第123話 クリスマスイヴ

 それから数日後の12月24日。


 冬休みに入った明香里たちが、両親を引き連れ拠点へとやって来た。


 車から降りて早々、小春たちのところに駆け寄っていく4人。抱き合ったり飛び跳ねたりと、女性陣は喜びを全身で表現する。


 今日から新学期が始まるまでの間、高校生組はここで寝泊まりをする予定。卒業後の共同生活についても既に親の許諾を得ている。



「皆さんはじめまして。縄城なわしろと申します」


 アパートの前に居並ぶ御父兄の方々。俺が名乗りを上げるや否や、全員が深々と頭を下げる。


 何度か電話で話したけれど、こうして対面するのは今日が初めて。みなさん、年齢的にはひと回りくらい上だろうか。高校生の子を持つ親にしては、ずいぶんと若い印象を受ける。


「縄城さん、大輝の父親です。息子を救ってくれて本当にありがとう」

「今後とも大輝をお願いします」


 大輝の両親を筆頭にして、ひとりひとりと挨拶を交わしていくのだが……。


 先に注釈をいれておくと、俺は4人を救った人物として認識されている。親の許可を得るために、明香里たちがいろいろと吹き込んだ結果だ。全部が嘘じゃないけれど、どれも事実とは言い難い。


 もちろん訂正をした上で、俺の口から真実を告げてある。が、生きて帰ってきたことに変わりはないらしい。赤の他人ではあるものの、一定以上の信用を得ている。


「そちらの女性たちは……」

「ええ。彼女たちがここの同居人です」


 ひととおりの挨拶を済ませると、今度は小春たち3人を紹介。彼女らの評価も高いようで、親たちの反応はどれも悪くないものだった。


 とくに明香里と昭子の両親からは、かなりの信用を得ているようだ。娘を預ける親としては、成人女性の存在が大きのだろう。命の恩人とはいえ、どこぞのおっさんに任せるのは不安に過ぎる。


 顔見せが終わったところで一段落。折角なので部屋を見てもらいつつ、親が帰るまでは大人しく自室で過ごすことに――。陽がてっぺんに昇った頃、全員が納得顔で帰っていった。



◇◇◇


 その日の昼過ぎ、アパートの駐車場にバーベキューの煙が立ち上る。


 パチパチと弾ける炭の音色、それを囲う仲間たちの雰囲気。そんなものが相まってか、外の寒さはほとんど気にならない。


 テーブル上には、てんこ盛りの肉や野菜の数々。コンロに置かれた土鍋がグツグツと煮えはじめる。そして誰が用意してくれたのか、つやめき立った握り飯が何十個と並んでいた。


 肉と一緒に頬張るも良し。締めの焼きおにぎりを楽しむも良し。お酒の類もアリだけど、バーベキューにおむすびは欠かせない。


「それではっ。みんなの再会を祝して……かんぱーい!」

「「乾杯っ」」「「メリークリスマース!」」


 小春の音頭に合わせ、各々が飲み物を掲げて歓声を上げる。


「おい大輝、この肉めちゃくちゃ旨いぞ!」

「うわっ。一瞬でとろけた……なんだこれ」


 分厚い霜降り肉を頬張る龍平と大輝。


 いま2人が食べたのは、一切れ数千円クラスの極上肉だ。昨日少しだけ味見をしたところ、それはもう異次元の柔らかさだった。金に糸目をつけず、専門店から取り寄せただけのことはある。


「モドキ肉もありますからね。じゃんじゃん食べてください」

「じゃあ、わたしは狼で!」「小春さん、私は兎肉をぜひ」


 好物のモドキ肉を注文する明香里と昭子。


 国産肉には一歩劣るが、こちらもじゅうぶん過ぎるほど旨い。味はもちろんのこと、飲み込んだ後の満足感がこれまたなんとも――。体中に染み渡る感覚がついつい癖になる感じだ。


 次々と消費されていく食材、そして周囲に広がる楽し気な会話。活気に満ちた時間はあっという間に過ぎていった。


(今回は一時的な合流だけど……)


 近い将来、毎日がこんな感じになるんだろう。少し落ち着いてきた面々が、椅子に腰かけ、まったりとくつろぎはじめる。


「秋文さん、ちょっと聞いてもいいですか」

「ん? どうした昭子」

「ここでの決まり事とか、規則みたいなものってありますか。これだけは絶対に守れ的な」


 網の上で焼きおにぎりを育てていると、対面に座る昭子がそんな質問を投げかけてきた。ほかのみんなも気になったらしく、ピタリと会話を止めて俺に注目する。


「規則か……いや、とくに思いつかないな。逆に聞くけど、決めておきたいルールでもあるのか?」

「いえ、聞いてみただけです。深い意味はありません」


 なにかとさとい昭子のことだ。わざわざ聞いてくる以上、大事な提案があるんじゃないかと勘繰ったのだが……とくにそういうわけではないらしい。「長く住んでいたら問題も起こるだろう」と、その都度話し合って決めることに。


「そういえば、今後の計画についてなんだが――」


 ルール話のついでに、拠点構築についても少し触れておく。


「防壁作りと農地の開拓、この2つはなるべく早く完成させよう」

「なるほど、この前の配信がキッカケですね。鬼のことは私も気になっていました」

「さすがは昭子、察しがいいな」


 異世界から鬼がいなくなれば、ニホ族にとっては住みやすい環境となる。魔物のことはさておき、再び地形が入れ替わるかもしれない。なんの確証もないけれど、念には念を入れておくべきだろう。


「でしたら私たち、年明けからは毎週通いかよますよ。元々その話をしようと思ってたんです」

「わかった。なら送り迎えは俺がするわ。親に悪いしな」

「……ありがたいですけど、いいんですか?」

「ああ。全然かまわないよ」


 週末ごとに親と顔を合わすなんて面倒極まりない。別に大した距離じゃないし、外出のついでに買い出しをするのもいいだろう。話はとんとん拍子に進み、年明けからの指針が決まった。



「んじゃ、ぼちぼち片づけるか」


 陽が傾いてきたところで、ひとまずバーベキューは終了。


 俺と大輝と龍平は撤収作業に取り掛かり、女性陣は一足先に部屋の中へと戻る。本日はクリスマスイヴということで、このあとパーティーが開かれる手筈だ。


「おい大輝、夜が楽しみだな」

「でもあいつら、ほんとにアレを着るのかな」


 ソワソワしながら片づけを急ぐ2人。聞いた話によると、明香里と昭子はサンタの衣装に着替えるそうだが……。こいつらの態度を見るに、良からぬ服装であることは容易に想像できる。


「あっ、小春さんたちの分もあるそうですよ」

「秋文さんも見たいっすよね」

「…………」


 こういった場合、どう答えるのが正解なんだろうか。


 若いこいつらなら兎も角、おっさんが何を言っても問題発言になりかねない。俺は多方面から非難を浴びぬよう、沈黙を貫き通すしかなかった。


(よし。さっさと片づけて部屋に戻るか)


 撤収作業は急ピッチで進み、クリスマスは夜の部へと突入していった。


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