第84話 選ばれし者の『特典』

 朝食を終えたタイミングで明香里たち4人が来訪。校門で待っていた俺を見つけると、手を振りながら近づいてくる。


 大きな籠を背負った姿は、まさしく運び屋という雰囲気。手慣れた感じで荷を下ろすと、すぐさま龍平と大輝が駆け寄ってきた。


「おっ、いたいた。今日はよろしく!」

「秋文さん、おはようございます!」

「おはよう。出発の準備はできてるぞ」


 実は昨日の別れ際、西のスーパーへ偵察に行くことを伝えたのだが……「鬼の姿を知っておきたい」「ツノ族との違いを見ておきたい」と、興味を持ったふたりが同行を志願してきたんだ。


 多少の警戒心はあったものの、これから仲間になるヤツを疑いたくはない。「歩み寄りの姿勢は大事だろう」と、これに了承した。

 まあ4対1ならともかく、2人を相手に遅れ取ることはないだろう。それなりの自負を持った上での決断だった。 


「ねえ大輝、絶対に無茶はダメだよ?」

「龍平、あなたもよ。間違っても鬼に手を出さないでよね」


 少し浮かれ気味の男性陣に、明香里と昭子がすかさず釘をさす。


 昨日会ったばかりだけれど、これが日常のやり取りだということは見て取れる。女性陣の叱咤を受け、まんざらでもない顔で返答していた。


 ちなみにこの4人。明香里は大輝と、昭子は龍平と――それぞれ恋仲の関係にある。付き合いはそこそこ長く、転移事件の前から付き合っているようだ。


「じゃあ秋文さん、ふたりのことお願いね」

「ああ、なるべく早めに帰ってくるよ」


 明香里と昭子は野菜の詰込み作業を開始。そのあと朱音たちと話し合う予定みたいだ。



 森を歩くこと20分と少々――


 たまに襲ってくる魔物を屠りつつ、俺たち3人はスーパーに到着。広い駐車場の先にはいくつかの建物が見える。


 ここには食品を取り扱うスーパーのほか、衣料店や薬局、百円均一の店が併設されている。立ち寄ったことはないものの、どの店も聞いたことのある店名ばかりだ。


 鬼は屋内に籠っているのか、外に出ているヤツはいないようだ。ひとまず木陰に身を潜め、嗅覚強化を発動してみることに――。


「あれ、おかしいな……」

「秋文さん、どうしたんですか?」


 思わずこぼした言葉に大輝が反応する。


「ああ、前回より鬼の数が増えてるんだ。それが気になってな」


 探知に反応した数は22体。前回来たときよりも4体増えている。周囲1キロメートルの範囲にほかの反応はなく、すべての鬼はスーパーの中にいた。


 前回、狩りに出ていたヤツを見逃したのか。それとも周辺の鬼が合流したのか。理由こそわからないが……あまり良くない兆候に思える。


 俺は鬼の数を伝え、不用意に動かないよう注意を促す。


「あの、ひとつ質問してもいいですか?」

「どうした大輝。気になることでもあるのか」

「いえ、どうして鬼の数がわかるのかなって……。もしかしてその目と関係してますか?」


 すっかり仲間だと認識しており、なんの躊躇いもなく使ってしまった。嗅覚強化については話しておらず、大輝と龍平は疑問符を浮かべている。


 俺は巨大熊のことを打ち明け、その能力についても詳しく説明する。


「なるほどそういう……教えてくれてありがとうございます」

「すまん、隠すつもりはなかったんだ」


 2人は気にもしてないようで、俺の謝罪を素直に――というか、むしろ申し訳なさそうに受け入れた。2人で顔を合わせたあと、ひとつ頷いてから俺を見つめる。


「ごめん。オレらも隠してたことがあるんだ」


 何事かと思っているところに、ゴソゴソとポケットをまさぐりだす龍平。そこから取り出したのは『異世界で見慣れた地図』だった。


「これが調停者に呼ばれたヤツの特典なんだ。まあ、ほとんど初期状態に戻ってるけどさ」


