第63話 日本人同士の対立
「桃子さん、帰還を急ぐ理由を教えてほしい。なにか気になることでもあるのかな?」
「理由もなにも、早く日本へ帰りたいだけよ。それ以外になにがあるっていうの?」
全員でかかれば巨大熊も余裕で倒せる。グズグズと先延ばしする意味はない。これ以上強化ができない現状、この世界に留まる理由はない。
彼女はそう言ったあと、「ここにいるみんなも同じ意見よ」と、鋭い目つきでこちらを見つめる。
(これが彼女本来の人格なのか? っていうか、周りのヤツらも急にどうした? 手のひら返しにしても唐突すぎるだろ)
普段から「健吾、健吾」と頼っていたのに、チカラを得た途端に鞍替えとは……いくらなんでも話が出来過ぎだ。ある事ない事吹き込まれたり、彼女に篭絡されたりと、以前から根回しでもされていたのだろうか。
「桃子さんの意見もわかるけどさ。巨大熊が余裕、って部分には同意できないな。実際、大猿ですらかなり危ないんだ」
桃子はもちろん、彼女に同意している連中は、大猿戦を一度も経験していない。毎回、ほぼ無傷で倒しているから、簡単そうに見えるかもしれないが……。
「あー、それよそれ。そもそも、その態度が気に食わないのよ。強い自分たちが絶対だ。そう言いたいんでしょ?」
「いや、そんなつもりはないが……」
なるほど、不満の矛先は俺たちのようだ。桃子は俺を見たあと、小春たちにも睨みを利かせていた。
(にしても、この変貌ぶりはエグいな。正直、ノーマークの人物だったんだが……)
彼女の本音は「この集団の主導権を握りたい」ってところか。そのために根回しをして派閥を作ったのだろう。日本への帰還うんぬんは、ただの口実にすぎない。
全然違う可能性もあるが、俺たちを良く思ってないことだけは確かだ。
ついに本音をぶちかました桃子。
そしていまにも爆発しそうな夏歩や冬加。
どうしたもんかと悩んでいると、それまで押し黙っていた健吾が立ち上がる。
「すまん秋文、今日のところは解散でもいいか? 一度、おれたちだけで話し合いたい」
怒りや落胆の態度は見せず、健吾は無表情のまま俺を見る。
このまま問答を繰り返したところで、収拾がつくとは思えない。俺も小春たちと話し合いたいところだし……。
「俺はかまわんけど、桃子さんはソレでいいのか?」
「そうね。健吾がどっちにつくか聞いてみたいし、べつにいいわ」
なおも強気の姿勢を見せる桃子。彼女は賛同者を引き連れ、自分たちの住居へと立ち去っていった――。
◇◇◇
「ねえ冬加。あの女、マジでヤバすぎない?」
「あんな素振り、今まで見せたことないし。いきなり性格変わり過ぎ」
「いつも遠慮がちだし、人あたりも良かったのに……完全に騙された」
自分たちの家に戻ると、夏歩と冬加がすぐに話しはじめた。
てっきり騒ぎ出すかと思いきや、意外と冷静なことに驚いている。結局は小春や俺を含め、彼女の本性には誰ひとり気づいていなかった。
「あたし、アイツを思い出してイライラした。さっきの口調とか態度、めちゃくちゃ似てたし」
「あー、それって冬加が嫌ってた人ね」
アイツってのは、アモンのところで一緒だった日本人の女だろう。直接は話してないし、実際、どんな性格なのかは知らないが……冬加は似たようなナニカを感じたらしい。
「――とにかく。こうなった以上は仕方ありません」
話が脱線しかけたところで、真剣な面持ちの小春が手を上げる。
思えば彼女、さっきの一幕でも顔色一つ変えていなかった。冷静を装っていたわけじゃなく、心底冷めた感じの雰囲気だった。
いまも落ち着いた様子で俺たちの目を見つめている。
「桃子さんの賛同者も含め、追放するか排除するか。わたしたちの意見を統一させておきましょう」
小春曰く、桃子の主張や態度はどうでもいいらしい。最初から『不穏分子の処遇』に焦点を当てている。健吾や洋介たち4人のことを含めて、俺たちの意見を求めていた。
それからしばらく――
俺の意見を皮切りに、それぞれが見解を述べていく。
細かいニュアンスは違えど、おおむねの方針に差異はないようだ。最後に小春が話したところで、4人の考えをまとめあげる。
「じゃあ、桃子さんたちは追放、従わなければ強硬手段に出る。健吾たち4人はこっちへ引き込むぞ」
「おじさん、健吾さんたちが向こうの陣営についたら?」
「そのときはあきらめよう。まあ、大丈夫だとは思うけどな」
面倒見のいい健吾だが、なにもお人好しってわけじゃない。この期に及んで離脱する選択はしないだろう。
ほかの3人にしたって、いまさらここを出ていく理由がない。確実にとは言わないけれど、かなりの確率で残留を選ぶと思う。
まあ、明日になれば結果は出るし、詳しい事情もわかるだろう。それを聞いた上で判断することになった。
「では、交代で番をとりましょう。先輩はジエンさんたちに報告を――いつでも動けるようにと」
「了解した。すぐに知らせてくる」
いつかはあると思っていた『日本人同士の対立』
想定していたとはいえ、面倒なことには変わりなく――明日を迎えるのが少し憂鬱になってきた。
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