23 仮面の冒険者、ヤエ

「ううっ、バケモノかよ、コイツ――」


 駆け出しの冒険者の少年少女から、金を奪おうとしていた冒険者達内の一人が地面に伏したままで呻いた。

 その視線の先にいたのは、一人の女――若い事は分かるが、未だ少女なのか大人なのかは仮面を被っている為分からない。


 ただ言える事は一つ、この女は――自分達とは桁違いの強さを持つバケモノだという事。

 それも、迷宮序盤で先に進めなくなっている自分達とは桁二つ、いや三つぐらい違う圧倒的な強さを持っている。


 先程自分達を薙ぎ払う為に出した凄まじい数の魔力の槍。

 あれだけの魔力を放出したのに、女には疲れた様子一つもない。

 並の魔術師であれば、魔力切れになって昏倒してもおかしくはないのに。

 

 それどころピンピンしていて、槍を受けて気絶した――どういう訳か、者は破壊できるが生物に対しては傷を与えず衰弱させるらしい――自分の仲間達を通行の邪魔にならないよう脇にひょいひょいと積み上げていく。

 仮面の女――ヤエと名乗っていた――は、それが終わると自分の近くに歩み寄り、多少でも視線を合わせる為か跪いた。


「貴方には伝言を対応をお願いします」


 そう言って彼女は地面に顎を乗せた冒険者の鼻先に革袋を幾つか置いた。


「これの袋に入ったお金であそこの二人からは上納金をひとまず受け取ったという事にしておいてください。

 あ、私に邪魔されたって事は話して構いませんから。

 多少余るかと思うので、それは依頼料と迷惑料としてご自由にどうぞ」

「はっ……それで俺達が黙ってるとでも――」

「その時は再び私がお相手します。何度でも何度でも何度でも。この私、冒険者ヤエが」


 その瞬間、自分を見下ろすヤエの――ただ静かな、なんの色もない眼差しが冒険者には恐ろしく思えた。

 事実、ヤエは言葉どおり何度でも自分達と対峙して、その都度叩き潰すのだろう――そう確信させる、そんな目だった。


 そして、自分達では何百回戦っても絶対に敵わないだろう事くらい、男にだって理解出来た。


「じょ、冗談じゃねえ……分かった分かったよ、言うとおりにするから勘弁してくれ――」

「ありがとうございます。それでは、そういう事でお願いします。

 あと、すみません」


 何の事だと思った瞬間、男の頭に軽い衝撃が走った。

 先程と同じく魔法の槍か、あるいは打撃か――どちらにせよ、男はそれ以上意識を繋げる事は出来なかった。


 


「お2人共大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 男と話を終えた彼女――ヤエは自分達へと向き直った。