 異世界で使っていたものと似ているが、サイズは小さく、帰還条件の項目もない。それでも探知機能は残っており、鬼は赤色、魔物は白色、仲間は青色で表示されている。


「そうか、ならこれでお相子だな。打ち明けてくれて嬉しいよ」


 小春たちとは仲がよくとも、俺は昨日出会ったばかりの存在だ。おいそれと手の内を見せるべきではない。秘匿するのは当然だし、むしろ思慮深い対応に感心しているくらいだ。


「ん、でもなんでだ? この青いのって俺だよな?」


 広げられた地図には青い点が3つ。そのうち2つは龍平と大輝……ってことは、残る1つは俺ということになる。


「あっ、ほんとだ。昨日まで黄色だったのに……」


 互いに歩み寄ったからなのか、俺は仲間として認識されたらしい。龍平の顔がほころび、自分の地図を確認した大輝もそれに続く。


 実際問題、この点の色は信用に値すると思っている。健吾たちの加入や桃子たちの離脱など、その兆候は顕著に現われていた。少なくとも、『仲間』という言葉面だけよりは安心できる。



 そんなことがあってから1時間――


 地図に変化は見られず、「もう帰ろうか」というところで、ようやく2匹の鬼が姿を見せる。2人に容姿を確認してもらうも、未知の生物であることが確定。調停者からの情報にもない存在だった。


 どうやら狩場は北のほうにあるようで、前回同様、反対側の森へと消えていく。


「なあどうする? 2匹だけならいけるんじゃね?」

「うん。相手の力を知っておきたいよね」


 ふたりはやる気満々のご様子。こっちを見ながらグイグイと推してくる。俺もつい乗っかってしまいそうになるが……。


「いや、ヘタに刺激するのはやめておこう」


 あと4日も待てば全戦力が揃うのだ。それを待ってからでも遅くはないだろう。ハイエナ肉も確保できしたし、亀モドキによる強化も可能。ふたりの意見には同意だが、「もう少しだけ待ってくれ」と答えた。


「それにおまえら、勝手なことすると彼女に怒られるぞ?」

「あ、そうだった……」

「完全に忘れてました……」


 結局はその一言が決め手となり、今日のところは素直に帰還と相成った。しばらく地図の監視を続け、鬼が魔物を狩ったところを確認。ヤツラがスーパーに戻ったあと小学校へと帰った――。



◇◇◇


「あっ、やっと帰ってきた! ふたりとも遅すぎ!」

「ほんと、いつまで待たせるつもりかしら。まさかあなたたち――」

「だ、大丈夫だ。鬼にはいっさい手を出してないぞ! なあ大輝!」

「うん。今日は様子見だって……最初から決めてたもんな!」


 どうやら出発の準備はとうに終わっていたらしい。明香里と昭子は校門の前で待ちぼうけ。口ではああ言っているものの、大輝と龍平を見るや否や、心配そうに駆け寄ってきた。


 俺たちは西の状況を説明。鬼のことや地図のことなど、遅くなった言い訳をあれやこれやと話していった。


 そんな4人の帰りがけ、リュックからハイエナ肉を渡そうとしたのだが……彼女らはあっさりと拒否する。


「小春たちを連れてきたときでいい」「メインキャラを差し置いて貰うわけにはいかない」と、頑なに受け取ろうとしない。おそらくは、抜け駆けによる不和を恐れているのだろう。


 彼女らの律儀なところには好感が持てるし、地図の青色表示による安心感もある。ここまで揃えば裏切りの心配はなさそうだ。今後も上手く付き合っていけると思う。


「それじゃあみんな、気をつけてな。4日後を楽しみに待ってるよ」

「うん、秋文さんも無茶しないでね」


 なんやかんやと日本に戻ってから13日。


 これでようやく小春たちとの再会が果たせそうだ――。


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