㊴ 話し合いって難しいよね、うん


「じゃあ、さっき――巧とは何を話していたの?」

「え?」


 伊馬いま廣音ひろねさんの言葉に『ああ、さっき話してたのをたまたま見られていたのがきっかけトリガーだったのか』と私・八重垣やえがき紫苑しおんは改めて気付く。

 んん? でもあの時ステータス上では近くに誰もいなかったような――私から確認できる範囲の外で見かけた、のかな?


 ともあれ、隠すよう内容ではないと思うし、守尋くんの本題自体を話すわけではないからいいだろう、と私は素直に話す事に――。


「それは……今度私に話した、い、こと、が――」


 と、そこで私は気付いた。


 守尋くんの話したい事が何なのかは分からないけれど。

 今伊馬さんにさっきの状況を伝えたら――告白の前振りに思われるんじゃないか、と。


 告白それはない。ないと思うんだけど――今はその内容自体は申し訳ないけれど関係ない。


 今は伊馬さんがどう思うかが重要であって。


「あ、えと、その……」


 ぎ・ぎ・ぎ、とゼンマイが切れかけた玩具のような動きで、伊馬さんの様子を確認すると。


「――――今度、話したい事、貴女に――――?」


 少し前よりもさらに怖くなった迫力倍増な表情と、全身からオーラが吹き上がっているんじゃと錯覚しそうになる殺気めいた何かを纏った伊馬さんがこちらを見ておりました。


「ひょぇぇぇぇぇっ!? ちょ、ちょっと待って! 

 ストップ! 落ち着いて伊馬さんっ!

 誤解させるような事言ってごめんなさいぃー!!

 た、確かに守尋くん今度話したい事があるって言ってたけど!

 きっと多分告白とか、そういう内容じゃないから!!」


 大慌てではあったけど私は嘘偽りない事を口にして、伊馬さんを落ち着かせようと試みた。

 だけど。


「き っ と ?  た ぶ ん ?」


 伊馬さんを納得させる内容ではなかったようで、彼女は一歩歩み寄りつつ、首を傾げながら私の表情を窺った。


「あう、その、えと―――」


 多分、ここでは『絶対に違う』と主張すべきなんだろうと思う。

 だけど、他人の言葉や思いを根拠なく勝手に断定した上で誰かに話すのは基本的に好きではないので、私はそう言い切れなった。

 私的には絶対違う、告白じゃないと思ってるんだけど――それでも断言はしたくなかった。


 ちなみに、さっきの私が口にした伊馬さんの守尋くんへの気持ちについては、私的に根拠あり&なおかつ断定した訳ではなく、話さなくてはならない事だったので別枠だと思っております。


 さておき、それゆえに私は絶対とは言いきれなかった。

 でも、それだと伊馬さんに納得してもらえないのは分かり切っていて。


 あああ、こういう時の私の口下手ぶりが憎い――!


 はじめくんならちょっと乱暴だけど状況を変えられる適切な言葉が浮かぶんだろうなぁ……。

 正直助けてほしいです、割と切実に。はじめくぅぅぅん!ヘルプミィィィ!!と内心で叫ぶくらいには。実際には積極的に巻き込みたいわけではないので内心のみですが。


 ああ、何故私はこうも言葉が出ないのか、こういう所が私が私を陰キャだと思う所で――。


 と、そこで私はどうにか閃いた。

 嘘偽りのない、伊馬さんに分かってもらえそうな説得力のある言葉が。


「えとその、ほ、ほら! 私、陰キャだから!!」


 自分を何度も懸命に指さして私が主張すると、伊馬さんはピタリと歩みを止めた。


「―――」

「守尋くんは、そういう事気にしない人なのはすごく知ってるけど――私の場合は、駄目な陰キャだから、うん。

 少なくとも恋愛相手としては私は違うんじゃないかなーって思うよ、うん。

 守尋くんの好きな女の子のタイプは分からないけど――」


 言いながら、彼に似合いそうな相手を思い浮かべる。

 ――やっぱり、今目の前にいる伊馬さんこそ一番似合う人だと私は思うわけで。


「良いヒト過ぎる守尋くんが危なくならないように、いざという時止めてあげられる――遠慮ないやりとりができる、真っ直ぐ素直で優しい人が守尋くんには似合ってると思う。

 だから、うん、その、お世辞に聴こえるかもしれないけど――」

 

