㊵ 恋愛は管轄外ですけれど、そうも言っていられなくて

「――ああ、ちょうどいい。考えがまとまった所だったから。

 八重垣、暫くの間、私の部屋でゆっくり話しましょう。ええ、それはもう、ゆっくりと」


 ゆっくりと杖を構える伊馬さん――おそらく何かの術だろうけど、ひとまずそれをどうにかするべきか。

 いや、そもそもこの場をどうにかできても、その後はどうしたらいいのか。


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは、ただいま修羅場的な状況になっていて少しピンチでございます。


 現状況を修羅場と言ったら、本当の修羅場(様々な意味で)を体験している人達からすれば怒られたり笑われたりかもしれないけれど、こういう状況から縁遠かった私からすれば十分以上に修羅場なのでご容赦いただければ幸いです、はい。


 クラスメートの守尋もりひろたくみくんがいつか私に話したい事がある、という出来事がつい先程あって、巧くんの幼馴染で彼に好意を抱いている伊馬いま廣音ひろねさんが今までの積み重ねから誤解して、私を泥棒猫さんだと思い込んだ結果、私をどうにかして守尋くんの手の届かない所へ隠そうとしている――というのが現状で。


 私としては抵抗したいんだけど、心情的に難しいというか、解決の道筋を掴めずに動けずにいる――そんな時だった。

   

「――それは困る。彼女には、紫苑には俺も話があるからな」


 そんな彼女の背後から――堅砂かたすなはじめくんが現れたのは。


「――! 堅砂くん、あなたどうしてここに?」


 少し驚いた表情で伊馬さんが振り返りつつ言った。

 それに対しはじめくんは普段の落ち着いたクールな表情のまま、平然と伊馬さんの脇を通り抜けていった。

 あまりにも自然だったので、伊馬さんは動きらしい動きが出来ないままそれを素通りさせた。


 本当に何もする気がなかったからこそ、なんだろうと思う。

 はじめくんが私や伊馬さんに何かするような素振りを僅かでも見せていたら、多分簡単にはいなかっただろう。


 ともあれ、そうして伊馬さんの側を通り過ぎたはじめくんは、私の隣で立ち止まり、改めて彼女に向きなおった――って。

 ちょっといつもより距離が近めな気がする。

 パーソナルスペースを広く取りがちな私なので、その辺り敏感なのです。


「さっきも言ったとおり、紫苑に話があったからだが?」

「そういう事を言ってるんじゃなくて――」

「張ってた薄い結界の事か?

 あれはあくまで誰かを近付きし難くするだけで、強い目的意識がある存在には多少の抵抗感しか生まないんだ。

 勉強不足だったな」


 ちょっと言葉強めというか余分というかな言葉が実にはじめくんらしい。

 普段は人を必要以上に刺激しそうなのはちょっとどうかなぁと思うそれが、今はすごく頼もしかった――我ながら現金で反省です。


『――俺を呼ぶ声が聞こえた。ちょうど歩いてた所だったからタイミングが良かったな』

  

 はじめくんの『贈り物』……【思考通話テレパシートーク】による声が脳裏――というか魂に届く。


『え? でも――』


 【思考通話テレパシートーク】はあくまではじめくん主体の能力だ。

 私が呼び掛けた所でそれはただの心の声のはず――そう思ったのだが。


『言い忘れていたな。

 俺の【思考通話テレパシートーク】もレベルが上がって、いくつかの点でバージョンアップした。

 その一つとして――俺が許可した人間は、俺に対しては自由に話しかけられるようになっている。

 子機機能とでもしておくか。

 俺の名前を呼ぶ事と連絡を取りたい意志が重なれば、俺への通話が繋がる。

 君は危なっかしいから機能が解禁した時点で通話可能にしてたのが今回功を奏したわけだ』

『ええっ!? でも、私――そんな事、あ、してた』


 はじめくーん!ヘルプミー!!と内心で叫んでいたのを思い出す。

 あれで繋がるんだ――。


『レベルアップに伴い能力の精度が上がったのもあって、途中からだが状況は把握している。まぁ想像出来た事ではあったし』

『そ、そうなんだ――えと、その、来てくれてありがとう。

 でも分かってたんなら助言してくれたら嬉しかったなぁ……』

『そうは言うが、君は嘘は吐けないし、腹芸も出来ないタイプだろう。

 変に口出ししてフォロー出来ない状態でボロを出して刺激したら、現状の伊馬は何をするか分からなかった。

 だから黙ってたんだ』

『そ、それは確かにそうかも――』

『その代わり、今から俺がどうにかこの場を収める。

 君は上手く口裏を合わせてくれ。

 ボロは俺がどうにか繕ってみせるから』

『お、お願いしますー!!

 私じゃあもうにっちもさっちもいかなくて――』


「――教えてくれてありがとう。

 それで、堅砂くんの強い目的意識とやらはなんなの?

