22 その光、舞い降りて

「なんだよ、アンタたちは……!」


 ズーメルゥ西側地区の片隅、小さな町の路地裏の袋小路で一人の少年が声を荒げていた。

 向けた先には数人の男達――冒険者協会で何度か姿を見かけたことがあった――がいて、彼を、いや彼らを見て笑みを浮かべていた。

 お世辞にも友好的なものとは思えない、そんな笑みだ。


 そうして冒険者達に対峙する少年の背中には、一人の少女がいた。

 少女は少年の幼馴染で、共に高名な冒険者となって自分達の生活を変えていこうと誓い合った、そんな仲だ。


 そんな2人の純粋な若者に大人達は無遠慮で濁った視線を投げつけながら言った。


「なんだよも何も、お前らもズーメルゥ出身なら分かってんだろ?

 冒険者になったんなら、俺らに上納金払ってもらわねぇとな」

「ああ、知ってるよ……だが、それは法律とかのちゃんとした決まりじゃないだろ!

 お前らコソコソしてる奴らが勝手に決めた、盗賊紛いのやり口じゃないか!!」

「コソコソォ? 何を言ってるやら。

 俺らがいるのはこうしてほら、明るい明るい太陽の下だぜ?」


 困ったもんだとばかりに両手を掲げる冒険者の一人。

 そんな冒険者に少年は吼えた。


「そう見えてるだけだろ。

 本当にコソコソしてないってんなら冒険者協会の中とか、西側じゃないとこでも同じようにやってみせろってんだ!

