第44話 東にある集落


 翌日、朝食を済ませた俺たちは東側の探索を開始した。昨日とは打って変わり、空には雲ひとつない青空が広がっている。


 探索メンバーはジエンとエドを加えた総勢6人。俺とエドが先頭に立ち、小春たちを挟んでジエンがしんがりをつとめる。


 今日の目的は東側の地図を開放すること。そしてもうひとつはニホ族の集落に顔を出すことだ。何事もなく順調に進めば、ここから3時間程度で到着する予定だった。



「なあエド、今から向かう部族ってどんなやつらなんだ?」

「んー、どんなって言われてもなぁ。オレたちと大して変わらないぞ?」


 聞いた話によると、集落は30人規模で、ムンドという男が族長をしているらしい。


 普段の交流はほとんどなく、せいぜい年に一度会う程度。余程のことがない限り、お互い行き来することはないようだ。アモンたちとのように、嫁や婿を送り合うこともなかった。


「べつに仲が悪いとかじゃないんだよな?」

「ああ、オレも何度か行ったことあるけど、気のいいヤツらだった」


 なぜ疎遠なのかは未だに不明。ジエンやアモンに聞いてもわからなかった。「先祖代々、そういう関係を続けている」と、何の疑問も抱かずに真顔で答えていた。


(まあ、同じニホ族だし大丈夫か。まさか、いきなり襲われることはないだろう)


 そんなことを気にしつつも、森の中をひたすらに進むこと2時間。ジエンの集落が地図から外れそうなところまで来ていた。


 東の森は樹勢が強くて木々の間隔が狭い。奥へ進めば進むほど、森の密度が増していった。


 今日までの間に、北で冬加たちと出会い、西では健吾たちを発見している。となれば、東側にも日本人がいる可能性が高い。接触すること自体は構わないが、気構えだけは持っておくように伝える。


「先輩、大丈夫です。たとえ敵対者だとしても戦えます!」

「うん、私もイケるよ!」

「アタシだって!」


 ここ1週間、日中はモドキ狩りとマラソンを。集落に帰ってからは、暗くなるまで模擬戦を繰り返した。とくに模擬戦に関しては、かなりの無茶をしている。アルマジロ効果で怪我をしにくいこともあり、容赦なくこん棒で殴り合っていた。


 技術面はさておくとして、痛みや恐怖心といった精神面は相当鍛えられたと思う。



 結局それから1時間――、


 俺の心配は杞憂に終わり、予定どおりにムンドの集落が見えてきた。


 森の一画には開けた場所があって、竪穴式住居がいくつも建っている。すぐ近くには川も流れており、とても住みやすそうな環境に思えた。


 地図に表示されているのは25個の黄色い点のみ。赤や桃色の点はひとつもなく、どれも緩やかに動いている。


「よし、ひとまずツノ族はいないようだ」

「しかしアキフミ。その地図ってやつは本当に便利だな」


 俺が地図の確認をしていると、最後尾にいたジエンが隣に来て声をかけてくる。


「ジエン、ここから先は頼むよ。いきなり俺たちが見えると怪しまれそうだ」

「ああ、むろんそのつもりだ。任せてくれ」


 ジエンに先導をお願いして集落に立ち入る。と、声を掛けて早々に族長ムンドが現れた。事前に聞いていたとおり、ずいぶんと恰幅が良く、厳つい顔をしている。


 すぐ後ろには数名の男が武器を持って立ち並び、どの顔も警戒心に溢れていた。とても歓迎されているようには見えない。


「ジエン、そいつらは何者だ」

「彼らはオレたち部族の恩人だ。いまは共に暮らしている」

「ほお……共に、か」


 ムンドは俺たちを値踏みするように睨みつけ、顔を……いや、額をしきりに確認していた。


「で、今日はなんの用で来た?」

「ああ、実は最近ツノ族の襲撃があってな。気になって様子を見に来たんだ。アモンのところもやられている」

「……そうか。まあ入れ、もてなそう」


 ムンドは思案顔で歩き出すと、集落で一番デカい住居へと案内してくれた。


 囲炉裏を挟んで向き合う2人の族長。俺はジエンの隣に座り、エドと小春たちはすぐ後ろに腰を下ろす。と、互いの自己紹介をする間もなく、ムンドはとうとうと語り出した。


「実はな、ワシらのところも襲撃にあったばかりだ」


 ツノ族10人に対して自分たちの戦力は15人、人数差のおかげで被害は出なかったが……かなりの苦戦を強いられたらしい。なんでも、ツノ族の中にやたらと強いヤツが混じっていたんだと。


「そんなに強いのがいるとは初耳だ。いったいどんなヤツだったんだ?」

「ああ、そのツノ族はな……ちょうどそいつらみたいな恰好をしていた」


 ジエンの問いに答えたムンドは、俺たちのほうに視線を向けて言った。


「あんなヤツらは初めて……いや、これで見るのは二度目か」


 おそらくはツノ族化した日本人のことだろう。ここに来てから警戒され続けていた理由がわかった。



 それからようやく自己紹介が始まり、事の経緯を説明していくうちに警戒は解けてくる。モドキ肉のことや防壁のことなど、ムンドは大層驚きつつも興味深そうに聞いていた。


 モドキ肉効果については疑問視していたが、エドが実演して見せた力比べによって解消される。


 集落随一の実力者であるムンドは、エドとの対戦でコテンパンにやられ、自身の身をもって効果を体感したのだ。ちなみにエドとジエンは『猪とアルマジロ』の効果を得ている。


 力比べが終わったあと、外の広場で座り込んだムンド。最初こそ悔しがっていたが、いまは力の秘密に興味を移していた。


「なんてことだ……まさかこれほどの差があるとはな。ジエンよ、おまえのところは全員こうなのか?」

「ああ、エドには少し及ばないが……男たちは相当なものだぞ」

「……そうか。なあアキフミ、ワシらも肉を食えば強くなれるのか?」


 と、ここでようやく彼の顔から警戒の色が消え、はじめて自分から俺に話しかけてきた。周囲に集まってきた男たちも興味深く聞き入っている。


「なれると思うが責任は持てないぞ。数か月、あるいは何年後か。突然ツノ族になる可能性も残ってる」

「ああ、それはさっきも聞いた。それでもワシらは強くなりたい」


 ジエンからの強い要望で、モドキのことに関しては包み隠さず話している。そのすべてを聞いた上で、彼はモドキ肉を食べることを選んだ。


 その後もジエンとムンドの話し合いは続き、昼食を交えつつ、モドキや防壁の詳細を話したところで集落に戻った。


 集落へ合流する話もしていたが、ムンドにそのつもりはないらしい。ただ、「まずは互いの交流を深めることからはじめたい」と、前向きな返答をもらっていた。



 ジエンの集落を基準にして、西の健吾たちと東のムンド、南は海で行止まりの状態。言い方は悪いけど、ツノ族への防波堤として集落の安全性は高まると思っている。


「ようやく次の段階へ進めそうだ」と、このときの俺は何の疑問も持たずに考えていた。





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