


 その場の状況にもよるが、概ねの配置と役割は以下のとおりだ。


=================

【近接班1】秋文、健吾、洋介、麗奈

・正面に陣取り前足を中心に攻撃

【近接班2】小春、夏歩、冬加、美鈴

・背後に回り後ろ足を狙う

【投石班】ニホ族の戦士12名

・両側面から投石による攻撃を加える

=================


 あの巨体が立ち上がれば、頭部や前足への攻撃は一切届かなくなる。できれば初期の段階で後ろ足を潰したい。

 逆にそれさえ達成してしまえば、安全率は格段に上がる。夏歩と冬加を背後に回し、開幕と同時に『覚醒』してもらう予定だ。


「それじゃあ行ってくるよ」


 やがてすべての準備が整い、周りにいるみんなに声をかける。返ってくる言葉はどれも前向きなものばかりだ。表情は様々だが、ここにいる誰もがやる気に満ちていた。


「先輩、コレを……絶対に無茶はしないでくださいね」


 最後に小春が前に出て、大猿の骨を渡しながら言った。


 この骨は1メートルほどの長さ。通常のモノとは違い、先端は鋭く尖っている。サバイバルナイフを使って無理やり加工したものだ。その代償としてナイフの刃はボロボロ、すでに役目を終えている。


「なんとかキツいのをお見舞いしてくる。みんなも期待しててくれ」


 俺はさも自信ありげに答え、森の中へと入っていった――。



 それから20分後、森を徘徊中の巨大熊を発見。ぬしはゆっくりと歩きながら、ときおり立ち止まる素振りを見せていた。


 俺はそのまま近づいていき、数メートルの距離を維持する。何度も経験しているとはいえ、恐怖を感じないと言えば噓になる。


(ダメだ、これじゃ届かないな。もう少し様子をみるか……)


 単に誘導するだけなら、ここまで接近する必要はない。そこらの石を投げつければ事足りる。そのほうが逃げやすいし、無駄な怪我を負うこともない。


 ただ今回の場合は違う。最初の一撃を有効打に、あわよくば致命傷を与えておきたかった。さきほど渡された骨の槍は、そのために用意したものだ。


 正確な位置がわからない以上、心臓を一突き――ってのは無理だろうが、せめて片目だけでも塞いでおきたい。そのまま脳まで到達し、絶命してくれたら最高だ。



 と、ようやく主が立ち止まり、その場に伏した状態で停止した。標的の頭部は、俺の目線くらいまで下がっている。


 次のチャンスがいつ訪れるかは不明。俺はすぐさま覚醒して、全力で槍を突き刺す。


「グオオオオァァァァァ――」


 けたたましい悲鳴をあげる森の主。どうやら痛覚はあるようで、左目を庇う素振りを見せていた。


(……さすがに一撃ってのは無理か)


 すぐさま逃げ出し、ある程度の距離を置いたところで振り返ると――


 槍は半分ほど埋まっているが、脳には達していないようだ。巨大熊は猛然と走りだし、周囲の木々をなぎ倒しながら向かってくる。

 当初の想定どおり、足の速さはそれほどでもない。覚醒が切れた今も、一定の距離を保つことが可能だった。



 来た道を引き返しながら、森の主を誘い込んでいく。


 相も変わらず、もの凄い形相で追いかけてくるが……不思議と恐怖は感じなかった。不意打ちだったとはいえ、手傷を負わせたことも関係してるのだろう。


(よし、そろそろ覚醒が使えるはずだな)


 森を飛び出すように抜けると、そのままの勢いで定位置に駆け寄る。


 すでに陣形は組まれており、全員が戦闘態勢に入っている。皆の視線は森に向けられ、大きく揺れる木々に集中していた。


「夏歩、冬加。左目の視界は奪ったぞ」

「りょうかい! じゃあ左足狙いで行くよ!」

「おっけー! 任せといて!」


 ふたりの掛け声から束の間――


 周囲の木々を粉砕しながら巨大熊が姿を現す。そのまま俺に向かって一直線に歩み寄ると、右前足を大きく振りかぶった。


「小春! まずは俺から行くぞ!」


 そう宣言しながら覚醒状態へと突入。


 半歩下がって横なぎの一撃を交わすと――降りぬかれた右腕を狙って、ホネこん棒を思い切り叩きつける。


「グアッッ」


 短い悲鳴を上げた巨大熊。殴られた反動により自らの腕を地面に打ち付ける。一瞬だけよろめいたものの……すぐに体勢を整えた。


(……いいぞ、確実に効いてる。武器も問題なさそうだ)


 見た目の変化はなさそうだが、腕を庇うようなしぐさを見せている。どうやらそれ相応のダメージを与えられたらしい。俺はすぐに合図を送り、夏歩と冬加にも覚醒をうながした。



 総攻撃を開始して2分――


 夏歩と冬加による猛攻と、両側面からの投石攻撃。姿を見る余裕はなくとも、「ドッ」っと鳴りやまぬ衝撃音が次々と耳に入る。


 なによりニホ族たちの投石が想定した以上に効いている。その威力もさることながら、巨大熊が苦痛でひるみ、俺への攻撃がかなり散漫になった。おかげで前方からの攻撃も容易く、健吾や洋介も参戦できている。


「おじさん! 左足は潰したよ!」

「右足もかなり弱ってる!」


 冬加が早々に左後ろ足を破壊、夏歩も順調に攻めているようだ。ほかの連中を鼓舞するように、目一杯の声を張り上げている。


 結局、夏歩たちの覚醒が切れたところで、ぬしの腰は完全に崩れ落ちた。もはや立ち上がることはできないだろう。頭の位置もかなり下がっていた。


「先輩、わたしが受けます!」


 とここで、背後にいた小春たちが駆け寄ってきた。俺に声をかけると同時、小春は目を赤く光らせる。


「っ、一気に決めるぞ!」


 言うまでもなく、この3分で決着をつけるつもりなのだろう。俺はすぐさま攻撃にまわり、巨体を支えている左前脚を執拗に狙う。


(頼むから大猿みたいな展開はやめてくれよ……)


 いくら作戦通りとはいえ、あまりにも上手く行き過ぎている。フラグを立てるつもりは毛頭ないけれど、特殊能力のことが頭から離れない。俺は祈るような気持ちで骨を振り回した。


 一発……二発と……怒号が鳴るたび、熊の前足がチカラを失っていく。ついには自重を支えきれず……ズンッと地面を揺らして倒れ伏す。


「倒れた!」「やったぞ!」


 みんなの動きが止まり、歓声を上げるなか――



 俺は間髪入れずに動き出し、左目に刺さった槍を思い切りねじ込んだ。



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