 2人は顔を見合わせて、ブンブン、と首を横に振る。


「いえ、えと、まったく無傷と言いますか」

「戦う要素なかったし……アンタ――すごく強いんだな」

「そんな事はないですよ。私はまだまだ未熟です。私のお師匠様はもっと強いですし」

「ええ?!」

「うっそだろ……」

「それに、貴方達もとてもとても強いですよ」


 呆気に取られた2人へと、ヤエは優しい声音で告げた。


「自分達も危ない状況で他のヒトへの気遣いも出来るお2人は間違いなく強いです」

「……そんな事はないよ。アンタが来てくれなかったら、俺達は――」


 もしかしたら最悪の結末を迎えていたかもしれない――そんな自分達が強いなんて、思える筈はない。

 そうして落ち込む少年に、ヤエは小さく首を横に振ってみせた。


「確かに、身体の強さが必要な時はあります。

 でも、その強さを得るためには心の強さも必要になります。

 まだ未熟者の私なので、説得力はないかもしれませんが――」


 少年少女より頭一つ分大きいヤエは、膝に手を突いた状態で視線を合わせてから言葉を続けた。


「あの状況で見ず知らずの私を心配してくれた貴方達2人なら、今よりずっと強くなれます。

 そのお手伝いを直接は出来ないのは心苦しいですけど、応援してます。

 ――と、あれ?」


 そこで、ヤエは少年のズボン、その膝の部分が破れて擦り向いている事に気付いた。


「怪我してるじゃないですか」

「あ、いやこれは途中で転んだ奴だから、たいしたことじゃないよ」

「いや、結構いたそうですよ、これ――ちょっと待っててくださいね」


 そう言うとヤエは地面に座り込んで手拭を取り出すと、水の魔術でそれを濡らし、前置きした上で傷口の辺りを拭き取った。

 そして――。


治癒リヒュア


 低位の治癒魔術を使用して、少年の膝の傷を治していく。

 その間、少年は自分の間近にいるヤエを視界に捉え――説明出来ない何か、熱のようなものを胸に感じていた。

 ――そして、そんな少年を、少女は何とも言えない視線で眺めていた。


「簡単な治癒魔術しか使えないんで申し訳ないんですが、どうですか?」

「……」

「あの? も、もしかして痛かったりしましたか?」

「あ、いや! そんなことはないぞ……ないです」

「それならよかったです」

「それより、アンタ――ヤエさんは、一体何者なんですか? それに――」

「ヤエさんは、この町で何をしようとしてるんですか?」


 先程の冒険者達とのやりとりで、ヤエが何か思惑を持って活動しているのは彼らなりに窺い知れた。

 自分達を助けてくれた時の言葉から悪事の類ではないと思いたいが、実際のところどうなのかは分からない。


 そう思っての問い掛けに、ヤエは「んー」と仮面に覆われた口元辺りに手を当てつつ答えた。


「簡単に言えば――上の人にちゃんとしてもらいたくて、そのお手伝いをしようかと。

 この街で暮らす人達が、悲しんだり苦しんだりせずに済むように」

「もしかして、ヤエさん――ケゼケのヤツを暗殺でもするつもりなの……なんですか?!」

「あ、あああ、暗殺!?」


 少年がそう言うと、ヤエはそれまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら。

 思いきり慌てた様子で手をパタパタと動かして少年の言葉を否定する。


「いやいやいや、そういうのはよくないです。

 まぁ、これからやろうとしている事も褒められた手段かというと難しい所なんですけど。

 ともかく、いくら蘇生が出来るからと言って簡単に人を殺したりしちゃ駄目です、ええ」 

「そ、そうですね」


 若干語気荒めなヤエに少年はたじろぐが――その様子に少女は密かに安堵していた。

 少なくとも、命をとても大切なものと捉えている彼女が何かしらの悪事に加担しているとは到底思えなかったからだ。

 そんな少女の心の動きに気付いていないだろうヤエは、んん、と咳払いめいた息を零して場を整えてから改めて口を開いた。


「詳細は話せませんが――私た……ゴホン、私なりにこの町で悪事を重ねる人達をどうにかしたいと思ってます。

 そんなに長い時間は掛けないつもりなので、もう少し待っていてくださいね」

「……」

「――ネシオ?」

「それじゃあ、私はこれで。2人ともどうかお元気で――」


 最後にそう言って、ヤエが2人に背を向けた時だった。


「待ってください!」

「え?」


 少年が上げた真剣な声に思わず足が停まったらしいヤエが振り向く――その先には、声と同じ真剣さを眼に宿らせた少年がいた。

 少女が怪訝な顔で様子を窺っている中、彼は告げた。


「俺の名前はネシオ! 冒険者になったばかりです……!

 ヤエさん、貴女がこの町の為に動くって言うんなら、その手伝いがしたいし、その為にも強くなりたいです――だから、俺をヤエさんの弟子にしてくださいっ!」

「えぇぇっ!?」


 少年……ネシオの提案が予想外だったのか、ヤエは最初登場した時の頼れる大人っぽさは何処へやら、大袈裟に身体を仰け反らせたのであった――。

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