25 似て非なる誰かに、想いを乗せて

「さあさあ、入ってくれよヤエ師匠」

「う、うーん、出来れば師匠呼びも勘弁してもらえないかな……わぁ」


 八重垣やえがき紫苑しおん――今はヤエという偽名を名乗っている――は自身が助けた少年少女、ネシオとモリアの住処に招かれていた。

 少女・モリアは最初戸惑っていた様子だったが、ネシオの「命の恩人をそのまま返すわけにはいかないだろ」という言葉で紫苑を家へと招く事に納得した。


 そうして2人に案内された先、ズーメルゥ西地区の住宅街の奥まった所に、その小さな家はあった。

 なんでも、モニアの祖父が以前仕事用の物置き場としていたものを改修して、最低限家として使えるようにしたという。

 大きな一室をカーテンで仕切ってそれぞれの部屋として活用、食事の時はテーブルを出して部屋の中央で食べるとの事だ。


 なんだか恋人のようだと思う紫苑だったが、幼馴染と言っていたし、おそらくは家族的な関係なんだろうと推察した。

 ふと、誰かとこんな風に住めるかを考え、相棒たる堅砂かたすなはじめの顔がなんとなく思い浮かぶ。

 

(うーん、私は構わないけどはじめくんは困りそうだなぁなんとなく……主に私のせいで)


 紫苑的に自分自身はズボラなので、ちゃんとしているはじめ的には苛立たせてしまうかも――と、そこまで考えて思考を現実に引き戻した。


「すごく良いお家ですね。二人はもうここで一人立ちしてるんですね……いや二人立ち……?」

「一人立ちって言えるほど立派じゃないですよー。実家から出て来てまだちょっとだけですから」

「そうそう、それにまだ冒険者の依頼もちょっとこなしただけだし。

 昨日家族連中が寂しがってないかと思って家に少し寄ったら、もう投げ出したのかって勘違いされてひどかったぜ……」

「素敵なご家族で羨ましいです。でも、二人はどうして家を出たんです?」

  

 すぐに顔を見せに行ける距離にあるのなら、わざわざ家を出なくてもよかったのではないだろうか……そんな紫苑の疑問にネシオは少し目を伏せてから答えた。


「それは――今日みたいなことがあるって分かり切ってたからさ、ヤエ師匠」

「……!」

「この町、いや、この辺は特にケゼケの奴の力が強いからさ。

 皆それぞれの形で、それぞれに上納金を払うのが基本になってる。

 俺達も冒険者になったらそうなる……でも俺は嫌だったんだ。

 なんで明らかに悪事やってる奴の言いなりにならなくちゃいけないんだよ」

「……それは――わかるけどね、うん。

 私は、ネシオがこんな感じなので心配でして。

 案の定、冒険者になった後何処に住むのかとか考えてないのに飛び出そうとしてたんですよ」

「そこについては謝っただろ。

 まあ、とにかく。

 俺はケゼケの言いなりになるのが嫌だったんだ。

 だから、家を出て迷惑をかけないようにした上で、どうにか立ち回っていこうって思ったんだ。

 そりゃあ、全部が全部上手くいくわけじゃないだろうけどさ。

 ある程度は逃げ回ったり立ち向かえると思ってたんだよ――でも、無理だった。

 今の俺には、そんな事すらままならなかった……」


 握り締めた拳が震える様を見て、紫苑は思う。

 ああ、この子と自分は似ている、と。

 勝手な思い込みで決めつけるつもりはないが――自分の無力に憤りを覚える気持ちは、紫苑にも覚えがあったからだ。


 だが、それは時としてひどく危ういものだ。

 紫苑自身焦りで過ちを犯した苦過ぎるかつてがあるからこそ、分かる危うさだ。

 

「だから俺、とんでもなくヤエ師匠の弟子になりたいんだ。

 少しでも強くなって、少しでもこの街の何かを良くしたいんだ……だから、改めてお願いします。

 どうか――! どうか俺を弟子にしてください!」

 

