54 ロスクード防衛戦――光芒一閃、そして迫る戦争――

『――――――生憎だが、それには、及ばねぇな』


 直接心に届くような声が――他ならない、ダグドさんの声が脳裏に響いた。


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは、見逃していたわけではなかった。

 ルヴェリさんの魔術によって凍結されていた魔王軍3将軍の一人、ダグドさんの状況は【ステータス】で確認していて、異常があればすぐに呼びかけるつもりだった。


 だから、変化が起こったのはまさにこの瞬間。

 状態異常・凍結のすぐ側にあったゲージ――おそらく凍結している氷の耐久ゲージが見る見る内に下がっていく状況になったのは。


「ルヴェリさんっ! 皆! 凍結が解けてくよ!」

「――! 氷結、獄リーザ・タイ・ルーフェ……!!」


 私の呼びかけに答えて、ルヴェリさんが準備していた重ね掛け用の氷の魔術を発動させる。

 だけど――!


『悪ぃが――俺は炎に特化した魔力属性でな』


 その声と共に、積み重ねられたゲージごと一気に、耐久値は更に、急速に下がっていき――!!


「俺を一時的にでも凍結できたのは褒めてやるが――身体を循環させる魔力そのものに熱気を這わせて、一気に解放すれば、はい、このとおりってわけだ」


 ゼロになった瞬間、クレーターの瓦礫を吹き飛ばしながらダグドさんが飛翔、再び戦場に復帰した。

 その全身から炎の魔力を、まるでオーラのように吹き上がらせ纏いながら。 

 それに呼応するように装備していた鎧に赤いラインが走り、浮かび上がっていた。

 彼の属性に合わせた装備一式はその状態に耐える所か、むしろ補助しており、炎の威力を更に底上げしているようだった。


「まさか――! 

 全身を循環する魔力そのものに熱を帯びさせて損傷がないなんて……!?」

「何かしらの小細工なしに人間が同じ事すりゃあ全身火達磨だろうな。

 だが、魔族とテメェら人間を同じにして貰っちゃあ困るぜ?

 魔の一族たる俺様達は、人族よりも魔力と共にある生物なんだ――極めりゃこんなもんよ」


 驚きの言葉を零すナイエタさんに答えながら、ダグドさんは空に向けて手を翳した。

 次の瞬間、全身の魔力が収束して巨大な炎の剣が完成する。


累炎閃刃ウェア・レイ・・リット・レードォォッ!!」

「――――!!」


 凄まじい威力である事は【ステータス】で確認せずとも分かった。

 ダグドさんが振り下ろした炎刃は――先程までダグドさんとメインで戦っていたサレスさん、それを支えるナイエタさんへと解き放たれる。

 私は強化魔法を全力稼働、二人の少し前に立つと同時に迫り来る炎刃に向けて左腕で掌底を繰り出す。

 その手の先から、今の私に出来る限界放出で魔力の盾――サイズ的に普通の盾より少し大きめだ――を連続で形成、押し出していく――だけど。


「ぐぅっっ!!」

 

