地道に歩む、異世界召喚冒険譚

渡士 愉雨(わたし ゆう)

プロローグ・はじまりは終わりと共にあり



 落ちていく。落ちていく。


 高い所から突き落とされたような感覚。


 空を切って落ちていく。


 だけど、私を殴り薙いでいくものは空気、風ではない。


 膨大な情報の流れが、私をなぞっていく。確かめるように。測るように。あるいは祈るように。


 初めての感覚に、ハッキリとした事は何も言えない。


 ただ分かるのは、私はどこかに落ちていくのだという事だけ。


 暗い。


 目を開けているはずなのに、真っ暗だ。


 体は動かせるが、落下していく中では何もできない。ままならない。


 私は、死んでしまったのだろうか――理由はこれと言って思い出せないが。


【死んではいないよ。ただ呼ばれているんだ。

 そもそも死んでいたら目的が果たせないからね。生きていてもらわないと】


 誰かの声が聞こえてくる。

 男の人とも女の人とも取れるような取れないような、若いような年寄りのような、聞き覚えがあるようなないような、あやふやな声。


 年上なら敬語を使いたいのだが――身についている、というか沁み込んでいるマナー、あるいは小心者根性ゆえ落ち着かないので。

 怒られるのはイヤだし。というか人を不快にさせたくないので。

 みんな仲良くが一番です。


【ああ、言葉は気にしなくていい。

 ここでは大して意味を持たないし、これから君達に待ち受けるものを考慮したら、とても私に敬語なんか使ってられないしね。

 それより、君は自分が何者かを覚えているかな?】


 ――気になる要素が幾つかある気がするがさておき。


 そういう事なら、言葉遣いはあえて考えない事にしよう。


 そして自分。自分。


 私――私は、八重垣やえがき紫苑しおん。そう、八重垣紫苑。


 地球の、ある島国で生まれ育った、基本的には特になんの変哲もない高校二年生。一応女。


 趣味はヒーロー作品を見る事。

 マニアだったりオタクだったりの凄い人達じゃないから深い知識はないけれど、好き。

 特に好きなのは、特撮ヒーロー達。

 この世に生を受けたなら一度は変身してみたいなぁ、と思ったりしている。

 

【そうか、それなら願いが叶うかもしれない】


 それは、何故だろうか?


【今から君達にはやってもらう事がある。

 それに当たって、先んじての御礼――いや、報酬の前払いと言った所かな。

 それで、可能な限り望みのものを与えたいと思っている。

 技能、特殊能力、装備――ある程度は向こうの世界に沿った形にはなるけど】


 向こうの世界?


【君が、君達が、向かっているのは君達にとっての異世界。

 君達が生きる世界にはない魔法が存在している世界。

 君の記憶にある物語の中のファンタジーな世界がイメージとしては一番近く、概ね合っている。

 大きな違いもあるが、それは君達が経験で学んでいくより他ない】


 ――やっぱり死んでいるんじゃ?


 これは所謂異世界転生というものじゃなかろうか?

 一番好きなのはヒーローものだけど、フィクション全般結構読んだり見たりするので知っている。

   

 一度死んで新たな姿、新たな力で、新たな人生を――正直、浪漫があって結構好きだ。

 

 ただ、今の自分は、あまり好きじゃないが、かと言って、死んで生まれ変わる程に嫌いかと言うとそうでもない。

 というか、好きになれるようになりたかった。

 ヒーローの様に誰かの為に一生懸命に生きてみたかった。


 だから転生だとすると少し複雑というかなんというかだなぁ。


【死んでない死んでない。

 君達は今生きたまま召喚されている状況だ。

 そして、自分を好きになれるように生きたいのなら、なおのこと願いが叶うかもしれない。

 詳しくは向こうで説明されるだろうが、そこでは君達の好きに生きていい。

 蘇生魔法もあるから、死ぬ事を越える事さえできれば、グッと楽に生きられるだろう。

 ――まぁ難しいんだけど】

 

 ちょっと? なんか不穏な事言ってません?


【そうでもない。結局、君達の、君の心次第だ。

 さて、それではそろそろ訊ねておかねば。

 君は異なる世界で生きていくにあたって何を望む?】


 何を――そう問われると正直困る。


 とんでもない力や装備、確かに憧れはある。

 だけど、正直それを使いこなすイメージが自分にはなかった。少なくとも今の自分にはない。

 

 そういう大きな力は土台を固めてから、というのが自分には合っている気がする。


 土台――土台か。


 そう考えると、一つ浮かび上がるものがあった。


【なにかな?】


 自分や他人、様々な生物の身体能力や持っている技術や能力を数字や説明文で詳細に知る事が出来るだろうか。

 ゲームではステータス画面、ステータス欄と言われているもののように。


【それは可能だね】


 ――ちなみに、それはデフォルトでついてる能力だったりしません?


【生憎そういう能力はつかない。

 君達に標準的に備わるのは、そこそこの身体能力、莫大な魔力だけだ。

 君達が向かう世界とは違い、君達の世界は魔法を使うための根源、マナが極端に薄い。

 簡単に言えば、君達はこれまですごく生き辛かったが、向こうでは十全その力を発揮できるようになる。

 その辺りもおいおい分かるだろう】


 なるほど。となれば決まりである。

 

【君の言うステータス欄の確認、それが君が望む力でいいのかな?

 強大な異能や向こうでは限りなく希少な装備も手に入るのに。

 それこそ変身するような力や装備はいらないの?】


 先程も言った(?)とおり、それは自分には合わない気がしたので。


 自分に出来る事と出来ない事を確かめながら、必要な事を一つ一つ学んで、土台を固めてから、進みたい道へと進んでいく方がきっと自分らしい。


 変身には非常に――とてつもなく心惹かれるが、今はまだ自分にその資格はないと思うから致し方ない。うん。悲しいけど。

 そういうのは、ちゃんとヒーローらしい心根を持ってからじゃないとね。


【分かった。

 君の記憶を参考にして可能な限り使いやすくして能力を付与しよう。

 ただ一つ、忠告めいた事を言わせてもらうけれど、君達に与えられるのは――神の権能、その一端だ。

 そしてそれはに繋がっている――君達がその力を有効に使い、いつかはそこから離れても、幸せに生きられるよう願っている】 


 また微妙に気になることをおっしゃる――


【今は全てを語っても君達には伝わらないからね】


 確かに、基礎知識がなければ分からない事はある。

 いつかそういう意味だったのか―!?と分かる時を楽しみに学ぶ事にしよう、うん。


【まぁそんな大層な真実は存在しないけどね】


 ないんだ。まぁ世界って案外そんなものかもだけど。

 というか、そもそも私は……どうやら他にも同じ境遇の人達がいるようだが、私達は何をしたらいいのだろうか。


【さっきも言ったが、自由に生きていい。

 善を為すも悪を為すも因果は巡る。

 王に仕える騎士になっても、引き篭もって暮らしても、世界中を旅しても、魔王を倒してもいい。

 自分達の住む世界に帰ろうとするのもいいし、忌むべき状況に巻き込んだ神を殺すのを目指してもいいだろう。

 巻き込まれた君達にとって数少ない、そして最大の恩恵なのだから。

 ――――では、良き旅を】


 その言葉を最後に、落ちていく先に光が見えた。

 

 何が待っているかは分からないが、少なくともこのままの勢いで落下死というオチだけはイヤだなぁと思いながら、私は光の向こう側へと落ちていった――


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