第119話 ピーチの異世界ちゃんねる
自宅に到着して早々、俺はパソコンを起動してキーボードを打ち込む。
検索ワードは『ピーチの異世界ちゃんねる』
開設して間もなく、動画はさっきの1本だけしか上がっていない。
本編の尺は10分弱で、現在の再生数は1万8千回程度。該当動画のサムネイルには第2ゲートが使われていた。
(なるほどな。録画だと真っ暗に見えるのか)
現地で直接見る場合、吊り革だとか座席だとか、車内の様子は筒抜けなのだが……。どういうわけか、ゲートは解放前の暗闇状態だった。
撮影者が要因なのか、それとも別の理由があるのか。鬼のツノを消費した俺にも、中の様子を窺い知ることはできない。
(っと、それより本編だ)
サムネイルに感心してる場合じゃない。さっさと画面を切り替え、動画の中身を確認していった――。
「んー。なんていうか……微妙?」
結論から先に言うと、映像自体に特出すべき点はなかった。ただただ、撮ったものを垂れ流しているだけ。解説は一切ないし、興味を引くようなテロップも付いてない。
映っていたのは駐屯地の生活風景ばかり。訓練場を映した場面も、目を引くような戦闘シーンは1つもなかった。もちろん貴重な映像なんだろうけど……動画としての出来は今ひとつだった。
(まあ、それはそうとして)
問題なのは、帰還者たちの姿がモロに映っていること。
少なく見積もっても、100人程度の顔が容易に判別可能だった。映像を見る限り、特定の誰かを狙ったわけではないようだが……。
十中八九、盗撮したのがこれ1本ってことはあり得ない。ひとまず適当な動画を上げて、視聴者の、それと政府の反応を見ている感じか。今後も似たような動画を次々とアップするのだろう。
(さて、と。みんなにも知らせておくか)
内容を確認したところでちょっと一息。湯を沸かす間に、仲間たちへ向けてメッセージを送る。
駐屯地の動画が上がっていること。みんなの顔が映っていること。そして、投稿主が『桃子たち』であろうことを添えておく。
状況から察するに、撮影したのは帰還者の誰かで間違いない。しかもチャンネル名には『桃』と『異世界』という単語がついている。他者の可能性も残っているとはいえ、どう考えてもあいつらが一番怪しい。
◇◇◇
それからしばらく――。
コーヒーを啜りながら、さっきの動画を何度も見返す。あの桃子のことだ。『思わぬ意図があるのでは』と、見落としがないかを確認中だ。
まあ、そんなものはなかった訳だが――。
さっきから次々と寄せられる仲間からの返信。それらに目を通していると、不意に江崎から電話が掛かってきた。
(あ。まだこいつに言ってないわ……)
俺自身、この動画自体に危険性を感じなかった。『遅かれ早かれ、自分たちの身バレは避けられない』と、そんな考えのせいで、本来、一番に伝えるべき相手をすっかり忘れていた。
一瞬、スルーしようかと思ったけれど――、大して意味がないと考え直して画面をタップする。
『もしもし秋文さん? 江崎です、突然すみません』
『あー、いや。ちょうど良かった。俺も連絡しようと思ってたんだ』
『そうなんですか? 実はですね。ちょっとマズい映像が流出しちゃって……』
なるほど。この話ぶりだと、仲間の誰かから聞いたわけじゃないようだ。政府機関が探し当てたか、もしくは不特定の人物からのリークだろう。
俺は把握した経緯を伝え、犯人が桃子であることを知る。
『動画は削除するよう指示しました。……申し訳ないけど、今回は厳重注意のみです』
『そうか。まあそうだろうな』
処罰の緩さについて驚きはない。政府は注意こそすれど、投稿自体は続けさせるようだ。これ以降、「他人の顔は出さない」と、桃子たちは確約したらしい。
おそらく他者の顔出しさえなければ、政府は問題にもしなかっただろう。江崎はもちろん、俺もそのことは薄々承知している。
『それより江崎、今後はどうするんだ? 動画を流すにしても、あのクオリティじゃダメだろ』
『あー、それなら上の連中が動いてます。その道のプロを入れるって』
『桃子たちはなんて言ってた?』
『次回からは、顔出し配信をするみたいです。直接話してないので、詳しいことはなんとも……』
『なるほど。自らを晒すってことは、売名と金稼ぎが目的か』
日本だけに留まらず、世界中が異世界の情報を欲している。そこそこ上手くやれば、すぐにでも有名人になれるだろう。
いずれにしても、こちらを巻き込まなければ関係のない話だ。むしろ存分に目立ってくれ。世間の注目を一身に受けつつ、俺たちの弾除けになってほしい。
『それじゃあ、また連絡しますね』
『ああ。そっちも頑張れよ』
施設の様子を聞いたり、自衛隊の動きを教えてもらいつつ、江崎との通話を終えた。
この動画が流れてから数日後――。
桃子の配信活動をキッカケにして、俺たちの生活環境がガラリと変わっていく。
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