第122話 現地映像
4人で暮らし始めてから1か月あまり。
さすがに12月も後半に入ると、外に出るのが少々
ジエンたちの弁によると、異世界の冬もそこそこに寒かったらしい。これくらいの時期になると、一日の大半を家の中で過ごすそうだ。鍛錬は続けているものの、外に出る時間は日に日に短くなっている。
周辺の伐採にも目途が立ち、集落の拡張は一区切りといった感じ。春の訪れを待ちつつ、しばらくはのんびりするみたいだ。
そんな一方、俺たちは自由気ままなニート生活を満喫中。気まぐれに畑を耕したり、みんなで買い物に出かけてみたり。とくに計画を立てず、各々が好きなことをして過ごしていた。
保存庫となるコンテナは既に納入済み。防壁作りの進捗は3割程度といったところか。先週には大量の魔物肉が運び込まれ、各地にある集落への配布も終わっている。
「そろそろ始まりますよー」
「おっ、もうそんな時間か。すぐ行くわ」
その日の夕食後――。
俺が皿洗いをしていると、リビングにいる小春から声が掛かる。
パソコンデスクの前に座って、食い入るように画面を覗く彼女。そんな当人のお目当ては『ピーチの異世界ちゃんねる』だ。桃子を毛嫌いしていた割に、週に3回のライブ配信を欠かさずチェックしている。
最初の頃は「情報収集だ」と言い張っていたけれど……。今ではそんな言い訳もせず、2人で配信を見るのが恒例となっていた。
「にしても凄いですね。250万人も待機してますよ」
「ほんと大したもんだよ。そりゃあ政府も公認するわな」
桃子たちは活動を通じて、瞬く間に知名度を上げていった。世間からの注目を一身に浴び、ついには政府のお墨付きを得るまでに。公的な発表とは別に、多種多様なエンタメを提供している。
「今回のはとくに強烈ですからね。これで一気に火が付きますよ」
今日の配信では、いよいよ本邦初公開となる現地映像が流れる予定。自衛隊員が撮影したものに、桃子たちが解説を加えていくそうだ。未だ情報の少ない海外からも脚光を浴びている。
俺が画面を覗くと、コメント欄は既にお祭り状態。ライブ開始を待ち望む声や、人気の証拠であるアンチコメントの数々。様々な言語がみるみるうちに流れていく。
「あっ、始まりましたよ」
画面が切り替わると同時、目の前に映ったのは、関東にある第1ゲートだった。ほとんど間を置かず、10名の自衛隊員が私服姿で乗り込んでいく。
ついつい忘れがちだが、日本から物資を持ち込むことはできない仕様だ。彼らが着用しているのは、帰還者たちから回収した衣服だろう。そうでなければ、生まれたままの姿を晒すことになる。
最後に撮影者が乗り込むと――。映像が真っ暗になったのは、ほんの一瞬。車内の様子が流れると、それに合わせて桃子の解説が始まった。
ゲートを通過する条件や、異世界の環境についてなど、今のところは見知っていることばかりだ。多少の手ブレがあるものの、映像自体は見られるレベルに達している。
「ねえ先輩。これってスマホの映像ですよね?」
「たぶんそうだろ。駐屯地で買い取ってたし」
「あー、スマホを支給されたときの……」
「みんな喜んで売ってたぞ。たしか1台300万だったか」
政府はスマホを配布した際、各々が持っていたスマホを高額で買い取っている。帰還者が持ち帰ったスマホならば、再び異世界へ持ち込むことが可能。充電さえすれば何度でも利用できるからだ。
異世界を行き来できるヤツならともかくとして、ほかの連中にとってはそれほど価値のないもの。俺たち以外の大半は政府に売り払っている。
(っと、次は学校の映像か)
しばらく駅の周辺を映したあと、今度は中学校と思しき場所に場面が切り替わった。
校庭や校舎に人影はなく、人が生活していた形跡もない。桃子の解説によると、今回が初潜入とのことだった。静まり返った周囲からは、隊員たちの足音だけが聞こえている。
小春は初めて見る映像に興味津々のご様子。配信のボリュームをさらに上げると、桃子の説明に耳を傾けた。
「魔物はいないようですし、とくに問題なさそうですね」
