㊶ 星明りの下で――ちゃんとしなくちゃいけない事

「―――怪しい」

「え?」


 暫し考え込んでいた伊馬いま廣音ひろねさんは、私・八重垣やえがき紫苑しおん堅砂かたすなはじめくんの顔を交互に見据えた上で言った。


「本当に付き合ってるの? 八重垣を助ける為の、私の眼を誤魔化す為の即興芝居とかじゃない?」


 鋭い。過度な接触を避けようとしたのが仇――いや、流石恋する乙女というべきなんだろうなぁ……付け焼刃は通用しないのかもしれない。

 というか、危険な何かをしようとしてる自覚理性はあったんだ――だとしたら、もうちょっと踏み止まってくれたらなぁと思ってしまう私です。


 だけど、そこははじめくん、冷静に返して見せた。


「疑うのは仕方ない。なんせ付き合い始めてまだ2日目なんだ。

 恋人らしさがないのは仕方ないだろう」

「――そこよ。冷静過ぎるって言ってるのよ、私は。恋って、こう、もう、あれでしょ!?」


 身振り手振りで熱い恋を表現する伊馬さん――私も一応年頃の女子なので、その気持ちはすごく分かります。

 恋愛って、そういう熱く燃え盛るものであってほしいよね、うん。


「そう言われても……俺達はこういう感じだしな」

「う、うん。でも、伊馬さんの言う事分かるよ?

 お互いを焦がし合うくらいの熱量の恋愛、憧れるよね」

「いや、そこまでにならなくても互いに好意が伝われば十分じゃないか?」

「うん、それも分かるというか、そういう形で良い人達もいると思うけど――好意をちゃんと十分に伝えるのって、きっと難しい事だから。

 気持ちを伝える時は、ほんの少し、気持ち多めの方がいいんじゃないかな」

「そういうものか――分かった、気をつけよう」

「―――えと、その、はい」

「―――ん」


 伊馬さんとはじめくんの価値観の違いを少しでも埋めたくて、私的に共感できる部分から話を展開したのですが――なんだろう、ちょっと、こう、うん。

 はじめくん、さっきの演技なのかな……どっちなんだろうか表情からはあんまり分からないけど――いや、演技なんだろうけど……なんだかよく分からなくなってきた――?!


 そんな時だった。 


「――――――めん」

「え?」


 小さく言葉を零したと思いきや、伊馬さんが両手に持っていた杖とナイフを落としたのは。


「えと、その、伊馬さん――?」


 どうしたんだろう、と思って表情を窺おうとした矢先、伊馬さんはバッと顔を上げて私の下へと駆け寄り、私の両手を取って半ば叫ぶように言った。


「ごめんなさい!! 私、誤解で貴女にとんでもない事をしようとしてた――!」


 ――どうやら信じてもらえたようだ。

 さっきまでの危ない、そして怖い雰囲気はもうどこにもない。

 正直どうしてなのかはさっぱりわからないけれど――さっきの会話が初々しい彼氏彼女、のように見えたのかも。


「あ、いや、うん、気にしないで――私も、疑うような事を言ったり、その、はじめくんと、ツキ、付き合ってたの、内緒にしようとしちゃったし――」


 途中声が裏返りかけてしまった――うう、恥ずかしい――その、えと、嘘だとしてもやっぱり照れてしまうのです、ええ。

 だけど、それさえも伊馬さんは好意的に解釈してくれたようで。

 

「ううん、それこそ気にしないで……ああ、うん、八重垣はちゃんと恋してるのに、私のバカ――!

 なんで疑っちゃうかなぁ……!!」


 いや、その、えと、うぐぐ、罪悪感が凄いです――ごめんね、伊馬さん。

 でも、守尋くんとの関係のためにも、伊馬さんに手を汚させるわけにはいかないから――何卒ご勘弁を。


「うん、八重垣! いえ、紫苑!!」

「ひゃいっ!?」

「このお詫びにちゃんと協力するのを約束させて!!

 初々しい2人の初デートもいつかお膳立てしてみせるから!」

「あ、ありがとう……私達も伊馬さんの事、応援してるよ、うん」

「ああ、紫苑の言うとおりだ。感謝する、伊馬。

 それでだ――できればそろそろ……」


 そこまではじめくんが呟くと、伊馬さんは何か察したらしく「ああ!」と声を上げた。


「そ、そうね。ごめんね、私のせいで大事な時間をお邪魔しちゃって――!

