24 師匠と呼ばれるような自分ではないと思うけれど

 今頃彼女は――八重垣やえがき紫苑しおんは思いのまま暴れてる頃合だろうか?


 隠匿の魔術で身を隠しつつ移動していた阿久夜あくやみおは心中で呟いた。

 正義の味方に憧れを抱いている事は、クラスメートの中である程度知られていた。

 読書仲間である酒高さけだかハルとの会話の中で盛り上がって、知らず知らず声が大きくなっていたのは、今となっては少し懐かしい。

 ――ここ数か月の出来事があまりに濃厚過ぎて、時間的にはさほどでもないのに、ずいぶん昔に思える。

 

 この世界に召喚された事について――澪は正直、良かったと思っている。

 想像を絶する力を手に入れた事は勿論だが、様々に得難い体験も出来た。

 インフルエンサーとして今後活躍していくにあたって、経験は力だ。

 正直二度と思い出したくないこともあるが――それでも、それを含めて経験できたからこそ、今の自分がいる。


(――あの子も、そう思えているんでしょうか) 


 自身のライバルたる紫苑はどうなのだろうか、と澪は考える。


 問えば、おそらく彼女はこれまでの経験を否定せず、前向きに肯定するだろう。

 だが、


 そうであるならもっと堂々と誇らしく出来るんじゃないだろうか。

 そうでないから未だに自己に対して否定的なんじゃないだろうか。


 本当の彼女は、ずっと自分を――そこまで考えて澪は頭を振った。


 ついつい真剣に彼女の事を考えてしまっていたが、そんな義理は……ないでもないが、それはそれとして、今考え過ぎる事ではない。


 今は今で自分には為すべき事がある。

 思考を散らして失敗しましてでは面目が立たないというものだ。


 それこそ、


(まあ、いずれまたきっちりと問い詰めればいいでしょう)


 そう考えて彼女は思考を切り替えた。

 そんな澪の視線の向こうには一軒の屋敷がある。


 如何にも、自分はお金持ちだと誇示したい底の浅さが見て取れる、美的センスの欠片もない屋敷を見上げて澪は溜息を吐いた。


「これは、仕置きのし甲斐がありますね……ふふふ、その時が楽しみです」


 そうして哂いながら澪は、自身の力を解放する。

 

 【かの豊穣神のようにチャーム・ドミネイト】――『堕ちた者を操る力』。

 レベルアップを果たし、更に強化された力を持って澪は動き出す。

 自身は大した力もないのに驕り高ぶっている――かつての自分のような愚か者を地べたに引きずり落とす為に。


 かつて愚かだった自分自身を叩きのめしていく、その為にも。

 ――それが八重垣紫苑に示された道なのだから。





「は! どうだ! 魔力封じの魔石の力は!!

 これでテメェは何も出来ないただのおんな……ぐふぅっ!?」


 その頃、八重垣紫苑――今は、この地で活動する際のヤエという偽名を名乗っている――は、何か言い掛けた男の背後に回り込んで手刀を繰り出していた。


 的確な場所……かつて親戚と名乗っていた母・黒須くろす所縁ゆかりから教わった部位に叩き込んだため、男はあっさりと気絶。

 紫苑は倒れて怪我をしないよう慌てて男の腕を掴んで地面に横たえさせた。


 改めて思う事だが、どおりで彼女が教えた武道は実戦向きだった訳だと納得する。

 彼女はかつて自身が学んだ武道を異世界で洗練させ、より実戦向きに整えたのだろう。

 後遺症を残さず気絶させたり無力化させたりする技術は紫苑としてもありがたかったので当時は深く問う事なく学んでいたのだが、彼女も今のような状況に際して必要に駆られていたのだろう、と僅かに思いを馳せる。


「えっと、まだ戦いますか?」


 そうして小さく安心しつつ、紫苑はおずおずと、住宅街の片隅で領民から上納金を巻き上げようとしていた冒険者達――党団『深淵を覗く蜘蛛糸』に与しているのだろう――に尋ねる紫苑。

 だが、冒険者達はさっきのがただのまぐれと思ったのか、激昂の声を上げた。


「決まってんだろうがぁ!」

「魔石の効果はまだ続いてるんだ、覚悟しやがれ!!」


 そうして数人の男達が一斉に紫苑へと殺到していくのだが――。


「――ふぅ」


 小さく息を吐いて駆け抜けた紫苑が放った手刀や掌底により、彼らはあっさりと地に伏した。

  

