53 ロスクード防衛戦――例え殺すべきだとしても――

「踊りの時間は終わりよ……!」


 魔循兵装ヴァレドリードを纏ったサレスさんの一撃が、魔王軍3将軍の一人ダグドさんを大きな破壊痕クレーターを作りながら地面に突き刺した。


「いっけぇぇぇ!!!」


 この隙を逃す手はないと、私・八重垣やえがき紫苑しおんは待機させていた魔力の槍の全てをダグドさんへと全力全速射出する。

 そして、さらにそこに。


氷界、水結、獄リーザ・ルドー・ウータ・タイ・ルーフェ……!」


 ルヴェリさんによる凍結大魔術が発動した。

 

 魔術の文脈プログラム的に、空気中の水分ごと辺りを凍結する強力な魔術だ。

 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンとの戦いの最終盤ではじめくんが使った疑似空間凍結に近い――んだと思う。

 相当に強力な魔術だ……推薦で学園に入ったのが頷ける凄さだと改めて思う。

 それほどの魔術が発動した結果、ダグドさんはクレーターごと――埋まったままの状態で凍結した。


 私の所持する『贈り物』――【ステータス】では、ダグドさんの体力HPはサレスさんの猛攻もあって、3分の1ほど残った状態となっていた。

 そのすぐ側に状態異常として凍結と表示されているので、間違いなく現在ダグドさんは動きを封じられている。


 HPが残っている以上死んだわけじゃないから油断は禁物だけど、ひとまずホッとする――って、そんな場合じゃなかった……!


「サレスさん、は――」

「無事よ……ちょっときつかったけれどね」


 私が【ステータス】で確認するのと同時にサレスさんが答えてくれた。

 直後、彼女はヴァレドリードを解除――彼女が纏っていた鎧は分解、光の粉となって消えていった。

 その下から現れたサレスさんは汗だくで手足を震えさせていて――疲労困憊なのは目に見えて分かった。

 HPもダグドさんと同じく3分の1ほどが残った状態である。

 ――直接的な戦闘でのダメージはちょっとしかなかったので、ヴァレドリードが身体に掛けていた負担の凄まじさが分かるというものだ。


 チラリとダグドさんの方を一瞥し、凍結された状態を見て安心したのか、サレスさんの身体がグラリ、と傾いた。

 慌てて駆け寄ろうとするも――その必要がない事がすぐに分かったので、私は足を止めた。


「――悪いわね、ナイエタ」

「いえ、これが私の為すべき事ですので」


 誰より早く反応したナイエタさんが即座に傍らに駆け寄り、サレスさんを支えたからだ。

 うん、すごく素敵だなぁ。

 微笑み合う姿を見ていると、すごく笑顔になる私。

 そうしてずっと和んでいたかったけれど――。


「さて、どうした、もの、でしょうか」


 少し離れた所で防御結界を張って、距離を置いての援護・攻撃に専念していたルヴェリさん。

 彼女は未だ油断せず結界から出る事なく呟いた。


「今凍っている内に完全粉砕するべきでは?」

「相変わらずあなたは時々物騒ね、ナイエタ――気持ちはわかるけど。

 でも、シオン的にそれはいいの?」

「うーん……」


 ダグドさんは人間との抗戦を主張している派閥の魔族、おそらくその最高位に位置する魔族さんだ。

 であるならば、魔族と人間の和解を目指す私的には、ここで彼を倒してしまった方が良いのだろうと思う。 


 倒す――いや、殺す、だ。


 魔族である彼が、人間が信仰しているレートヴァ教の蘇生契約をしている、とは思い難い。

 であるならば、ここでダグドさんの命を断ち切る事は――明確に彼を殺す事になるだろう。


 正直な所を言えば、かなり抵抗はある。躊躇っている。

 でも、同時にここで彼の命を奪う事の重要性も重々承知している。


 私が、私の憧れる様な正義の味方であったなら、もしくは英雄や勇者の力を持つ者であったなら、躊躇わず見逃す選択をしていただろう。


 だけど――私は

 自分なりに強くなってきたとは思うけれど、まだまだ未熟者だ。

 自分達の命を守る為に、敵対する他の命を絶たざるを得ない――たくさんの命の責任を背負えない、弱い人間だ。


 そもそも、彼は攻め込んで来た側――自分の命が奪われる覚悟はしていたはずだ。

 事実サレスさんとの会話でも、そういう意図の言葉を口にしていた。


 であるならば、ここで彼を殺しても――とは思う。


 そう、思うけれど――――。


「そう、だね。

 私としては、できればこのまま、凍ってもらったままで帰ってほしいかな」

「その、心は?」

「色々――事情とか、和解したいからとか、たくさん理由はあるんだけど。

 一番はきっと、殺したくないから、かな」


 幾度か言葉を交わして、ダグドさんが人との和解を許すつもりがない魔族ひとである事は分かった。

 だけど――絶対に殺すべき存在だとは思えなかった。

 