 ダグドさんの炎刃は、幾重にも重ねた盾をガラス細工か何かのようにあっさりと砕いていき――全てを破壊した上で私の掌に到達、

 直後、とんでもない轟音と爆光が周辺に響き渡り、衝撃波を撒き散らす。


「――――ほぉぉ?」


 それが収まった後、頭上に浮遊したままのダグドさんは感嘆めいた声と共に笑みを浮かべた。

 地面に転がっていた私はというと、ちょっとそれどころじゃなくて唇を噛み締めていた。


「――シ、オン? あ、あぁぁ!」

「ヤエガキ、様っ!?」


 倒れたままのサレスさんとナイエタさんが、こちらを見てだろう苦しそうな声を上げた。

 私としては心配させてしまって、ただただ申し訳ない。


 まぁなんというか――私の左手の、左肘から下、全部吹き飛んでおります。

 さらに言えば、全身が軽めに焼け焦げていたり。

 不幸中の幸いなのは、先端が綺麗に焦げたお陰で派手に出血せずに済んでいる事だろうか。


 でも、この程度で済んでいるのは正直奇跡というか。

 この辺り一帯、地面が浅く抉られて、熱風吹き荒れた影響か陽炎が立ち上っている。

 多分真っ当に炸裂したら、現状の比じゃない状態になっていて――私達は全滅していたと思う。


「――――ルヴェリ、さん、ありがとうございました」


 ようやく痛みに慣れてきたので、立ち上がって構えつつ御礼を告げる。


「御礼は、言われる、資格が、ありません。

 貴女を、守れません、でした」


 ルヴェリさんもまた立ち上がりつつ、沈んだ声で答えた。

 ――直後、私とサレスさん達の間に展開されていた、既にボロボロだった防御結界が砕け割れた。


「ううん、気にしないで――ルヴェリさんのお陰で被害がみんなに及ばなかったんだから。

 むしろ余波を出しちゃってごめん」

「余波を出しちゃってごめんだと――はっ、言ってくれやがる」


 言葉そのものは悔しげなのに、声音は楽しそうにダグドさんは言った。

 今攻撃を仕掛ければ勝てるだろうのに、そうしないのは余裕故なんだろうか。

 そんな私の疑問は知る由もないダグドさんは言葉を続けていく。


「テメェの判断のお陰で、全員黒焦げにしつつ俺様の部下達の解凍をしようって目論見が台無しじゃねぇか。

 まさか、俺様の魔術刃を直接掴み取りやがるとはな――たいしたクソ度胸だ」


 あの魔力の盾を全て破られた瞬間、私は注げるだけの魔力を左腕に集中。

 その左手に炎刃が突き刺さると同時に掴み取り握り潰しつつ、上空へと放り捨て――ようとした最中で魔術が炸裂した。

 

 結果、私の左手は爆散したけど――威力の方向性そのものを逸らす事に成功した。

 その瞬間、急ぎ駆けつけて来ていたルヴェリさんも防御結界を展開してくれていたので、ルヴェリさん達三人は直撃を回避、炸裂の余波、爆風を浴びた――のは正直悔しいです。

 出来れば余波も浴びせたくなかったんだけど――我ながら、情けない。


 というか、余波でさえこれだけの威力……すごいなぁ――流石将軍。


 だけどダグドさんは納得いかなかったのか笑いながらも、小さく舌打ちして告げた。


「正直俺様の誇りが大分傷つけられたぜ。

 俺様自慢の魔術――きっちり決まればテメェら人間の騎士団2、3個分くらい余裕で消し炭にできるはずなのによぉ。

 おまけに気絶さえしやがらねぇとは――」

「ははは、前にドラゴンさんに一回食べられて死んじゃった事があって、その時よりはマシかな、って感じなので」

「……ドラゴン? ――ああ、そうか、シオン。そうかそうか!

 テメェか! 腐ってた赤竜王サマとやり合ったって異世界人は――!」


 私の発言に訝しげにしていたダグドさんは急に得心がいったとばかりに会話のテンションを上げた。


「道理で俺様相手でもビビッてやがらねぇわけだ」 

「いえいえいえ、すごくビビってましたし、今もビビってますよ」


 そうして話す間に、私の身体の痛みが少しずつ引いていくのを感じる。

 ――ルヴェリさんが回復の魔術を使ってくれているようでただただ感謝です。


「よく言うぜ――っていうか、テメェも魔循兵装持ってやがったんじゃなかったか?」

「生憎と、ドラゴンさんとの戦いで壊してしまって今は修理中です」

「え……?」


 背後で小さくサレスさんが声を漏らす。

 あれだけの武器を?というリアクションだと全く持って言い訳出来ないのが悲しいです、はい。 


「残念だったなぁ、もしそいつがあれば――俺様に勝てたかもしれねぇのにな。

 いや――」

  

 ダグドさんは私、そして背後にいるサレスさん達を眺めて言った。


「そもそも余分な甘さを見せなけりゃあ、俺様を殺せてた――とまでは言わねぇが、もっとボロボロに出来ただろうがよ。

 それに、力使い果たした奴なんか放っておけば、テメェは無傷で戦闘継続できただろ?」

「その場合、身体はきっと無傷ですけど……心はボロボロになってましたよ。

 私は――友達を見捨てて戦いを続けられるほど、心が強くありませんから」


 サレスさん達から見ての私はどう見えているのか――正直、いろんな意味で自信はない。

 ただ、私達から見たサレスさん達はすごく素敵な人達だ。

 こんな危険な所まで一緒に戦ってくれて――怒ったりどころか、心配もしてくれる……素敵な友達だ。


 そんな人達の危機を見過ごすなんて、私には出来ない。

 ――自分の事を考えなさ過ぎるのははじめくんに怒られるだろうけど、それでも、だ。


 だけど――


「なるほど、ご立派なこった。

 だが……テメェのその甘さが――戦争開始の一端になるみたいだぜぇ?」


 そんな私に対して、ダグドさんが牙を剥き出しに笑った瞬間――大きな音と共に地響きが届いてきた。

 それは……これまでずっと、ロスクードからの攻撃に耐えていた操騎士達が、最早遠距離攻撃手段が尽きたと判断、一斉に前進を再開した音だった――。

   

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