「ああ。そんな感じだな」
問題も何も、こうして映像を持ち帰ったのが、無事に帰還できたなによりの証拠だ。少なくとも、鬼や魔物の大軍に襲われることはないだろう。
この後事態が動くとしたら、せいぜい失踪者の遺体を見つける程度か。盛り上がる小春に水を差すのもどうかと、余計なことは言わずに留めておく。
「あっ!」
すると俺の意に反し、隊員たちの動きが急に慌ただしくなる。撮影者の視点が右に左に――。やがて偵察に出ていた1人を捉え、スマホの映像がズームしていく。
見えているのは体育館の扉に潜む男性隊員。こちらにハンドサインを送りながら、中の様子をしきりに
「あれは人間、なのか?」
「いえ、たぶん鬼なんじゃ? でも死んでいるような……」
扉の奥には2体の人型生物が横たわっている。ピントが合わず、ボヤっとしか見えないが……人間にしては体格がよく、ほぼ全裸に近い状態だ。ただ角度的な問題で、ここからツノを確認することはできない。
「おいおい。そんな不用意に近づいていいのか」
そうこうしているうちにも、10名の隊員が扉の前に陣取る。
鉄パイプのような武器を構え、間髪入れずに体育館の中へ――。全員が突入したところで、遅れて来た撮影者が内部を映し出した。
「ほらっ、やっぱり死んでる!」
どうやら小春のテンションは最高潮を迎えたらしい。よほど興味を引いたのか、その場で席を立ち、身を乗り出して画面に食い入る。
(盛り上がるのはいいけど、それだと俺が見れないんだが……)
興奮する彼女を座らせ、自分も画面をのぞき込む。
すると床のあちらこちらに10体前後の鬼が――。とくに外傷らしきものはなく、どれも綺麗な状態のまま死んでいる。映像を見る限り、極端に弱っているとか、死んだふりをしているわけじゃないようだ。
「なるほど。餌がなくて餓死したのか」
ここまでの道中、魔物と遭遇するシーンは一度もなかった。俺たちが居た地域と同様、どこかの施設に集まっている可能性が高い。『魔物の内臓を食えずに力尽きた』、そう考えるのが妥当だろう。
案の定、解説中の桃子も同じようなことを話している。
「にしても餓死ですか。先輩が予測していた通りの展開ですね」
「こんなに早いとは思わなかったけど。まあ、この様子なら鬼の心配はいらんだろ」
「救助が進みそうでなによりです」
「まだ生きていれば、だけどな」
残念なことに、現地の映像はここで打ち止めのようだ。その後は画面が切り替わって、桃子たち8人の考察トークが30分ほど続く。ピーク時の同接数は驚異の400万超え、コメント欄は質問の数々で埋め尽くされた。
「んー、見どころ満載でした。次回が楽しみですね」
本日の配信が切れたところで、小春が満足げに伸びをする。椅子から足を投げ出すと、何度も首を回しながら余韻に浸る。
彼女の態度から察するに、桃子への嫌悪感はほとんど消えているようだ。過去がどうあれ、こうして眺めている分には関係ないのだろう。
「次は魔物の巣へ突入するかもな」
「突入!? さすがにないでしょ。いくらなんでも危険すぎます」
「それはどうかな。案外やるかもしれんぞ」
さっきの映像を見る限り、ほかの鬼たちも死んでいる可能性が高い。そうでなくとも、かなり弱っていると思われる。ツノが容易に回収できれば、大幅な人員補強が可能となるわけだ。
『隊員の強さに差異は在れど、もし全員が和島さんレベルだとしたら?』
『多大な被害は出るものの、討伐自体は成功するかもしれない』
と、そんな馬鹿げたことを冗談交じりに伝える。
「いやいや、被害が出たらダメでしょ……。どう考えたって、人命救助が先ですよ」
「まあそうだろうな。あとはゲートの解放くらいか」
「あっ、ゲートと言えば最初の映像って――」
そのあとも話題は尽きることなく、この日は深夜になるまで語らうことに――。途中からは夏歩たちも参戦して、楽しい時間が過ぎていった。
なにはともあれ、異世界事情は着実に変化しているようだ。
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