⑦ ただ一人で挑む、ゴブリンとの戦い
「八重垣紫苑、行ってきます……!!」
私・
同時に、自分自身を浮遊させるべく、魔力を全身に漲らせる。
この世界で初めて有効活用できた魔法の発動――それは、数日間何度も行ってきた魔力の制御の鍛錬のお陰で、最初に使った時よりも遥かにスムーズに、かつ集中力を要さずに使用できた。
何も空を飛び続ける必要はないんだよね。
馬車から飛び降りた慣性さえ殺せればそれでいいんだから。
一秒、二秒、三秒――よし。
十分に慣性を失わせたと確信が至るまで空中に浮遊した状態を続けて、解除。
すると、空中1メートル弱ほどの位置で浮かんでいた私の身体は自然その場へと着地した。
想定していた通り、走り続ける馬車からの落下したほどの衝撃その他はない。
「――よし!」
私が乗せてもらっていた馬車が止まる事無く走り抜けていく様子を確認して頷く。
少なくともあの馬車が巻き込まれる事はなくなった事に安堵すると同時に、持っていた槍を包んでいた布を剥ぎ取って、戦闘態勢に入る。
ステータスを展開――ゴブリンは、総勢12人。
そして現在逃げられずにいる、馬車を背に対応している人達は、4人。
この人達に無事に逃げてもらうためには、まずこちらに気を引き付けなければならない。
であるならば、この魔法がベストだろう。
「
私の周囲・上空に、7本の魔力で構成された光の槍が形成される。
これが一撃必殺でゴブリンを倒せる威力ならありがたいのだが、生憎と現段階ではそれ程の威力は出せない。
人間よりも僅かにだが頑健なゴブリンの皮膚を少し傷つけられば御の字、位である。
『言っておくが、今のお前が魔力で作る武器の威力や切れ味はあまり当てにするな』
鍛錬していた時のスカード師匠の言葉が頭を過ぎる。
『魔力で生成される武器がそんなに使い勝手がいいんなら、誰も彼も使ってる。
だが、この世界ではそうなっていない――何故かわかるか?』
『え、っと』
『現実の武器程の威力が出せないからだろう』
答すら浮かばない私に対し、あっさり答えてのけたのは、自分の魔術の調整を行っていた
その解答に師匠は満足そうに頷いた。
『流石頭だけは良く回るな。正解だ。
武器がその威力を発揮するのに必要なのは武器そのものの性能……切れ味や頑健さ、そして重さが必要だ。
初心者による魔力生成された武器は切れ味の想像性が甘く、重さもない。
ゆえに普通に武器を使ったり投擲するよりずっと弱い。
武器に込める魔力の密度次第でも威力は向上できるが、それを正しく制御・調整するにはコツを掴むしかない。
だから今のお前さんが魔力武器を使うなら、精々瞬間的な立ち回りの補助や牽制位だな』
『う、そうだったんですね……すごく便利そうだと思ったのに』
「だが、それも結局は鍛錬次第だ。
お前が武器をよく知れば、性能をイメージできるようになるし、威力に必要な重さを魔力で再現できる。
そこに更に射出速度向上も合わされば、逆に使い所は怖ろしく増える。
だから、そういう意味でもお前さんは大体の武器に触れて、慣れておくようにな』
そう、ゆえに今に私のこの魔法には威力はさして期待できない。
でも、短い期間かもしれないが、私も私の槍をしっかり観察し、使う事で少しは理解した。
射出速度や込めている魔力も、以前よりマシになっているはず――!
そして何より、こちらに注目を向ける事こそが最重要課題なのだ。
今使わずにいつ使うのか――!!
その意志を込めて、あと5つ生成し――私は駆け出した。
全身に魔力による強化を意識して循環させる。
全身強化は一部を意識して強化するよりも弱いけれど、意識しやすいし使いやすい。
そうして短時間でゴブリン達の背後、よりもそれなりに後方に到着した瞬間、私は魔力の槍を解き放った。
「えっ!?」
「おぉっ!?」
声を上げたのは、今も角材でゴブリン達を牽制していた人達……怪我している人もいるけれど、全員生きてる……!!
馬車の横転で動けない人もいるんじゃないかと思ったが、不幸中の幸い、いなかったようだ。
「冒険者です!! 助けにきましたッ!」
解き放った槍は、殆ど当たらなかったり回避されてしまったりだったが、魔力を破裂させた音と小さな爆発で襲われた人達への意識を逸らす事に成功、その上二つヒット――!
鍛錬は無駄ではなかったようで、浅かったがどうにか槍は突き刺さっていた。
偶然じゃない方がいいけれどこの際それはどうでもいい、と私は突き刺さった槍の魔力を破裂させる。
それにより、ゴブリン二人の首と腹部が吹き飛んで倒れ伏す。
――残り10人!
