61 いざ決戦――回避できるならしたいけれど

『黙っていろ、道化』


 そんな、重々しい声がいきなり頭上から響いてきた。

 私・八重垣やえがき紫苑しおんが何事、と思った次の瞬間、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンが赤眼――いつの間にか緑色から赤く染まっていた――から赤い光を放った。

 その対象は、私達ではなく……私達と敵対していた阿久夜あくやみおさんだった。


「え――きゃあっ!?」


 困惑と驚きの声を上げる阿久夜に光が直撃する――がそれは攻撃の為のものではなかったようだ。

 身構えた彼女を半径3メートル程の半球状の赤く薄く輝くドームが覆いつくした。


「な、なんですか――? わたくしを守る為の障壁か何かで……」


 自分を覆うそれに彼女がおずおず触れた次の瞬間だった。

 

「あ、がぁぁあっ!?」

「え?!」

「なに――?」


 彼女はいきなり叫び声を上げた――だが、こちらでは何かが起こったようには見えなかった。

 阿久夜さんがいきなり仰け反って、フラフラと地面に座り込んだ――そういう風にしか見えなかったのだ。


「い、今の炎は一体……?! あなた、主たるわたくしに何を――?」

「――――――――っ!??」


 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンが視線と言葉を向けた瞬間、阿久夜さんは引き攣った表情で息を呑んだ。


 そうして途中だった言葉を霧散させ、口をパクパクとさせる彼女に屍赤竜リボーン・レッドドラゴンは圧倒的な威圧感ある声音で告げた。


『言っておくが、もう我はお前の能力の制御下にはない。

 我が肉体の憎悪による活動時から制御は完全でなかったのに、より高位の存在となった以上、最早貴様如きで我を操れないと知れ』

「う、うそ!? ホントに、操れない……!!」

『貴様のお陰でこうして形を成す事が出来た事については感謝してやろう。

 だが、それで我の主を名乗るとは……身の程知らずも大概にするがいい、外側だけを取り繕った小娘――!!』

「あ、あ、ああっ――」


 ――傍から見ていても、分かる。


 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンから溢れ出ている、圧倒的な力、威厳、感情の奔流。

 それは蟻に向けられる津波のようなもので……その凄まじく膨大な、形容し難い何かに、蟻は立ち尽くすしかできない。

 それを直接向けられたら怯え竦むのが当たり前だろう。

 ――彼女の座り込む辺りが濡れていくが、それを誰が責められるだろうか。 


『汝の愚かさ、畏れ多さ、本来なら万死に値する……が。

 貴様、言っていたな? 自分は唯一無二だと。

 我を形作った褒美として、その願いを叶えてやろう』

「……ぇ、え……?」

『我が全ての人類を滅ぼした後、汝だけが残れば――汝はまさしく唯一無二だ』

「っ!!?」


 

 とんでもない言葉が出てきた事に、私達の誰もが衝撃を受け、驚きを隠せない。


 だが、おそらく一番そうだったのは……他ならぬ阿久夜さんだったのではないだろうか。


 彼女は少し前までの狂気に満ちた様子が消え果てて――いや、それを残したまま感情のベクトルを変えていた……狼狽、そして恐怖へと。

  

『喜べ、お前は文字どおりただ一人の存在となる。

 それを噛み締めたのを見届けた後、我がじっくりその感情ごと噛み締めてやろう。

 魂も肉体もじっくり丁寧にな』


 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンは残酷な、嘲笑めいた言葉をそうと感じさせない重く威厳ある言葉で吐き捨てた。

  

「――ち、ちがっ―――わ、わたくし、そんな、そんなつもりはっ―――あ、ぁぁぁ――――いや、いやぁぁ―――っ」 


 そんな言葉を叩きつけられた阿久夜さんは、愕然と呆然と地面に手をついて蹲った。

 見開いた目からはポタポタと涙が零れ落ちていく。


 ……正直、見ていて胸がひどく痛んだ。

 こうなった事は、根本的な部分を除いて厳しく判断すれば、彼女の――阿久夜さん自身の責任だろうと、頭では理解している。


 だけど、それでも……あそこまで苦しむべきなのだろうか、そんな思いが私の中に渦巻いていた。


 そんな中。


『さて、些事を済ませた所で……改めて名乗るとしようか』


 そうして阿久夜さんに小さく息を零した後、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンがこちらへと向き直った。


