第121話 世間の認知度

 翌日の朝――。


 寝室のベッドで目覚めると、別の部屋から話し声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、声の主は小春たちで間違いない。


 笑い声も聞こえてくるし、たぶん3人で朝飯でも食ってるんだろう。手早く着替えて歯を磨き、俺もリビングへと向かった。


「あっ、お邪魔してるよー」「おじさんおはよー」


 食卓に向かい合って座る夏歩と冬加。すぐ隣のキッチンには小春の姿もあった。3人とも私服なところを見るに、結構前から来ていたようだ。テーブルの上には空になった皿がいくつか――。


「おはようございます。先輩の分もすぐ用意しますね」

「おはよう。みんな早いな」


 朝から全員揃っているけど、べつに同居しているわけじゃない。


 1階にある4室を、俺・小春・冬加・夏歩の並びで利用。明香里たちが合流次第、このアパートは満室となる予定だ。ちなみに玄関のカギは共通なので、誰でも容易に出入りができる。


 結局、昨日は買い出しにも行けず、彼女らの冷蔵庫は空っぽの状態。ここで飯を食うことは昨日の時点で了承していた。


「ねえねえ、今日の予定は? やっぱ防壁作りから?」


 俺と小春が席につくと、夏歩からそんな質問が飛んでくる。昨日到着したばかりだというのに、朝からヤル気満々のご様子だ。


「とくに予定はないぞ。防壁も急がなくていいだろ」


 れたてのコーヒーをひと口。当面の間はノープランだと付け加えておく。


「でも魔物が来るかもしれないじゃん?」

「いやいや、あくまで可能性の話だ。前にも話したけど、本気で心配してるわけじゃない」


 もちろんそうなってもいいように、食料の備蓄と防壁建設は進めるつもりだ。ほかにも畑を作ったり、色々な道具を揃えたりと、万が一の対策は考えている。


 消費期限のない魔物肉。現代でしか揃わない機材。とくに防壁に関しては、魔物対策以外に現代人をこばむ目的もある。


 阿鼻叫喚あびきょうかんの世界ともなれば、怖いのはむしろ人間のほうだ。避難してくる人もいれば、住処すみかを奪おうとするやつだって現れるだろう。


 とは言っても、これらは全て仮定の話。今後どうなるかなんて誰にもわからない。もしかすると、想像の上を行く事態が起こるかもしれん。あまり考えすぎても仕方がないと、改めて説明しておく。


「おじさん。想像の上って……例えばどんなの?」


 どうやら余計なことを言ってしまったらしい。俺の迂闊うかつな発言に、今度は冬加が食いつく。


「すまん。不安をあおってるわけじゃないんだ。完璧な対処は不可能ってこと。いざとなれば力づくで防ぐさ」

「ふーん。なら鍛錬は欠かせないよね」

「まあそういうことに……なるのか?」


 鍛えること自体に異論はない。基礎体力が上がるほどモドキの効果は上昇する。どうせ毎日する予定だし、それでいいかと思っていると――。


「ねえ先輩。どうにかして、銃弾が防げるか試せませんかね?」

「銃弾? 朝から物騒な話だな……」


 小春がその話を持ち出すと、夏歩と冬加もすぐさま同調する。


 現状の自分たちは、投石や刃物くらいなら防ぐことができる。それこそ包丁で刺されても、かすり傷程度で済んでしまう。異世界で何度か試したし、ダメージがないことも実証済みだ。


 しかし銃撃となればどうだろうか。日本にだって銃はあるし、パニックになれば一般人が入手する機会も――。もし襲って来られたらと、銃の危険性を口走っている。


「以前、江崎さんに頼んだことがあるんです」

「あっさり断られたけどね」「イケると思ったのになぁ」


 そんなやり取りがあったなんて……。俺も銃の存在は気にしていたが、自分の体で試そうなんて思いもしなかった。仮に試せたとして、いったい誰がやるつもりだったのか。


「まあ、その件は諦めろ。防げないものとして対処しよう」


 モドキの能力だって万能じゃない。試すまでもなく、銃弾を防ぐなんて不可能だ。


 俺の素っ気ない回答が気に入らなかったのか。少し不満げな3人をよそに、適当な話題を振って誤魔化すことに――。


「なあ。みんなが良ければだけど、今日は買いものに出かけないか?」

「買いものですか。……そうですね。食材がまったくないですし」

「それもあるけどさ。マスコミが追って来るかを確認したいんだ」


 ここへ逃げ込んだ事実がバレているのか。彼女たちの顔が世間に認知されているのか。場合によっては、面倒なことになるかもだが……なるべく早い段階で把握したい。


「アタシらは別にいいよ。ね?」「うん。服とかも買いたいし」


 仮に騒ぎがデカくなっても、すぐに退散すればいいだけだ。みんなの希望をまとめた結果、この前のショッピングモールへ出かけることになった。



◇◇◇


 その日の午後。


 特段、尾行らしき気配もないまま、すんなりと現地へ到着。現代の風景に慣れてきたのか、以前のような車酔いにもならなかった。


 道中は外の景色を眺めたり、車内無線で和島と話したり。3人とも思いのほか楽し気に見えた。あくまで俺の主観だけれど、外出することへの不安はほとんどないようだ。


 既に店内を回り始めて2時間。結構な量の買いものを済ませ、4人でフードコートのテーブルを囲う。今日は平日のため、周囲の席は半分も埋まっていない。


 この真冬にも関わらず、旨そうにアイスクリームを頬張る女性陣。それに混じって、俺はアツアツのコーヒーを啜っている。


「結局、全然平気だったね」

「むしろ完全スルー、みたいな?」

「なんか拍子抜けだよね。実家のゴタゴタは何だったのか……」


 夏歩、冬加、小春の順に、ここ数時間の率直な感想を述べる。


 彼女らの言うように、俺たちは周囲の客から見向きもされなかった。少なくとも、顔バレによる被害は1件も起きていない。来客が少ないことを加味しても、まったく問題ないように思う。


「でもさ。おじさんだけは注目されてたよね」

「ちょっと冬加……っ。やめなよ」


 言いながら、冗談交じりにニヤつく冬加と夏歩。それを見た小春もクスッと息を漏らす。


『平日の真昼間から、複数の女性を連れ回すおっさん』


 周りからどう思われても気にならないが……。たぶんそういう理由で、俺だけは奇異の目を向けられていた。


「でも良かったよね。この分なら自由に出歩けそうだし。ね、先輩?」

「……ああ、問題なさそうでなによりだ」


 くどいようだが、俺はこれっぽっちも気にしていない。


 とはいえ、買いものに時間がかかるし、荷物を積み込むスペースを確保したい。今度からは、連れてくるのを1人だけにしようと思う……。




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