第65話 新たな仲間
翌日の早朝、
桃子たち10人の日本人が集落を出ていった。別れの挨拶もそこそこに、ほとんどの者は無言のまま立ち去っている。
物資の件については決着がついており、ジエンを交えた話し合いの末、要望どおりの量を分配した。
塩に関しては少し揉めたが、騒ぎが起こるほどではない。結局のところ、荷物は1回で持ち出せる量に収まった。
そんな今日は、ニホ族たちに混じって農地の整備にきている。ジエンと俺は防護柵を担当。いまは支柱となる杭を打ち付けているところだ。
「ジエン、面倒事に巻き込んで申しわけない」
「なんだ、またそれか。何度も言うが、オレたちは気にしてないぞ?」
「いや、そうは言ってもな……」
「それにモモコたちだって、手ぶらというわけにはいかんだろう」
防壁づくりや食糧調達と、ここにいる間は真面目に働いていた。生活に必要なものくらいは分けてやるべきだ。ジエンはそんな感じのことを、さも当然かのように語る。
(まあ、そのとおりなんだけど……)
ニホ族たちはいい意味で純粋だ。集落の全員が家族だし、同族同士のいがみ合いもない。今回の件でも、桃子たちのことを気遣っているほどだ。
「なあジエン、俺が言える立場じゃないけどさ」
「ん? 急にあらたまってどうした?」
いらぬ世話だと思いながらも、つい口走ってしまう。
「日本人にもいろんなヤツがいる。誰彼かまわず信用しないでくれよ?」
「……そうだな。今後は気をつけるとしよう」
滅多なことがない限り、新たな日本人は現れないだろう。それでもなんとなく「いま言っておかなければ」と、釘を刺しておいた。
その日の昼前――
いつもより早い時間に、健吾たち調査班が帰ってきた。新種ではないようだが、何匹かのモドキを仕留めてきたようだ。
仲間との決別を引きずっていないのか、健吾や美鈴たちの表情は明るい。少なくとも、無理して取り繕っているようには見えなかった。
「秋文、狩りのついでにアイツらの様子を確認してきたぞ」
「確認って……まさか現地まで行ったのか?」
「そんなわけないだろ、地図で確認できるところまでだ。不用意に近づくと警戒されるからな」
桃子たちは予定どおり、北の洞窟に到着していた。10人全員がせわしなく動いていたらしい。
べつの場所に行くことも考えていたが、いらぬ心配だった。居場所は特定できたし、まずは一安心といったところか。
「じゃあ、残る問題は巨大熊のことだな。すぐに手を出すとは思えないが……健吾はどう考えてる?」
「当面の間は大丈夫だと思うぞ。生活基盤を整えるのが先だろう」
そう返す健吾は、なぜか嬉しそうにしている。隣にいる美鈴や麗奈も、戻ってきたときからずっと笑顔のままだ。
なにか良いことでもあったのか、彼らの内心がイマイチ掴めないでいた。
「それより秋文。おまえ、地図はもう見たか?」
「いや、今日はまだ見てないけど……なにかあるのか?」
そう聞き返しながら、自分の地図を広げてみる。
まさか農業関連で進化値が――ってことでもないようだ。進化値も帰還条件も、以前となんら変わっていない。表示されている点にも異常はなく、ツノ族の襲来というわけでもなかった。
「なあ、べつに変わったところはないぞ?」
地図から顔を上げると、3人の顔が間近に迫っていた。俺の地図をのぞき込んでニヤニヤしている。
「ココだよココ、おれたちのいる場所を見てくれよ!」
そう言いながら現在地を指さす健吾。そこには青い点が『4つ』表示されていた。俺は一瞬だけ悩んだあと、すぐに彼らの意図を理解する。
「おいマジかよ。いつの間に変化したんだ?」
「たぶん桃子たちが出ていったあとだ。狩場に向かう途中で気づいた」
「なるほど、じゃあ小春たちの色も?」
「ああ、彼女たちのも青くなってるぞ!」
なるほど、ずっと嬉しそうにしていた理由はコレだったのか。よくよく見れば、農地にいる洋介も青色に変わっている。
そのあと健吾たちの地図を見せてもらったんだが……桃子たちの点は、すべて黄色に変化していた。
「秋文、これでおれたちは仲間ってわけだ。これからもよろしくな」
「もちろんだ。こっちこそよろしく頼む」
健吾たちと握手を交わし、俺も笑顔で返した。
と、まあこんな感じの幕引きとなったわけだが――
今回の一件について、自分たちを正当化するつもりはない。もちろん後悔はしていないが、反省すべき点はいくつもある。
そもそもの発端は、俺や健吾の立ち振る舞いによるもの。かみ砕いて言うと『偉そうにしていた』ってことだ。自分たちにその気はなくとも、桃子はそう感じていたのだ。
ほかの連中にしたって、不満を持っていたからこそ、桃子の話に乗っている。実際、俺が優位な立場にいたのは本当だし、健吾が美鈴たちを重宝していたのも事実だ。
今後に仲間が増えることはないだろうが、配慮を欠かさぬよう気をつけたい。
そして本心を言わせてもらえば――、
『日本人同士の集団生活は厄介極まりない』ってことだ。
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