 じゃあ、その、あとはお若い二人に任せて……ごゆっくりー!!」

「え、ちょ――」

「誰かに何か聞かれても上手く誤魔化しておくからー!」


 そうして伊馬さんは杖とナイフを回収すると、あっという間にこの場を去っていった。 

 

「―――――行ったか?」


 呆然とその後ろ姿を見送った後、冷静なはじめくんの声が響く。

 その言葉にステータス欄を確認――うん、もう彼女はこの近辺にはいない。

 少なくとも声が聞こえる範囲からは遠ざかっているはずだ。


「うん。―――――ハァァ、心が、心が痛い」


 どっと疲れが出て、私は思わず座り込んだ。

 最近心身ともにすごい状況に追い込まれる事が多い気がする。

 ――そう言えばステータスでの私の運の数値割と低めなんだけど、結構関係してるのでしょうか。


 そんな私の隣に、はじめくんも座り込んだ。


「その痛みはコラテラルダメージって奴だ。

 伊馬を誤魔化す為には避けられないダメージだ。甘んじて受け入れるしかないな」

「そうだね――できれば嘘は吐きたくなかったんだけど。

 ごめんね、はじめくんに嘘吐かせちゃって」

「俺はこういう割り切りは出来るからな。気にしないでいい」

「――ありがとう。

 えっと、その、これからは――伊馬さんの前だと――か、かか、彼女っぽく振舞った方が良いのかな」

「――――。その方が良いな。

 まぁそうそう伊馬と俺達だけって状況にはならないだろうが。

 クラスの連中の前では『隠してる設定』だから普段通りでいいからな」

「う、うん、というか、いいの?」

「何がだ?」

「嘘でも、その、私とそういう関係……嫌じゃないかなって」


 そう言うと、はじめくんは少し身を乗り出して、私に顔を近づけた。

 唐突だったので驚きつつ、失礼にならない位に身を引く私。

 そんな私に、はじめくんは少し不機嫌そうな顔で言った。


「前々から言おうと思っていたが――君は自己評価が低いというか卑下し過ぎなんじゃないか?」

「――――そう、でもないと思うけど」

「いいや、そうだ。

 君は事あるごとに自分の事を陰キャ陰キャいうが――そんな要素は精々自らそう決めつけて、喋りがおっかなびっくりになってる位だろうに。

 この異世界に来た最初から君は、言わなければならない事を言って、やらなければならないことをやって、逃げた事は一度もなかったのに」

「昨日寺虎くん達に負けて逃げたような――あ、はじめくんじゃなくて私は、の話、うん」

「混ぜっ返すなよ、八重垣紫苑――そういう事じゃない」


 真剣な声音で名前を呼ばれ、私は胸が締め付けられた。

 何も言えずにいる私に、はじめくんは言葉を重ねた。


「確かに人に臆病な君の性質は陰か陽かで言えば、陽じゃないのかもしれない。

 だけど、君の行動は紛れもなく陽だ。

 助けられた人たちにとっては、君はきっと輝いて見えたはずだ

 そんな君だからレーラも懐いているし――俺も、手を組んでよかったと思っている」

「――――」


 はじめくんの言葉は、すごく嬉しかった。すごくすごく嬉しかった。

 

 だけど。


 私は――私は――光を浴びているような、浴びていいような、輝くような、人間じゃない。


 それが許されないとまで言い切る事は出来ない。

 だけど、それが許されるとも思えないでいる。 


 だから、私に出来る事は、陰ながら誰かを助ける事くらいだと、私はそう思っている。


 


 だから私は――本当は伝えたい気持ちを口に出来ず、何も言えなかった。


「納得できない、みたいだな」


 そうして俯く私の様子を見て、はじめくんは深く息を吐いた。


「まったく――この際だ。らしくない事を話したついでに言っておく。

 俺はな、ちゃんとしてない事が嫌なんだよ」

「ちゃんとしてない事――?」


 黙っている事が辛くて思わず鸚鵡返しに呟いて振り向いた私に、はじめくんは少し怒った顔で言葉を重ねた。


「寺虎みたいに自己中で人に迷惑をかける奴がなあなあで許されてヘラヘラ笑って日常を過ごしてるのが嫌だ。

 自分達は容姿優先で見られるのが嫌な癖に、人の事を容姿優先で見る連中が嫌だ。

 努力してる人間が正しく評価されないのが嫌だ。

 ルールを守ってる人間がルールに守られないのが嫌だ。

 俺は、そういう奴だ。

 だから、君みたいな、正しく生きようとする人が俯いて、今みたいな顔をするのが――納得いかない。

 八重垣紫苑。

 君は、君以外の他の誰かが、真面目であろうとする人が悲しそうな顔をしていても、納得出来るのか?