 口だけ達者の卑怯者!」

「ネシオ……! 気持ちは分かるけど――」


 少女には、少年の怒りが痛いほどよく分かる。

 こんな日々が嫌だからこそ、脱却のために冒険者になろうとしているのだから。


 だが、今はまだ早い。

 多少でも逆らうにしても、もっと力を付けてからでないと逆効果になってしまう……少女はそれを危惧していた。


 そして、その危惧は現実のものとなった。


 少年の言葉が行き過ぎたのか、少年の熱は大人には熱過ぎたのか。

 大人達は口元こそ笑っていたが、その眼は怒気を帯びて細く鋭くなっていった。


「おうおう、よく吼えるじゃないの。

 だけど、ソイツがいつまでもつかね」

「なに、数発殴れば大人しくもなるさ」

「同感だ。ま、それでわからねぇんなら――相応の代価を払ってもらうけどな」


 そう言った男の下卑た視線は――少女に向けられていた。

 それに気付いた瞬間少女は顔を青ざめる……しかし。


「大丈夫だ、そんな事はさせない」


 少女の顔が青ざめた分、怒りの熱で赤く染まる少年が少女を庇いながら前に出た事で――その身体が震えていた事で、少女もまた心の熱を取り戻した。


 分かっているのだ。

 今の自分達では、迷宮の序盤を行き来する程度の彼らにさえ歯が立たない。


 だけど、この場を逃げ延びて、次も逃げて、さらに次も逃げて――いつしか、何か抗い方を見つけたい。

 今はまだその術の見当すらつかないが、それでもただ流されるままにはなりたくなかった。


 その為にも、この場をどうにか切り抜けてみせる――そう思って逃走経路となる背後を見た瞬間、2人の表情が強張った。 

 新たに現れた冒険者数名が彼らの逃げ道を塞いで見せたからだ。


「ばーか、逃がすわけないだろうが」

「へ、ざまぁねえな。……俺らもそうだったんだよ。諦めろや」


 最早逃しはしないと男達が少年少女へと殺到しようとしたその時だった。


「な!?」

「うおっ!!?」 


 いきなり上空から降り注いだ十数本の光の槍が、冒険者達の眼前の地面に突き刺さり、前進を食い止めたのである。

 自分達を守るような光槍の出現に少年少女が驚く中、そんな2人のすぐ側に何者かが上空から舞い降りた。 


 何者かは着地体勢からゆっくりと立ち上がると少年少女に小さく一礼した。

 その何者かは服装や体付きから女性だと分かったが、その顔立ちや表情は窺い知れなかった。

 何故なら彼女の顔は――真っ白い仮面が覆いつくしていて、情報を引き出す事は出来なかったからだ。


 いや、一つだけ少年少女にとって明確な事があった。


 その謎の女性の眼は――とても穏やかで優しい眼差しだったという事だけは。


 そんな女性の瞳に2人が一瞬見惚れていると、他でもない彼女が声を上げた。


「お取込みの所お邪魔します。

 私は――先日、ここズーメルゥで活動を開始した冒険者でヤエと申します。

 失礼ながら事情は途中から伺っておりました」


 手の一振りで降り注いだ光の槍が霧散する中、まるで貴族のような優雅さで彼女――ヤエが一礼する。


「この町の事情は聞き及んでいます。

 ですから、ひとまずはこちらでこの場を収めてはいただけませんか?」


 そう言いながら彼女が取り出したのは革袋。

 彼女が軽くそれを振ってみせると、袋の中でチャリチャリと金属が擦れ合う音が響いた。


 革袋の中身が貨幣――金銀銅いずれかはわからないが――なのは、その場の誰にも理解出来た。

 それが分かった瞬間、少年は思わず声を上げていた。


「な……! そ、それは駄目だ! こんな奴らに金を払う必要なんかないよ!」

「ありがとうございます。

 私なりにですが、分かっているつもりです……これが一時凌ぎでしかない事や、決して正しくもない事を。

 ですが、最終的にこんなものを払わずに済むように今活動しております。

 この一時凌ぎを本当にこの時限りにする為には、今はこれが一番穏便な手段です」

「一時凌ぎねぇ。まぁ、いいさ。俺達としては金を貰えればな」

「だけどな姉ちゃん、アンタ勘違いしてるぜ」

「勘違い、ですか?」  

「俺達はアンタのその袋の中身もいただいて、そっちのガキどもからも金をいただく。

 どっちかは俺らの上納金に、片方は俺らの懐をあたためるために使わせてもらう」

「ついでに言えば――アンタそのものもいただきたいところだな」

「ああ、美味しく、な。へへ」


 そう言って男達は先程よりも強い、欲に塗れた下卑た視線でヤエの身体の下から上までをなぞるように見回した。

 少年少女から見ても魅力的な体付きをしている彼女に、この冒険者の風上にも行けない連中が何をしようとしているかなど火を見るよりも明らかだった。


「な、なあ! 俺達の事はいいから、アンタは逃げてくれ!」

「そ、そうです! いえ、一緒に逃げましょう! 3人だったらなんとかなるかもしれません!」


 少年少女は自分達の問題に他の誰かを巻き込むまいと声を上げた。

 この街の問題に、他所の人は巻き込みたくなかった――そんな想いがあった。


「……っ」


 そんな2人の言葉に、ヤエは小さく息を呑んだ様子だった。

 

「……重ねて心配ありがとうございます。自分達も危ないのに――自分以上に、私の身を案じてくれるなんて」


 その言葉の後、ヤエは仮面の奥に見える目を細めながら、周囲を見渡しつつ問い掛けた。


「貴方達は――恥ずかしくないんですか?

 こんな子達からお金を奪おうなんて事、間違っていると思えませんか?」

「知らねぇよ。強いて言えば、ここがそういう町ってだけだ」

「余所者には基本手を出さないのが決まりだがな――テメェから首を突っ込んで来たんだ。

 それなりの目に遭うのは覚悟してるんだろうな?」

「勿論。そして、

「なに?」


 問い返す冒険者の一人に――冒険者達全員にヤエは言った。


「誰かを傷つけ奪おうとしている貴方達に、その覚悟はありますか?」

「は! そんなもんねぇよ!」

「必要ねぇんだよ、そんなのはよ……覚悟なんかなくても、お前らから貰えるもんは貰えるからな――!」


 その言葉が合図となったのか、冒険者達は再び少年少女、そしてヤエに襲い掛からんと地面を蹴った。

 そんな男達に、ヤエは刃さながらに静かに鋭く言い放った。


「そうですか――なら、躊躇いません」


 そう宣言するか否やの刹那、彼女達の周囲には、この辺り一帯を埋め尽くすような……凄まじい数の光槍が展開されていた――。

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