『と言っても我に名前は存在しない。

 強いて存在として名乗るのであれば、赤竜王・エグザレドラ・オーヴァラーグの存在しない影といった所だ』

「――存在しない影とは、どういうことだ」


 一筋の汗を額から流しながら堅砂かたすなはじめくんが尋ねる。

 少なくとも今は戦闘する気がないらしい様子なので、この内に情報収集をしていこうと一瞬前の【思考通話テレパシートーク】で彼は語っていた。


 ターグさん達がファージ様に連絡する時間を稼ぐ意味合いもそこにはあった。

 ここから先どうなるのか分からない以上、少しでも行動や思考の準備時間は必要だろう。


 私も可能であれば声を上げて時間を稼ごう――そう考えながら、私は会話の行方を見守る事にした。


『文字どおりの意味だ。本来我は存在するはずのないものだった。

 エグザレドラ・オーヴァラーグは気高き、神の使い。

 憎悪など、まして一種族への偏った感情など持ち得ないモノなのだ。

 そして、そもそも我自身は既に転生を果たし終えている。

 赤竜王も、この身体の本来の持ち主の魂もな』

「じゃ、じゃあ、どうしてアンタはここにいるんだ……?」


 私達のすぐ近くに立つ守尋もりひろたくみくんも眼前の存在の威厳のような――それとは少し違う禍々しい意志に圧されつつ、声を上げた。

 阿久夜さんに対するよりも幾分落ち着いた……それでも対峙しているだけで消耗していくが……様子で屍赤竜リボーン・レッドドラゴンは答える。


『そこの愚かな女の感情、そこから発せられた力に不覚にも共鳴してしまったのだ。

 さらにそれがお前達が神域結晶球と呼ぶ我の権能の欠片に染み付いた、赤竜王やその子孫、さらにはここで死した多くの魔物や人間の意思が共振した。

 共鳴と共振が重なり合った事、我と汝ら……異なる神の力が反応し合った結果、本体からすれば塵芥のようなものだが、もっとも大きな存在であった赤竜王の――ごく僅かな負の感情の残滓が、あの女の能力を媒介に肉体ごと蘇ったのだ。

 極めて不本意な事だがな』

「であるならば、何卒怒りをお沈めくださいませ、赤竜王様」


 そう言って前に進み出たのは――いつの間にから出てこの場に歩み寄っていた、レートヴァ教・聖導師長ラルエルだった。


 私達を庇うように最前に歩み出たラルは、そこで地面に膝をついた。

 それを見た私達は顔を見合わせ、少し慌てながらもラルと同様にその場に跪く。

 だけど、そんな私達にラルが言った。


「皆様は跪く必要はありません。

 此度の事、元を糺せば全てあの時の――十数年前の私達人間全ての責任であり、不始末なのですから」

「え?」


 困惑する私達に頷くように小さく頭を下げた後、ラルは再び屍赤竜リボーン・レッドドラゴンへと向き直った。


「貴方様の――神に近しい、神に繋がる力を欲し、その簒奪計画を練った愚かな人間達。

 我がレートヴァ教の当時の聖導師長一派、領主の座を欲していたレイラルド家の血を引く者達、この世界を自由に出来る力を望んだ異世界人達――そして、それらを知りながらも止めるに至らず、計画を実行させてしまった私達。

 誰もが皆、恐れを知らず、敬いを忘れ、力を求め過ぎていました。

 その結果、貴方様の信頼を裏切り、あまつさえ血を流し、身体を結界の基盤とし、魂を転生させるに至ってしまいました。

 その愚行、改めてここにお詫び申し上げます」

『――――』


 そう言って頭を下げるラルを、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンは静かに眺めていた。

  

「しかし、それはその時生きていた我々の愚行であり、今を生きる彼らの業ではございません。

 必要とあれば私の命を捧げます――それで、どうか怒りをお鎮め……」

「そ――!」


 そんな事させられない。

 当時の状況は詳しくは分からないけど、ラルが解決に尽力した事は赤竜王様ご本人から聴いている。

 少なくとも今回の事は私達にこそ責任がある。


 だからラルが命を捧げる必要はない、そう伝えようとした……だが。


『その必要はない』


 ラルがそう伝えるのを分かっていたかのように、私達よりも速く屍赤竜リボーン・レッドドラゴンが声を上げた。


『今更汝が我に命を捧げる必要はない。

 汝が、レイラルドの血を引く小僧が、世界守護の運命を背負った小僧が、そして――所縁ゆかりと彼女の仲間達が命を懸けた事を我は理解している。

 ゆえに、汝ら罪なき者の血を捧げる必要はない……だが』 


 そこで屍赤竜リボーン・レッドドラゴンは――

 人と竜……他種族であるがゆえに、私達では竜の表情を詳しくは伺えない。

 だけど、何故か分かった。伝わってきた。

 彼は紛れもなく哂っていて……その表情のまま、恐るべきことを告げた。


『我が理性はそうして納得しても、我は憎悪。

 赤竜王・エグザレドラ・オーヴァラーグの存在しない憎悪なのだ――!

 ゆえに、この憎悪、人を滅ぼしつくす事で世界へと還元しようぞ……!!』


 

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