26 二人の弟子と、知られてしまった事
「じゃあ、今日はヤエさん、いえヤエ師匠の歓迎会という事で」
「あ、うん、ありがとう――モニア」
少女・モニアの言葉に、ヤエこと
紫苑が今居るのは駆け出し冒険者にして幼馴染のモニアとネシオの2人が住む家。
最初は今日の宿を提供したいというネシオに連れられて、だったのだが、気が付けば暫しの活動拠点として使わせてもらう事となった。
そうなったのは、最終的にネシオとモニア2人共を弟子にする事になった為である。
最初から熱意を見せていたネシオとは違い、紫苑からすればよく分からなかったモニアの弟子入り志願。
だが冷静になってみると、幼馴染の前へ行き過ぎようとする姿を危惧してるんだろう、あるいは――となんとなく察せられた。
そうなってくると、そもそも危ないかもしれないから視界に入れておきたいと考えたネシオともども放ってはおけない訳で。
最終的にモニアも弟子と認める事になり、無理を言ったお詫びとしてモニアから自分達の家を暫くの宿にしてほしい提案が上がった。
それにネシオは大賛成し、2人の勢いに押される形で紫苑は暫しここで暮らす事となったのである。
ただ、勿論紫苑としては諸手を挙げて賛成した訳ではない。
気を付けはするが、ここ周辺が危険になる可能性もあるので、いざという時はここを離れる事も先んじて言い含めていた。
2人はそれを了承、ここに暫くの間の3人同居生活が始まる事となり――ささやかながら、命の恩人かつ師匠たる紫苑の歓迎会をしたいという話になったのだ。
最初はその資金を自分達の貯蓄から捻出しようとしていた2人だったので、紫苑は慌てて「年上だから」という主張で8割を自分が出すように説得した。
その代わり、料理はモニアが腕を振るってくれる事になり――。
「じゃあ、ネシオ買い物お願いね」
「ああ、任せろよ」
「言っておくけど、余分でお菓子買うのはなしだからね。
いつもならまだしも今回はヤエ師匠がお金出してくれてるんだし」
「いつも?」
「ああ、ネシオの家忙しくて、私の家で預かる事が結構多かったんです……多かったの。
私の家も――」
モニアの一瞬だけ翳った表情から、あまり歓迎出来ない忙しさなのだろう、と紫苑は推測した。
上納金が近年上昇しているという話は最初に泊まった宿屋で聞いていたので、それに伴って、なんだろうか。
「だからここ数年は私がご飯を作ってあげる事が何度かあって」
「で、俺が買い物に行くって感じだったんだ。
でもさ、いつもならまだしもって言うけどお前いつもでも怒るじゃん。
俺は店先で値切った分だけ俺達で楽しもうとしただけっていうか……」
「ネシオ? そういうちょっと贅沢しようって気持ちが後々生活を厳しくするって分からないかな?」
それを言い出したら、そもそも歓迎会は……いや、それはそれこれはこれなんだろうけど――と紫苑は思ったが空気を読んで言わなかった。
「いや、それ言い出したら師匠の歓迎会そのものが――」
と思ってたらネシオが口にしたので――
「ネーシーオ?」
モニアが笑顔に怒りを秘めて解き放ったので、ネシオはしょんぼりし、紫苑はキュッと身を縮めた。
今仮面付けててよかったかもしれない、と少し思う紫苑であった。
「はい、なんでもないッス。買い物に行ってきますッス」
「よろしい。いってらっしゃい」
そうしてネシオが慌てて家を出た後、モニアは、ぷうっ、と顔を膨らませていた。
そんな様子に紫苑は申し訳なく思いつつも、愛らしさを覚え、仮面の奥で小さく笑った。
「まったく、いつまでも子供なんだから」
「でも、さっきの口振りだと、ネシオく……ネシオはモニアと一緒に楽しむためにやってたんでしょう?
