第57話 大猿戦2
突然、頭部の体毛が輝きはじめると――
それは首や肩へと徐々に広がっていく。
「おいアキフミ! なんかマズそうだぞ!」
「お兄さんどうする? いったん離れる?」
こんな演出、昔やってた狩りゲーで見たことがある。
やたらと強化された上に、口からモノ凄い咆哮が……って、それはさすがにないだろうけど、あからさまな強者感を醸し出していた。
「みんなは離れて待機だ。でも……俺がヤバそうだったら助けてくれよ」
と、余裕ぶっていたのもここまでだった。毛の輝きが広がるにつれ、大猿の動きにも大きな変化が――。
腕に込めるチカラが戻り……いや、これは当初よりも増している。さすがに折れた腕は戻らなかったが、残った2本だけでも凌ぐので精一杯だった。
とたんに防戦一辺倒となった状況のなか、何本かのこん棒を折られながらも、ギリギリのところで
周りのみんなも参戦してくれたのだが……それまで効いていた攻撃がまったく通らない。腕力や俊敏性に加え、耐久度も大幅に増しているようだ。というか、このままだとマジでヤバい。
(って、なんか変だな。心なしか動きが鈍くなって……気のせいか?)
大猿が豹変してから数分――
体感では長く感じたが、おそらくは3分と経ってないだろう。それまで旺盛だった動きに衰えを感じた。
「先輩! 毛の色が元に戻ってきました! みんなの攻撃も効きはじめてますよ!」
どうやら気のせいではなかったらしい。背後に控えた小春から正解が導き出される。言われてみればたしかに、全身の輝きが鈍りつつあった。
輝きは完全に収まり、大猿の身体能力も元に戻る。すでにボロボロだった標的は、ついぞ倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった――。
(今回は運が良かったのか、それとも発動するのに条件があるのか。開幕と同時に強化されたら危なかったな……)
◇◇◇
狩りを終えた俺たちは、その場で解体をして集落に持ち帰った。可食部分はもちろんのこと、骨や毛皮に至るまで余すことなく運んでいる。
大猿がモドキの分類に入るのかはわからないが……念のため、内臓だけは焼却処分とした。
狩りの被害に関しては、死亡者なし、重傷者もなし、軽症者が4名となった。そのいずれもが打撲であり、ほぼ完全勝利といっていいだろう。
攻撃をまともに受ければべつだが、もらい事故程度なら、アルマジロ効果で耐えられるようだ。俺も何度か殴られたけど……青アザが数か所できたくらいで、骨や内臓に異常はなかった。
「最後のアレには驚いたけど、ほとんど計画どおりだったね!」
「夏歩、あんた何回も殴られたでしょ? 前に出過ぎだって、何度も注意したのに」
「そういえば夏歩ちゃん、こん棒を折った回数もトップだったよね」
「いやー、途中からアツくなっちゃってさ……ごめんごめん!」
集落に到着したあとは、すぐに試食会がはじまった。
みんなが煮炊き場に集まり、思い思いの話題で盛り上がる。俺の対面にいる小春たちも、反省会まがいの話をしながら笑い合っていた。
「なあ秋文、ほんとにおれたちも食っていいのか? これ以上はいくら食べても無駄なんだろ?」
肉が焼けるのを待っていると、すぐ隣にいる健吾が聞いてくる。「せっかくの肉が勿体ない」と、繰り返し念を押していた。
「何度も言ってるけど、いいに決まってるだろ。モドキの能力だって、大猿は別枠かもしれないぞ?」
「まあたしかに、その可能性もあるか……」
期待を持たせるつもりはないが、食べてみないことにはわからない。ダメならダメでいいし、大猿はあと5体もいるのだ。倒せるとわかった以上、肉の確保は難しくないだろう。
「とにかく、今日はみんなで食べてみよう。ハイエナが見つかり次第、改めて試すってことで」
まあ、本音を言ってしまえばアレだ。二度と手に入らないなら兎も角、出し惜しみをして遺恨を残したくない。
この世界での生活はもちろん、日本に帰った後、またべつの世界に行く可能性も残されている。そこで立場が逆転してギスギスと……なんて展開は勘弁願いたいところだ。
「はい先輩、最初のお肉が焼けましたよ。健吾さんも食べてくださいね」
「おっ、旨そうな匂いだな」
「小春さんありがとう。遠慮なくいただくよ」
どうやら肉が焼けたらしい。渡された木皿には、程よい厚みのステーキが何枚も盛られていた。味付けは塩のみだが、わずかにハーブの香りが漂い、食欲を掻き立てる。
なにせあれだけの強敵だ。さぞ美味かろうと期待を込め、さっそく手でつまみ上げたのだが……。
「んんっ!?」
ひと口頬張った瞬間、口の中いっぱいに苦みが走る。吐き出そうかと迷うほどには強烈で、思わず顔を歪めてしまう。
「先輩? 大丈夫……ですか?」
「おい秋文、どうしたんだ!?」
小春が心配そうに見つめ、健吾は食べる寸前で手を止めていた。
「ちょっと待ってくれ、大丈夫だ……」
せっかくの肉を無駄にはできない。ひとまず噛みしめてみると――次第に苦みが消え去り、うま味へと変わっていく。どうやら苦いのは最初だけみたいで、ふた口目からは普通に旨く感じられた。
1枚目を食べ終えるころには人だかりができ、みんなの注目が集まるなか、肉の感想を伝えていく。
「――って感じでさ。最初だけ、苦い薬みたいな味がしたんだ。毒ではないと思うが……ヤバいと感じたら吐き出してくれ。なんなら、しばらく様子を見たほうがいいかもしれん」
今のところ異常はなく、痛みや吐き気といった症状も皆無だ。少なくとも、即効性のある毒ではないだろう。
「なるほど……逆にチカラを得た感覚はありませんか? 意味合いは違いますけど、良薬口に苦しとも言いますし」
みんながガヤガヤと騒ぐなか、小春が踏み込んだ質問をしてくる。最初に感じた苦みも「身体変化の影響なのでは?」と言っていた。
「ん-、そういうのは感じないな。なにかあるとは思うんだけど……」
「そうですか。まあ、とりあえず食べてみますね」
「あっ、小春さんが食べるなら私も!」
「じゃあアタシも食べよっかなー」
「構わないけど無理はするなよ。最初だけとはいえ、恐ろしく苦いからな」
小春たち3人をキッカケにして、ついには集落のほぼ全員が試すことに――。
悲鳴こそ上がらなかったが、悶絶するヤツが多発したのは言うまでもない。
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