 私は八重垣とちゃんと話したい事があるんだけど」


 そこまで会話が進んだ段階で、少し苛立たしげな様子で伊馬さんが言った。


 【思考通話テレパシートーク】は時間を殆ど使わずに一瞬で会話を交わす事が出来る。

 ではあるが、無限の猶予があるわけじゃない。

 【思考通話テレパシートーク】を開始するタイミング次第では会話に割り込まれる事もあるようで、今回はまさにそうだった。


 とは言え、また【思考通話テレパシートーク】を再開すればいいのだろうが――


「そうだな。君には協力してほしいから話しておくか」

「どういう事よ?」

「今日は、星が良く見える良い夜だな。

 こんな夜に年頃の男女が話す事なんて決まってるだろう?」

「は?」

「え?」


 そんな事を考えていた私だったので、続く全く予想外の言葉には驚き以外何もなかった。


「つまりだな――今、俺と紫苑は……付き合ってるんだ」

「なっ!!??」


 な、なななな、なんですと――――――!!?


 え、いや、その、どどど、どういうこと、どういうこと?

 いや、初耳、当事者なのに初耳なんですけど? え、何が一体?

 

『言っただろう、口裏を合わせろと。

 あと、可能な限り色々と我慢してくれ』 


 動揺の最中【思考通話テレパシートーク】で聞こえてくる、いつもどおりのはじめくんの声。


 私はそれを聴いて少しだけ冷静な思考を取り戻した。


 そうか、そういう事か。

 私達が付き合っている事にすれば、守尋くんと私についての伊馬さんの誤解は解ける。


 この状況を打開するには、シンプルかつ最高の一手だという事に間違いはない。

 ただ――。


「えぇぇえぇっ!?」


 私の心がついていかないという問題を除けばだけど。

 いや、その、男女交際とか全く未知なので、ええ――すみません、動揺が隠し切れませんでした。  

 

「……八重垣驚いてるけど?」

「驚いて当然だな。ここで君に話す事にしたのは俺の独断だからな。

 暫く二人だけの秘密にしようって話し合っていたばかりだし」


 スラスラと誤魔化す為の言葉が回っていくのに感心しながら、私は慌てて首を縦に振った。

 ……驚いたままの表情でもいい、いやむしろその方が説得力が増す言葉選び、流石はじめくんと言わざるを得ない。


 嘘は吐きたくない――吐きたくないけれど、穏便に事を収めるにはこれしかない。

 心の中で嘘を吐かせてしまうはじめくんと吐いてしまう伊馬さんにただただ謝ってから、私は思考を切り替える――ふりをする。

 そう簡単に割り切れないから、そう考えてどうにか取り繕って――改めて現状に向き合った。


「どういうことよ? 秘密って」

「自慢になる事じゃないが、俺の容姿はそれなりだ。

 普段は波風が立つから気付かないふりをしてるが――女子が色々騒いでいるのは知っている」

 

 なんというか、はじめくんはものすごく不本意そうな表情をしていた。

 自分の容姿についてか、騒いでいるという女の子にか、思う所があるのかもしれない。


「大っぴらに誰かと付き合い出したら面倒事は避けられないだろ。

 だから、暫くは2人だけの秘密にして、こうして誰もいない時に静かに語り合おうとしてたわけだ」

「――うん、その、実は――っ!!?」


 言葉の途中ではじめくんが私の肩を掴んで抱き寄せた――近い近い近いっ!?

 何と言いますか、もう、ただただ何も考えられず、全身に炎が吹き上がるような感覚でいっぱいいっぱいになる。


 だ、大丈夫かな、嫌じゃないかな、お風呂入っててよかった、って、そんな問題じゃなくて、でも、これしかないんだよね―――うぅぅぅっ!?


「そ、そういうことなの―――」


 色々な思考や感情が入り乱れた結果、私はか細い声で呟くしかできなかった。


『緊急だから端的に言わせてもらうが――すまない』

『いえ、その、こちらこそ』


 それでも【思考通話テレパシートーク】で言葉を交わす事で、私はどうにかこうにかギリギリを保っていた。

 心遣いに感謝です、はい。 


「今後も出来るだけそういう時間を作りたいんだが、集団生活をしてると難しい時もある。他の女子に怪しまれるかもしれない。

 君に話したのは、そういう時協力してほしいからだ」

「――私に、口裏合わせとかアリバイ作りに協力してほしいってこと?」

「そういう事だ。察しが良くて助かる」

「なんで私なわけ?」

「簡単な事だ。君は守尋に男女としての好意を抱いてる。

 それは裏を返せば、俺には興味がないという確固たる証明だ。

 そういう人間なら協力を頼んでもいいんじゃないか――今たまたま出会ってそう思いついた、それだけの事だ。

 見返りには、俺も、いや、俺達も君達二人の時間を作れるよう手助けする、という事でどうだろうか」


 過度に接触すると怪しまれると判断たのか、手を放し、少しだけ距離を取りつつのはじめくんの言葉に、私は再び首を全力で縦に振る。

 今回の事を抜きにしても伊馬さんの想いは応援したいと思っているので尚更に。

 守尋くんの気持ちもあるから成就するかは分からないけど、あんなに真剣な想いを見せてもらった以上、伝えられるような手助けはしてあげたかった。


「ただの思い付きだから勿論断ってくれてもいい。

 ただ、その時は俺達の関係については黙っていてくれると――」

「―――怪しい」

「え?」


 暫し考え込んでいた伊馬さんは、私達の顔を交互に見据えた上で言った。

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