第118話 買い出し
アパート暮らしを開始して数日後の朝――。
「よし。今日こそ買い出しに行くぞ」
あれ以降、毎日開かれたニホ族の歓迎会。早朝から夕方まで、食事のとき以外はひたすら鍛錬に明け暮れていた。
毎度、昼で切り上げようとするのだが……彼らの嬉しそうな態度を見ると、ついつい長居をしてしまう。「まあ明日でいいか」と、気づけば5日が経過している。
飯の心配はいらないものの、せめて替えの服や靴なんかは揃えたい。キャンプ用品も見に行きたいし、ラノベや漫画を爆買いするのもいいだろう。やっと日本に帰ってきたんだ。様々な現代文化に触れておきたい。
「今日はここへ遊びに行った」「こんな面白い新作が出てる」と、連日送られてくるメッセージが、その欲求を後押ししていた。
――と、まあそんなわけで。
今日はニホ族の誘いを断り、街のショッピングモールへと出かける予定。俺は車を走らせ、鼻歌交じりで現地に到着する。
「おいおい。ずいぶん混んでるな」
開店して間もない時間にも関わらず、店舗前の駐車場は既に満車状態。立体駐車場も低い階層はすべて埋まっている。グルグルと螺旋通路を上り、最上階へ着いたところで、ようやく駐車することができた。
スマホを取り出し日付を確認してみると――。
「なるほど。今日は日曜日か……」
異世界に転移して以降、曜日感覚なんて完全に忘れていた。よりにもよって休日に来てしまうなんて。きっと店内も大混雑しているのだろう。
(まあいいや。とにかく降りよう)
スマホを仕舞いかけたところで、不意に小春から着信が入る。
『もしもーし。おはようございまーす』
『おはよう。昨日の写真見たぞ。めっちゃ豪華なホテルだな』
『でしょ! この辺で一番お高いやつを選びましたっ』
現在、彼女は両親と一緒に、県外の温泉街へと出かけている。
実家に帰ったものの、結局、外出の許可は下りず仕舞い。両親が計画していた家族旅行に同行中だ。どうせならばと、当初予定していた旅館をキャンセル、最上級のホテルに宿を変更していた。
『こっちは今から買い物だ。着替えを買おうと思ってさ』
『着替えですか。だったら、わたしの分もお願いします』
『え……? いやいや、さすがに無理だろ』
サイズはともかく、服の好みが全然わからない。おっさんのセンスに任せるなんてどうかしている。そんなに急がなくとも、実家に替えくらいはあるだろう。
『あー、違いますよ。鍛錬用のジャージと靴を――』
『……そういうことか。んじゃ、適当に買っとくわ』
なるほど。こっちに合流次第、すぐにでも暴れるつもりみたいだ。
『明後日には帰りますんで。たぶんそのあと行けると思います』
『わかった。楽しみにしてる』
◇◇◇
それからしばらく――。
たっぷりと半日をかけ、店舗と駐車場を何度も往復。手当たり次第に買い込んだせいで、既にジープの座席は荷物で溢れ返っている。あとは書店とキャンプ用品の店を回って……。
(っと、その前に飯にするか)
時刻は昼の3時過ぎ、そろそろ飲食店も
(うおっ、まだ結構混んでるな)
さすがは休日。家族連れや若者など、テーブル席は7割以上埋まっている。ざっくり200人程度の来客たちが、ガヤガヤと賑やかに……いや、ここまでくると騒音に近いものがある。
(昔は気にもならなかったけど……)
なにせここ半年以上、
とまあ、それはさておき、周りを見れば美味そうなものばかり。できれば全部食べてみたいが……今日のところはラーメンとバーガーのセットを注文する。
出来立てを運んで空いてる席に陣取ると――。
(こりゃヤバい。控えめに言って最高だろ)
細かい注釈など不要、とにかく旨いとしか言いようがない。シンプルな塩味もいいけれど、やはり現代の食べ物には到底敵わないようだ。追加のデザートを受け取ると、再び元の席へと戻る。
(にしても……。あの子たち、さっきから何なんだ?)
2つ離れたテーブル席にいる3人組の女性。見た目からして、たぶん高校生だと思うんだが……。先ほどから、やたらと俺のほうに視線を向けてくる。
最初は勘違いかと思ったけれど、周囲の席が空いた今も、目線をこっちに向けたまま。手元のスマホと俺を交互に見つつ、ヒソヒソと何かを話していた。
なんだか知らんが、さっさと退散したほうが良さそうだ。そう思って俺が席を立ったと同時――。
「あの、すみません。この動画の人って……」
3人のうちの1人がこっちに近づき、自分のスマホを差し出してくる。
「…………」
「異世界に行ってたって、ホントなんですか?」
彼女のスマホに映っているのは、どこからどう見ても俺だった。一時停止された動画は、上半身をズームしたところで止まっている。かなりボヤけているけれど……俺であることは間違いなかった。
撮影場所は駐屯地内の訓練場。自分のほかにも、数人の仲間たちが映り込んでいる。
「ごめん。ちょっと貸してもらっていい?」
彼女の了承を得て、手早く動画の投稿主を確認。犯人に目星がついたところで早々に立ち去る。
「申し訳ない。良く似てるけど、ちょっとわかんないわ」
「そうですか……。突然すみませんでした」
「いや、ありがとう。教えてくれて助かったよ」
動画の中身はあとで確認すればいい。今日のところはこの場を去るべきだ。身バレ自体は問題ないが、こんな大勢の前で騒がれては困る。
(あいつら、やりやがったな)
こんなことなら先に本屋へ行けば良かった。まだキャンプ道具も買ってないのに……。俺は何食わぬ顔で車に戻ると、寄り道もせずアパートに向かった。
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