56 ロスクード防衛戦――復活の、『選ばれし7人』――


正代ただしろさん!? それに、阿久夜あくやさん!!」


 魔王軍3将軍の一人、ダグドさんとの戦いが再開しようとしていた時。

 一緒に戦っていたサレスさんとナイエタさん、二人の影から現れた予想外の人達の登場に、私・八重垣やえがき紫苑しおんは思わず声を上げていた。

 

 その二人――正代ただしろしずかさんと阿久夜あくやみおさんは、私の眼前に佇んでいた。

 まるで私を庇うように、守るように。


 二人の登場には、二人が出現先の大本であるサレスさんとナイエタさんも目を丸くしていた。

 あ、これ私が紹介した方がいいのかな。


「あ、あの――こちらその、元の世界で一緒に学んでた正代ただしろしずかさんと阿久夜あくやみおさんで――」

「いや、そんな場合じゃないでしょう、貴女」


 動揺のあまり、紹介を始めてしまった私に阿久夜さんが呆れ顔でツッコミを入れる。

 確かにそんな場合じゃない、ああ、でも――


「うぅ……阿久夜さん、元気になってよかった――」


 最後に会った時の阿久夜さんは、以前対立した影響で牢に閉じ込められて殆ど意気消沈したままの姿だったので、今の――以前の様な元気な姿を見て、私は目頭が熱くなった。


「ちょ、何涙ぐんでるんですか?!

 そんな場合じゃないって言ってるでしょう!」

「うぅ、そうだね――二人とも……」

「八重垣、詳しい説明は後でする」


 簡単に状況を尋ねようとした私に、正代さんが言った。

 

 ああ、そうか――!

 正代さんに話しかけられた事で少しだけど状況を理解する。


 彼女、正代さんの『贈り物』は【護影ごえい】――力だ。

 通常は影を黒い力場に変換して木刀や身体に纏わせて強化したり武器にしたりで行使する力なんだけど、別側面の力として他人の影の中に潜り込んで様々な形でサポートし護衛するという力も併せ持っている――んだけど、実はこの二種類の能力は相互に影響する関係にある。


 【護影ごえい】は誰かを守る為に力を行使すればするほどに、普段の影を使った――自分を守る為の能力が向上する。

 ただ、そうして向上した能力は使用すればするほどに擦り減っていき、最終的には最低限度の能力しか発揮できなくなる。

 

 自分を守る為に他人を守らねばならない――いや、他人を守る事で自分も守る事が出来る……【護影ごえい】とは、そういう能力なのである。

 召喚されたばかりの頃、クラスの皆それぞれの能力を【ステータス】で把握して伝えた際、正代さんの『贈り物』の事も知って――その時知り得た能力の詳細を今更ながらに思い出しました、はい。


 サレスさんの影に阿久夜さんが潜り込めていたりしたのは、多分正代さんもレベルアップで【護影ごえい】が強化されたからなんだろう。


 でも、それはそれとして――どうして二人の影に正代さん達が潜り込んでいたんだろう――というか、二人共まだレイラルドで勾留されていたんじゃ?

 ううーん。その辺りも含めて『説明は後で』なんだろうなぁ。


 ただ――二人は現状をどの位知っていて、どういう立ち位置なんだろうか……最低限それは聞かなくちゃと思っていると、正代さんが言葉を続けた。


「ただ、これだけは伝えておく。

 今のうちらは八重垣の味方で――人と魔族の和解の為に動いてる」

「やるべきことは分かっています。

 あの魔族を――殺さずに倒し、魔王軍を撤退させる事……その為にわたくし達も戦います」


 言いながら正代さんは、少し離れた場所で破壊された翼を再生していくダグドさんへと木刀を突きつけた。

 その後の言葉を継いだ阿久夜さんもまた、手にした真っ黒い杖――先端に赤い宝玉がはめ込まれている――をダグドさんへと構えてみせた。

  

 ――その姿を見て、言葉を聞いて、私は無性に嬉しくなった。


「もっとも、少し前までの事を思えば、わたくしなどは信用ならないでしょうが――」

「ううん! そんな事ないよ……!!」


 だから少し沈んだ声で――申し訳なさそうに呟く阿久夜さんの言葉に、私は全力で首を横に振った。


「二人と一緒に、一緒の目的の為に戦える――なら、それで十分……ううん、十二分だよ」


 二か月位前は望まずに敵対していた二人――特に阿久夜さん――と手を携えて一緒に困難へと立ち向かえる……こんなにも心躍る、嬉しい事はないからだ。


「それに――阿久夜さんは、そういう嘘は吐かない人だから疑ってないよ、うん」

「――――。そういう嘘って……ふん、どういう認識なんだか」


 そう告げると、阿久夜さんは少し顔を赤らめてそっぽを向いた。

 そんな阿久夜さんを見て、私と正代さんは思わず顔を見合わせて微笑みを交わした。


「じゃあ、その、申し訳ないんだけど、向こうの――ロスクードの方で犠牲が出る前になんとかダグドさんを……」

「ああ、それについては――八重垣が思ってるよりは

「え?」


 正代さんの予想外の言葉に、私は思わず間抜け声を漏らす。 

 その意図を測りかねた私への解説の為か、阿久夜さんが言葉を継いだ――何とも言えない表情を受かべながら。


「こっちにわたくし達が来たように、あちらにも援軍が向かった、そういう事です。

 ――もっとも、わたくしはでは正直不安なので、なるべく早期にこちらを片付けるべきだと提案しておきますが」







「くっ――!! やはり、直に戦うしかないのか……!」


 一歩、また一歩とゆっくりながらもこちらに近付いていく魔王軍の軍勢を、ロスクードを囲み守る高壁の中で目の当たりにしながら世界守護騎士団、第5党団の党員の一人が呟いた。

