55 ロスクード防衛戦――現れし、予想外の乱入者――

「――――っ!!」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは息を呑んだ。

 ここから離れた街を守る――人族にとっての防衛線たる、ロスクードからの遠距離攻撃が途絶え、魔王軍の操騎士達の進撃が再開されたからだ。

 

 これまでは操騎士が命無き存在である上に防衛に徹していた事、人間側も遠距離攻撃に徹していた事で、双方の――命的な危機は発生していなかった。

 だけど、明確に魔王軍の進撃が、攻撃が始まったら、最早命の危機は避けられない。


「氷漬けの状態でテメェらの話は聞いてたぜ」


 空を飛んだまま、上からダグドさんが語り掛ける。

 

「戦争はまだ始まってない? 殺すほどの理由には足りてない?

 ご立派ご立派。

 だがなぁ、そうして俺様を生かした結果――戦争は始まる。

 お前のせいで、お前のお仲間の人間どもがわんさか死ぬ」

「……」

「さぁ、どうする?

 これでもまだ、俺様を殺さずに事態を収拾できると思ってんのか?

 いや、殺すのももう間に合わねぇなぁ。

 言っとくが、さっきみたいな下手はもう打たねぇよ。

 そして、こうして話してんのも――――時間稼ぎだ」


 時間稼ぎ――意地悪く笑うダグドさんの顔を見ていれば、その意図は理解できる。

 今こちらを攻撃すれば即座に終わらせる自信も、実力も間違いなくあるんだろう。

 それをしないのは――こちらへの……私への意地悪なんだと思う。


 だけど。  


「――――時間稼ぎそれは、お互い様です」


 ルヴェリさんの回復魔術によって、吹っ飛んだ左手以外の傷は概ね塞がり体力も回復してもらった。

 魔力も――んぐんぐ――今飲んだ、持ってきていた魔力回復用のポーションで大体快復した。


 私の得意とする魔法……魔力による武器やブロック精製は、魔力の効率が良いらしく、威力や効果の割に魔力消耗が低い――というのはスカード師匠の言である。

 ヴァレドリオンを使った無茶な魔力運用をしない限り、継戦能力に優れているらしいのは、私のちょっとした自慢ポイントです。


 お陰様で、こちらの準備も万全――ではないけど、今できる限りでは整った。

 それを宣言するように、私は魔力の槍を十数本空中に精製していく。


「貴方が時間稼ぎをする間に、私も準備させていただきました」

「はっ! 俺様とまだ戦う気でいるってのか?

 テメェらの切り札の魔循兵装はもう使えねぇ」


 確かに、サレスさんはもうヴァレドリードを使えないだろう。

 私自身、これ以上は無茶になってしまうなら使ってほしくはない。


「というか、俺様と戦ってる場合か?

 戦争を止めたいなら、向こうに行って、戦争なんかやめてぇ!とでも叫んできた方がいいんじゃねぇのか?」

「それも少しは考えましたけど――今からそうした所で効果は望めないと思います。

 それよりは、貴方と戦った方が……貴方をどうにかする方が余程建設的です」


 私達があちらに行くにせよ、ダグドさんを倒す存在がロスクードからやって来るにしても、まずあの操騎士の大軍勢を突破しなくちゃいけない。

 それには相当に時間がかかるだろう。


 ルヴェリさんに転移魔術をお願いするにしても――さっき座標のズレが起こった以上また同じ事が起こらないとも限らない。それどころか、ズレ次第では状況悪化しかねない。


 だとすれば、今現在ダグドさんをどうにかした上で魔族の皆さんに撤退してもらって――双方の犠牲を最小限にできるのは、やはりここにいる私達の他にいない。

 

「和解を諦めないにしても、戦争が避けられないのだとしても、貴方をどうにかしないと始まらないのは変わらない。

 だったら、貴方と戦うだけです……先程と変わらず、全力を持って、全速で」

「――へぇ、意外と冷静じゃねぇか。

 だが、ソイツはある意味で現実逃避なんじゃねぇの?

 俺様に勝つつもりで挑む――ソイツが本気なのはよく分かったよ。

 だがなぁ、あっちが接敵するより早く俺様を倒せるとでも?

 無理だな。

 百歩譲って俺様を倒せるとしても――戦争開始には間に合わねえよ」


 確かに、そのとおりだろう。

 さっきまでの時間でもダグドさんを倒す事が、私達には出来なかった。

 状況悪化した今、先程より更に短い時間でダグドさんは倒せない。

 少なくとも、倒せる可能性は怖ろしく低い。


 それが分かっている――いや、自分が倒されないと確信しているダグドさんは、私達を見下ろして、獰猛な笑みを浮かべた。


「ま、そんな訳なんで、そろそろ始めてやるとするか、戦争をな。

 最後に敗因を教えてやる――テメェらは足りなかったんだよ。力も、数も、覚悟もな」


 そう言って、ダグドさんは再び魔力を帯びた炎を全身に纏った。

 吹き荒れる熱波を前に私は唇を噛み締める。

 

 敗因――そうダグドさんは口にしたが、私的にはまだ、負けたと認めるつもりはない。

 だけど、確かに今、諸々足りてないのは間違いないと思う。


 ――――ふと、思う。


 都合が良い時だけなんじゃないだろうか、だとしたら自分勝手だなぁと思いつつも。

 こんな時、、と。


 そんな事が頭を過ぎった――――その時だった。

 

「じゃあな、赤竜斃しと麗しきお友達ども。

 纏めて仲良く一回死んで来い」


 そう言って攻撃を仕掛けようとしたダグドさん――――の、翼がいきなり切断されたのは。


「っにぃっ!?」

「えっ――――?」


 それを為したのは――ナイエタさん……の影?!

 彼女の影が、いつの間にか長く長く伸びていて、ダグドさんの真下に到達――そこから黒い刃が解き放たれたのだ。



 他でもない、その影から響く声。

 ナイエタさん自身も訳も分からない様子で呆然とする中……彼女の影、そして同様に伸びたサレスさんの影から、浮かび上がる様に


「そこのアンタ――認識違いを訂正しておくといい。

 アンタが殺すと宣った八重垣紫苑彼女の友達は……ここにもいる」

「そうですね、纏めてという事なら――わたくし達もお相手願いましょう。

 ……わたくしは友達じゃなくて、クラスメートですけどね」

「――――!!!

 正代ただしろさん!? それに、阿久夜あくやさんも!!」


 二人の影から現れた予想外の人達の登場に、私は思わず声を上げていた。

 

 その二人――正代ただしろしずかさんと阿久夜あくやみおさんは、私の眼前に佇んでいた。

 まるで私を庇うように、守るように……素敵に、そして威風堂々とそこに立っていた――――!


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