 過去にどんな事があろうと、それを悔いて今を正しく生きようとする人が苦しんでいても、納得出来るのか?

 いいや、君は――納得出来る人間じゃない、これまでの君の行動を見てればそう断言できる。

 なのに君は、自分だけは特別扱いして、不幸顔で自分に酔い浸るつもりか?」

「そんなっ! そんな、つもりは――!!」

「ないんなら――」


 そこで、はじめくんは――笑った。

 小さくでもなく、皮肉げでもない、初めて見る――すごく爽やかな、年相応の男の子の笑顔だった。


「ちゃんとしてくれ、紫苑。最低限、相棒の俺が納得できるくらいにはな」

「―――――――」


 そう告げられて――私は、真っ白になった。

 どうすればいいのか、言葉が、行動が、思い浮かばなかった。


 ただ唖然と、はじめくんの顔を見るのが精一杯だった。


 そうして見ていると、はじめくんは視線を背けつつ、もう一度溜息を吐いた。


「まぁ、そういう事だ。覚えておいてくれ」

「…………………。

 ――――――――――――――うん。すぐには、その、ちゃんと――出来ないと思うけど―――忘れないから。

 はじめくん……ありがとう。素敵な言葉を、ありがと」


 私は、たどたどしく思ったままの言葉を伝える事しかできなかった。

 途中で目を逸らしちゃうし――ああ、こんな大事な話の時に、目を逸らすなんて、私らしくない。


 そんな私の少し上から、ぶっきらぼうな声が響く。


「……別に。俺はちゃんとしてないのが嫌なだけだからな」

「それでも、嬉しかったから、うん。

 えと、じゃあ、その――えと――うんと、そう、伊馬さんの前では、かかか、かかか、彼女って事で」


 せめて、混ぜっ返してしまったお詫びにどうにか必死に話の流れを思い出し、私はそちらへと軌道修正。

 正直、私なんぞが相手なのは嘘でも嫌だろうとは今でも思っている。

 だけど、少なくとも今は、今だけはそう言わないようにしようと、懸命に顔を上げてから告げた。


 するとはじめくんは、空を仰いでもう一度息を吐いた後――表情は良く見えなかった――いつもの冷静な表情で答えた。


「ああ、そういう事で。

 じゃあ、ボロが出ないよう、互いの趣味とか好きなモノでも教え合ってみるか」

「あ、うん。いいね」

「じゃあどっちから――って、俺は知ってるからな。俺の嗜好から話すか」

「え? はじめくん、私の好きなモノ、知ってるの?」

「正義の味方に関するもの全般だろ」 

「―――??? 私、正義の味方好きな事、はじめくんに話した事あったっけ?」

「話さなくても分かるだろ。

 異世界ここに来る前の普段の言動もそうだし、クラスで酒高とかと話してたしな」

「――わ、私そんなに大きな声出てた……? クラスの人に迷惑かけてた――?」

「いや、別に大きくはないが――よく通る声だからな。

 あといちいち落ち込むな、鬱陶しい」

「ひどいっ!?」


 そうして、私達は暫しの間、星明りの下で偽装の為の話題交換を行ってから解散した。

 やるべきことがさらに増えたけれど――不思議と、この事についてはなんとかなるような、そんな気がした。








 それから、私達の世界で言えば一週間後――この世界で言えば、単純に七日後の朝。

 あと僅かでバッテリー切れで使えなくなる携帯を、私は召喚された時に持っていたバッグの中に仕舞いこんだ。


 そろそろ、ちゃんと異世界――ううん、この世界で生きなくちゃいけないと思うから。


 今日はその為の……決戦の日である。


 領主様からの依頼を果たすべく、私達は今日、結界領域へと再び足を踏み入れる――――!

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