「え? え?」


 最後に残ったリーダー格の魔術師が困惑する。

 彼の眼には、紫苑がいつの間にか彼らの側に立っていた、それだけにしか見えなかったのだ。

 だが、実際はそうでない事は火を見るよりも明らかだった。

 文字どおりの目にも止まらぬ動き、自身にとっての未知を前に、彼は――。


「では、あなたも……」

「ま、まいりましたー!! 貴方のご指示に従いますぅー!」


 即座に降伏する事を選択、その場で土下座した。

 そんな姿を前に紫苑は、これ以上殴らずに済んだ事に安堵して、正体を隠す仮面の奥で小さく安堵の息を吐くのだった。




「えっと、その……もう出てきていいですよ?」


 それから少し経ち。

 助けられた領民達のお礼の言葉もそこそこに紫苑はその場を去り――ちょっと進んだ先の路地裏で紫苑は言った。


 その言葉で曲がり角からひょこっと現れたのは少し前に紫苑が同じように助けた少年少女の2人。

 少年はネシオ、少女はモニア、だったはずだ。

 会話の前に改めて2人の名前を思い出しつつ、紫苑は歩み寄って来る彼らに言った。


「あの、そろそろ帰った方がいいのでは?」

「いや、俺はもっとヤエ師匠の戦いを見て学びたいんだ」

「私はその、ネシオがこうなので、付いてこざるを得ないというか……すみません」

「ああ、いやいや、謝らなくていいんですけどね、ええ」


 そう言って紫苑はどうしたものかと自身の額に当てつつ思考した。


 少し前、今と同じように冒険者達から助けたこの2人のうち、少年ネシオが紫苑の戦いに感動したらしく弟子入りを希望した。

 紫苑としては自分はまだまだ未熟者なのに弟子は取れない――というか、それ以前に、これから暫し同じような状況に何度も突っ込んでいく事になるので、巻き込めないからと断わったのだ。


 だがネシオは納得がいかなったようで往来で土下座して頼み込んできた。

 それでも、どうにか説得しようと試みたのだが元々その手の交渉が得意ではない紫苑には難しく、大いに難航した。


 妥協点として、もう少しだけ困っている人を助けていきたいと思っているので、それを遠くから見る分には大丈夫――という所に落とし込むのが精一杯だった。  

 あと、過剰に丁寧に接してもらうのは心苦しかったので、師匠呼びを認める代わりに、ですます口調を外してもらった。


 さておき。

 紫苑としては多少戦いを見たら満足して帰ってくれる可能性に期待していたのだが、そうはならなかった。

 ネシオが本気である事は分かっていたので、そうはならないだろう事は薄々悟っていたのだが、それでも一縷の望みに賭けていたのだ。


(まぁ無理だったんですけどね……うーむ)


 そうして悩みつつ、紫苑は自身が展開し続けていた【ステータス】の広域展開の表示を確認する。

 神域に到達した【ステータス】は能力としては完成。

 紫苑がまだ扱い切れていない程に様々な事が可能になっていた。


 その中には自身に敵対し得る存在のサーチ機能とでもいうべきものもあり、それによるとどうやら幾つかの集団がばらけていき、曖昧な敵対表示である黄色アイコンが消滅するのが確認できた。

 多分先程紫苑が倒したようなグループが数個動いていたが、日が傾いてきたので解散したのだと思われる。 


 であるならば、今日の所の自分の囮活動もこれまでとなるだろう。

 ならひとまず今日は2人に帰ってもらっていいんじゃないだろうか。

 真剣なヒトを軽く扱いたくないので、話はまた改めて、双方冷静になってからの方がいいかもしれない――そこまで考えて、紫苑は改めて口を開いた。


「えと、その、今日はもう私も活動しないので、明日改めて、という事にしませんか?」

「そうなのか? じゃあ、しょうがないけど……ヤエ師匠はこれからどうするんだ?」 

「えーと、適当に眠れる場所を探すつもりです」


 ちなみに現在紫苑は宿を出て、暫くの間単独行動を続けるつもりだった。

 仲間達が活動しやすいよう囮として目立つ必要性があり、その為には身軽な方がいいと紫苑が提案、皆がそれを受け入れたからである。


 なので何処か目立たないと所を今から探さねば――そうそう、宿屋の娘さんに使えそうな場所を教えてもらっていたので、そこで障壁を張って――そう紫苑が思案していた時。


「あ! だったら、俺らの所に来てくれよ! もっと話聞きたいし!」

「「え?」」


 ネシオから上がった思わぬ提案により、紫苑とモニアは期せずして動揺の声を零し、重ねる事になるであった――。

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