 そうして深々と頭を下げるネシオの姿を見た紫苑は、暫し考え込んだ後に言った。


「まず、大前提としてなんですが。

 恥ずかしながら、私は正直あまり人に物を教えるのが得意じゃないです。

 鍛錬方法はある程度伝えられると思いますけど、個性を伸ばしたりは難しいかもしれません。

 それに、ズーメルゥにいる期間もそれほど長くはないと思います。

 鍛錬自体も私の都合で途中で切り上げる場合もあります。

 最後の最後までは貴方を見る事が出来ません。

 それでも、構いませんか?」

「はい!」

「私が指示を出す――のは、烏滸がましいですが、それでも私が危険と判断したら鍛錬にせよ、戦いにせよ引く事を約束できますか?」

「約束します!」

「……分かりました」


 熟考の上、紫苑は頷いた。

 多分はじめだと『教える義理はない』と突き放すだろうが、八重垣紫苑は心配性なのでそういう事が出来ないのである。


 このまま放置――するつもりはなかったが、中途半端になってしまうと逆に大変な事態を引き起こすかもしれない。

 それだったらまだ自分の視界の中で状況を把握しておく方がずっといい。


 諸々不安はある。

 紫苑自身誰かに何かを教える事はあまりないのでちゃんとできるのか、とか、ネシオがそうして得た力で思いもよらない方向に進まないか、とか考えてしまう事は山積みだ。


 だけど――紫苑は信じたくなったのである。

 かつての自分とは違い、周囲への迷惑を考えた上で行動できる彼なら――私よりも正しく強くなれるんじゃないか、と。

  

 そうして、正しい誰かが世界に一人いてくれるのなら……もしも、自分がその存在に貢献できたのなら――八重垣紫苑がこの世界に存在した意味は確かにあったと言えるかもしれない。


 自分の都合も少なからず混じってしまっている事に紫苑自身うんざりする。

 だけど、それを含めてきっと意味がある事なのだと信じたかった。


(……ちょっと前の私なら、そうは思えなかっただろうなぁ)


 異世界での経験が、様々な人達との交流が、より親密になる事が出来たクラスメート達が、自分を間違いなく柔らかくしてくれている。

 他の事はともかく、その事は間違いなく誇れる事だと紫苑は考えていた。


 その柔らかさを持って――まだちゃんと弟子を卒業できてないと思うのに、弟子をとる事をスカードに謝罪しつつ紫苑は告げた。


「それじゃあ、その。

 不甲斐無い師匠だけど、今後はよろしくお願いします」

「え……?! ホントに弟子にしてくれるのか!?」

「ええ。いや、ホント師匠と言えるような人間じゃないんですけどね、うん……でも、力になれるよう精一杯頑張りますね、ネシオくん」

「あ、ありがとうございます、ヤエ師匠!! というか『くん』なんて水臭い、呼び捨てで、もっと雑に話してくれよ師匠!」

「あー、うん……そう、だね」


 本音を言えば、陰キャ的な気質、距離感覚的な問題もあり、ずっとですます口調の方がこの場合楽なのだが……今後のネシオとの関係を考えて呑み込む事にした。

 状況によっては、より強い言葉で制止せざるを得ない時もあるかもしれないのだから、普段から言葉を出しやすくしておいた方がいいだろう。


「分かったよ、ネシオ。そうさせてもらうね」


 そうして小さく頷いた紫苑を、ネシオはキラキラとした視線で見上げていた。若干紅潮しているようにも見える。

 そして、そんな視線を目の当たりにして、この場にいたもう一人であるモニアは直感的に察した――このままでは何かがマズい、と。


 だからなのか、モニアは半ば反射的に声を上げていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!

 私も! 私もヤエさんに弟子入りさせてください!!」

「ゑ?!」


 そんな焦りに後押しされたモニアの言葉が、紫苑を呆気に取らせるのに十分だった事は言うまでもない事だった――。

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