優しくて素敵だと思うなぁ、うん」
「……ええ、その、ネシオのそういう所は、良い所なんです――なんだけど。
これから大人になってくんだから、今の内に直しておいた方がいいと私は思ってて」
師匠になるにあたっての自分の要望――出来れば変にかしこまらずに接してほしい――に応えようとしてくれるモニアに、心の内で感謝しつつ紫苑は言った。
「そっか、そうだね、そういうのって癖になっちゃうと後々大変かもしれないよね。
でも――上手く言えないけど、えっと……良い所は、ほどほどにしてあげてね」
「え?」
「自分の良い所って、自分には見えなくて分からなくて――いつの間にか消しちゃうことがあるんじゃないかな。
だから気付いた人が、それは変えなくていいんだよって、言ってあげるといいのかも、って思って。
でも良くない所は直した方がいいからほどほどというか――
ご、ごめんね。今日会ったばかりなのにこんな事言っちゃって」
思わず申し訳なくなって小さく頭を下げる紫苑。
そんな紫苑にモニアは一瞬目を輝かせた後、小さく微笑んだ。
「気にしないでくだ――気にしないでヤエ師匠。
むしろ、言ってくれてありがとうござ――んん」
「ああ、その、さっきのはかしこまらないでいてくれればと思って頼んだんだけど、急いで全部変えなくてもいいからね、うん。
話しやすさ、気軽さが大事というか」
紫苑的に、2人くらいの歳だと敬語を使うのが煩わしいって感じる人の方が多いと思ったからこそ、でもあったのだが。
師匠――年上らしくって難しいなぁ、と思う紫苑であった。
「……はい。それじゃあ、徐々にという事で」
「うん。えと、私何かする事ある? お手伝いはない?」
「特には……うん。あ、でも、そっか――ネシオがいない今のうちがいいかな」
少し思考を巡らせた末、モニアは紫苑に言った。
「ヤエ師匠、今のうちに汗を流しておいてくれますか?」
(俺とした事が、はしゃいでうっかりしてたな)
ネシオは内心で呟いて、軽く路地を走っていた。
その理由は、自分の剣を腰に差すのを忘れたまま買い物に出てしまったからだ。
買い物に剣は必要ないだろうが、冒険者としては常に装備を忘れずにいたかった。
一度家に帰った時の道すがら、師匠となったヤエに『もう大丈夫だと思うけど、いつ何があるかは分からないから周囲には気を付けるように』と言われていたからでもある。
確か剣は玄関に立てかけたままだったはず――なんとなく正面から入るのはモニアから何か言われそうな気がしたので、ネシオは家の裏側から戻る事にした。
「あれ?」
そうして家の敷地内に入った時、窓にカーテンが掛かっているのに気付き、ネシオは足を止めた。
こんな時間にカーテンをかける理由なんかあるっけ、と深く考える事なく、ネシオはカーテンの隙間から中を覗き見た。
そこで――
(!!!)
ネシオは、とんでもないものを見た。
思わず声を上げそうになる口へと全力で力を回し、なおかつ反射的、本能的に口に手を当てる。
それが功を奏したのか、中にいる人物――ヤエはネシオに気付かなかった。
その時のネシオは知らなかった。
ある意味においての、ヤエ――八重垣紫苑の大きな欠点が露呈していた事に。
八重垣紫苑は敵意や殺意、そういった気配には敏感なのだが……それ以外の気配には鈍い時がしばしばある。
後に、その欠点によって紫苑は思いもよらない事態へと陥る事になるのだが――それはまだ先の話である。
さておき、ネシオに気付かなかったヤエが何をしているのかというと――服を脱いでいる最中だった。
ヤエが今いるのが、普段は自分達――特にモニアが装備を準備したり、身体を拭いたりするための部屋だという事や、自分のやっている事の是非などは、ネシオの脳裏からは全部吹き飛んでいた。
ただただ頭に熱が回って、思わずヤエの肢体に見惚れ続けてしまっていた為である。
ある一部を除いて一糸纏わないヤエの姿は、モニアとは違う――肉感のある大人の女の身体をしていた。
出る所は出て細い所は細い、そんな柔らかな体付きのまま程良く鍛え上げられていて……ネシオは自分でも意識しないままにヤエを見続けてしまっていた――そんな中。
「……あ、そっか、汗かいちゃったし仮面の下もちゃんと拭いておかないとね」
そんな呟きと共に、ヤエはあっさりと仮面を外した。
(――!!!!!!!!)
そうして露になった素顔にネシオは更なる衝撃を受けた。
その顔を、ネシオは知っていた。見間違えるはずがない。
先日、世界中に投影されていた――魔族領ルナルガでの戦いを、食い入るように刻み込む様に見つめていたからだ。
そう――ここにいるのは他でもない、
その事実も含めて興奮したネシオは、思わず顔をより窓へと近づけ――結果、コト、と額と窓がぶつかる音が響いた。
「――!」
その極めて小さな音を
即座に仮面と、近くに置いていた白く大きな手拭を身に纏い、窓を開く――。
「……ああ、ネーウェルちゃんかぁ」
その視線の先にはたまたま近くを歩いていた白いネーウェル――猫のような犬のような、この世界特有の動物である――がいた。
だからなのか、
自分のあられもない姿をネシオに見られ――正体を知られてしまった事を。
そして、その事がある事態を引き起こす事になるとは、夢にも思わなかったのだった――。
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