 ダグドさんは自分達魔族を大切に思い、守るべく行動している。

 その結論が人族との戦争である事は受け入れられないけれど――その思いは、否定したくなかった。


「今まさに人と魔族の戦争が始まろうというのにですか、ヤエガキ様」

「本当に――本当に戦争が始まってしまったのなら、多分殺すしかないんだと思う」


 殺したくないからで見逃がせば、きっと多くの――人族の犠牲者が出てしまう。

 見逃がすべきかどうかはきっと、人間であれば火を見るより明らかなんだろうと思う。


 本当にいざとなったら――殺すべきだと思うし、私も、その覚悟は……きっと決められると思う。

 それに、以前スカード師匠からいただいていたアドバイスを忘れたわけじゃない。

 だから――が来たら躊躇っちゃいけないし――躊躇うつもりはない。

 

 だけど。


『もう少し気楽に考えていい』


 アドバイスと同様に、かつて師匠の言葉もまた脳裏を過ぎっていた。 

 それは今に相応しくない言葉だ――だけど、視野が狭くなりがちな私には必要な、そういう意味では言葉に思えた。


 それによって思考を整えた私は、改めて状況を確認するべく顔を上げた。

 

「でも――」


 遠くの――ついに遠距離攻撃の手段が尽きつつあるのか、攻撃音が途絶え掛けているロスクード高壁の方を見て確認する。

 まだ、命を持つ者同士の交戦状態には至っていない。


 であるならば、まだ。


「まだ、戦争は始まっていないと思うから。

 だから、殺すほどの理由には――まだ足りてない、と私は思ってる」


 ダグドさんを殺す事で明確な戦争の切欠を生みたくない、というのはある。

 和解を望んでいるグーマお父様や協力者の皆様の立場も考慮して、殺さない方がいいと考えた、のもある。

 私自身、人と魔族かれが和解できるならそれがいい――と、思っている事もある。


 それらを抜きにしても――ううん、そういう全部をひっくるめた上で、殺す事が正しいとは私には思えなかった――少なくとも、今この時は。


 それに、今ここでダグドさんを殺しても、殺さなくても――戦争が始まってしまったのなら、きっとは変わらない。


 彼を殺して戦争開始の切欠になったとしても。

 殺さずに後々再びダグドさんが人族への戦争を開始する事になっても。


 命が失われてしまう事はおそらく変わらない。避けられない。

 人族、魔族、双方の――多くの命が失われてしまう事は。


 そう、――辿


 だとするなら――私は、和解の可能性に賭けたかった。

 可能性は未だ見えないけれど……ダグドさんを殺さない事で和解出来る可能性を残したかった。


 こんなにも大きな命の責任はきっと、私には背負いきれないほど重いものだ。背負えると思える事が傲慢だと思う。

 だから――私だけでなく、誰もがこの責任を負わずに済む可能性に繋げる為に。


「そう思うから――私はダグドさんを殺さない。

 だから今回はこのまま帰ってもらえたら、そう思ってるんだけど――駄目かな」


 そんな私の提案に、サレスさんとナイエタさんは顔を見合わせ――小さく息を吐いた。


「まぁ、偶発的にこういう事態になってるけれど――私達は本来ただの学生よね」

「私達は留学生でもありますし――大きな責任問題は困ります」

「だから、それでいいんじゃない?」

「ええ」

「――ふふ」


 そうして頷いてくれた二人を見てか、ルヴェリさんが小さく微笑んだ。

 彼女はその穏やかな表情のままで言った。


「なあなあ、ですが、それで、よいかと。

 私達の、せいで、戦争が、始まったと、歴史に、記録されるのは、遺憾、ですし」

「まったくそうよね。

 魔族は好きじゃないし――今も止めを刺さないのは落ち着かないんだけど――それでも、そうなるのはねぇ」

「ジャスティーヴ家の名は、もっと良き所で残すべきですしね」

「サレスさん、ナイエタさん、ルヴェリさん……ううぅっ」


 皆の冗談めいた言葉にはあたたかさが満ちていた。

 きっと、私だけに責任は押し付けまいとあえて明るく、軽い言葉で応えてくれているんだろう。

 思わず胸が、そして目頭が熱くなる――と、いけないいけない。


 本当は先程までの戦いも含めて、たくさんの御礼を伝えたいけれど――それはすべき事を終わらせてからだ。


「みんな、ありがとう。

 じゃあ、えと、ルヴェリさん。ダグドさんを凍ったまま掘り出す事ってできる?

 それから――」


 高壁に迫りつつある操騎士を操っている魔族さんの誰かに撤退をお願いしなくちゃ――そう口にしようとしていた時だった。


『――――――生憎だが、それには、及ばねぇな』


 直接心に届くような声が――他ならない、ダグドさんの声が脳裏に響いたのは。

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