殺す痛みを抱えながら、地面を蹴ってこちらへの反応が遅れていたゴブリン一人を全力で蹴り飛ばす。
ゴブリンの背は低い。肉の比重は私よりも重いのかもしれないが、そもそもの大きさの差を考えれば、私でもそれ位は出来る。
「――でも、私は駆け出しです! 倒せないかもしれないので、今の内に逃げて!!
助けも向っているはずですから、街道へ急いで戻ってください!」
蹴り転がったゴブリンの上に飛び乗り、即座に胸へと実物の槍を突き立てる。
血飛沫に、自分が生み出した凄惨さにまだ慣れず、思わず顔が歪む――だが即座に唇を噛み締めて、気合を込め直した。
「わ、わかった!!」
「助けとすぐに合流する! アンタも気をつけて!!」
「お嬢さん、ありがとう……!」
「き、気をつけてくださいっ!!」
家族で荷を運んでいたのだろうか。
おそらく、ご夫婦と娘さんと、手伝いと思しき男性、合わせて4人は、ゴブリンから逃げて駆け出す――その背を目掛けて一匹のゴブリンが手斧を投げようとしている……!
「させない!!」
こちらへと注意を向ける為に必要以上に声を上げながら手を伸ばし、そのゴブリンの眼前に全神経を集中し、魔力の塊で壁を構築する。
直後、ゴブリンが投げ放った斧は跳ね返り、ゴブリン自身の頭蓋に突き刺さり、倒れていく。
――あと、9――っ!?
倒した確認をしている隙を突かれて、私は横合いから体当たりされて地面に倒れた。
「あ、ぐっ!?」
そんな私の眼前にゴブリンが振り下ろす小剣が視界いっぱいに広がる。
小さく悲鳴めいた声を上げながらも、私は顔を逸らしどうにか回避――顔のすぐそばに、小剣が突き刺さる。
「は、ぁぁぁっ!!」
それをゴブリンが引き抜こうとした隙を突いて、私は急ぎ手に握った槍を持ち換えてゴブリンの腹部へと突き立てる。
ゴブリンは獣めいた咆哮を上げながら痛みで天を仰ぐも、すぐにこちらを睨み付け、突き刺した槍へと手を伸ばす。
私の放った槍をしっかと掴み、固定する――簡単には抜けず、私の中に焦りが生まれる。
そんな私の顔面に、空いた手で拳を放つゴブリン――だけど。
「フゥッ!!」
呼気と共に放った私の拳が一足早く、カウンター気味にゴブリンの顔面に突き刺さり、彼は思わず後ずさる。
その隙に起き上がった私は、全身の強化を解き&右腕に強化を集中、突き刺さったままの槍を握り――より奥深くへと差し入れ、貫通させた。
――あと8人っ!
「ぐ――!?」
よろよろと倒れていくゴブリンから槍を引き抜きかけた瞬間、足に痛みが走る。
見ると、いつの間に近付いていたのか、ゴブリンの一人がナイフを私の右足に突き立てていた。
ニタリと笑いながら足に絡み付いてくるゴブリンに、私は思わずカッとなる。
「こんのっ……!!」
魔力で急ぎ構築したナイフで首元を刺す……が、集中が甘かったからか皮膚を浅く裂くに留まった。
だけど――!
「まだまだぁっ――!」
再び全身へと強化を切り替えて、ナイフへ注ぐ力を倍増、強引に頸動脈を断ち切った。
――残り7人!
それと共に、槍も回収、私は一時大きく後ろに飛び下がる。
だが。
「――!?」
それを待ち構えていたらしく、気付けば私は残り7体のゴブリンに大きく取り囲まれていた。
彼らの口元はこちらをせせら笑うかのように大きく釣り上がっている。
(……違う――!)
瞬間、私は気付いた。
私を取り囲んでいるゴブリンは、何か普通の――これまで遭遇してきたゴブリンとは違う事に。
身体の大きさこそ変わらないが、全身の傷や薄汚れていても上質な装備が雄弁に物語っている。
彼らは――歴戦のゴブリンだ。
警戒しながらステータスを一瞥すると――そのレベルは4~6、つまりレベルだけ見れば私よりずっと格上。
当然だ。
人間の冒険者だって強さや技量、職業で十人十色。
ゴブリンがそうじゃないなんて、甘すぎる認識に他ならない。
「覚悟してたつもりだったけど――想像以上に私、甘かったみたい」
ナイフが突き立てられた右足の痛みに顔を顰めながら、私は小さく笑った。
そうして心を沸き立たせることでしか効かなかったのだ――薄く全身に絡みつつある恐怖への誤魔化しが。
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