 共にその状況に直面している党員騎士や、この高壁に普段から詰めている兵士達の表情は焦りと困惑に満ちていた。


 無理もない――彼は思う。


 先程までの、ここから放たれていた大型弩砲や大魔術は、軍勢の中核たる操騎士を操る魔族達の魔術防壁によって全て阻まれていた。

 それだけでも、なのだが――ここからは自分達が打って出て近接戦闘を挑まねばならない事も相まって、皆の士気はかなり下がっていた。

 そして彼らが今から相手にする操騎士はかなり厄介な魔物だ。

 それが通常の大きさのものだけでなく、巨人級の操騎士も十数体存在している。


 勿論、ここロスクードにいる騎士や兵士達、派遣されてくるであろう冒険者達は皆手練れであり、そうそう後れを取るつもりはない。


 だが、開始早々のヌギルスグの無効化に始まり、こちらからの攻撃を防ぎ切った防壁と、戦場の流れは向こうにある。

 こんな状況で自分達を鼓舞してくれるはずの、世界守護騎士団・第五党党長――バヴェート・ゴドディフィードは各種連絡の為か、状況把握の為か、当初の指示以降声も姿も見かけなかった。


 命令はなくとも、既に騎士や兵士達は高壁外周にて隊列を組み、迎撃準備済みだ。

 だが――。


『このまま――このまま始めてしまうのか……?』


 このまま自分達が前に進み、近接戦闘になれば明確な犠牲者が生まれ――戦争が始まる。

 人と魔族の全面戦争が始まってしまう。


 人同士の小競り合いや魔物の群れの撃退とは訳が違う。

 異種族同士の――互いを否定する殺し合いだ。


 その覚悟がなかったわけではない。

 自分達こそがその口火を切る――そういう位置に立つ存在だという事も重々分かっていた。


 だが、だとしても――


 自分達で戦争を始めるという現実を、世界守護騎士団の一人たる彼は飲み込み切れていなかった。


 世界と人々を守るための騎士団が、世界と人々を守る為の戦争を担う。

 何も間違っていない――間違っていない筈なのに。


 そうして彼が葛藤している内にも、魔王軍はより高壁に迫って来ている。

 通常の弓矢や魔術が届き、騎馬隊が一息に突っ込んでいける位置に到達しつつある――――最早これまでだ。


 彼のみならず、高壁に集った人族の者達が覚悟を決めた――――その瞬間だった。


『「「「な―――――?!!」」」』


 高壁に集まった騎士や兵士、冒険者達が驚愕の声を上げた。

 その理由は、自分達の眼前に突然展開された大きく黒い魔力の壁によるものだった。

 半透明の黒壁は、ロスクード高壁全体を守る様に同等の高さを持って構成されていった。


『ロスクード高壁に集まりし、ロスクードを守る勇敢なる人族の皆様――』


 直後、その驚きが冷めやらぬままの彼らを更に驚かせるように、黒壁の内側に魔力によるものと思しき女性の――ともすれば少女ともとれる声が響き渡った。


『此度、皆様をお騒がせしてしまった事、心よりお詫び申し上げます。

 此度の事は一部魔族の暴走によるもので魔族全体の意思ではございません。

 それを証するべく――ここからは我らが始末を付けさせていただきます。

 何卒、手出し無用で願います』 


 そう声が告げた直後――黒い壁の向こう側に、5つの黒い靄……空間の穴が生まれ、それぞれから一人ずつがこの地に降り立った。

 全員揃いの、黒と青に彩られた全身鎧を纏った存在。


 彼らは、挨拶なのか黒壁の中へと大きく手を振ってみせた。

 なんとも隙だらけで――それゆえに、人族自分達への敵対の意思が見えないその5人は、礼儀は尽くしたとばかりに魔王軍の大軍勢へと向き合っていった――。






「なぁ、麻邑あさむら


 黒と青に彩られた鎧を纏っている――一人は、隣に立つ同様の存在に話しかけた。


「あっちにはこっちの顔も見えないし声も聞こえてないんだよな?」

「うん、大丈夫だよ寺虎とらっち

 あの黒壁には防御効果以外に認識阻害も混ぜてるから★」

「おおー流石実羽みうちゃんだぜ」

「まぁ、そもそも距離があるから、あんまり見えないし聞こえてない気がするけどね」

「――そうだろうが、万が一がある。なるべく名前を呼び合うのは避けておくべきだ」

「大丈夫だって言ってるのにー 様臣さまっちはもう少し信用してよー」

「……信用はしてる。が、油断は禁物、そういう話だ。

 だから、お前はフードを被ってるんだろう?」

「ふふふ、どうかなー?

 まぁ、全部終わったらちゃんと全部説明したげるから――――」

「ハッ分かってるっての。

 今はとにかく――お前の望みどおり大暴れしてやるよ!

選ばれし7人ベストセブン』、行くぜぇぇぇっ!!」

「おー★」

「うん!」

「――ああ」

「……結局、その名前変わらないのな」


 一際高く強く声を上げた彼――寺虎てらこ狩晴かりはるの呼びかけに、麻邑あさむら実羽みう永近ながちかしょう様臣さまおみすばるつばさ望一ぼういちがそれぞれの形で応える。


 こうして、彼ら……党団『選ばれし7人ベストセブン』の戦いの幕が切って落とされたのだった――。

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