 やっぱり伊馬さんが守尋くんと一番お似合いだから私なんか出る幕はない、きっとただの相談事だ――そう告げようとすると。


「―――ええ、そうね。私もそう思うわ」


 伊馬さんは顔を上げ、そうしてニッコリと笑ってくれた。

 どうやら、言わんがするところを察してくれた――


「だから、


 んだと思ったんだけどなぁ―――!!!

 何故か分からないけれど、伊馬さんは今度は明確に手にそれぞれ握る杖とナイフを構えて見せた。


「いやいやいやいや! 話し合ったよね?! 私は守尋くんとは友達! よくても友達だから!」

「泥棒猫は皆そう言うのよ――」

「私は泥棒しないよぉっ! 泥棒は良くない事だって分かってますっ!

 そもそも私には泥棒猫できるような魅力ないからぁー!!?」

「寝言は寝てから言ってね、八重垣……説得力の無さに呆れ果てるから。

 まずどうしようかなぁ――巧の目が届かないような場所に行ってもらおうかなぁ。

 うん、そうね――告白そもそも出来ないようにすれば……」


 伊馬さんの中ではもう告白って事になってるー!? 


 ともあれ、すごく良くない状況だ。

 ふと、ちょうど今日スカード師匠が言っていた言葉が頭を過ぎる――。


『ああ、そうそう。

 誰かと共にあるのは良い事だが――だからこそ、周囲の人間関係は大事にな。

 特に仲間内の人間関係がこじれると……厄介だぞ、ホントに。

 ましてお前達は、今言うなれば孤立無援――自分達同士しか理解者がいない、仲間がいない、そう思い込んでもおかしくない状況だ。

 そしてここに来てもう十数日――本当の居場所が恋しくもなるだろう。

 そういう不安感から過剰に誰かや何かに依存したり、肉体的な関係に思いっきりハマったり、明後日の方向に暴走したりする事もある。

 だから上手い事肩の力を抜いて、気分転換できるものをちゃんと探しておく事だ。

 健全なら仲間内の恋愛も悪くないとは思うが、一歩間違えたら泥沼だから俺的にはお勧めできん。

 ―――まぁ、恋愛が昇華した先には良い事もあったりするから、なんとも難しいがな』


 改めて、師匠の慧眼に尊敬の念を禁じ得ない――でも、もう少し早く聞いておきたかったです、師匠ー!  


 ジリジリと考えをまとめながら近づく伊馬さんに合わせて、私もジリジリと距離を置く。

 一目散に逃げ出したくもあるが、そうすると伊馬さんを刺激しそうで迂闊には出来ない。


 抵抗はしたいけれど――正直何処までできるものか、していいのかが難しい。

 怪我だけは絶対にさせたくない。

 色々怖かったりするけれど、伊馬さんの行動は悪意によるものじゃないから、心身ともに傷つけくなんかない。


 かといって彼女の思いどおりになるわけにはいかない。

 すごく目立つ守尋くんの陰に隠れて見え難いけれど、伊馬さんは元々すごく優しい良いヒトなのだ、

 守尋くん達冒険者組の中心にいるのは守尋くんだけど、それをちゃんと支えてる伊馬さんがいるからこそ彼らは強いんだと私は思っている。


 そんな彼女が今私をどうにかした後、冷静になって自分の行動を振り返った時――正確にどう思うかまでは分からないけれど、きっと悩まずにはいられないと思う。

 他ならぬ守尋くんが彼女をどう思うかも心配だ。


 じゃあ一体どうすればいいのか、どうしたらまるく収まるのか――すみません、私にはまったく思いつきません。


「あ」


 そうこうしている内に、私は寮を囲む敷地の壁を背にしてしまっていた。

 ――平たく言えば、追い詰められてしまった。


「――ああ、ちょうどいい。考えがまとまった所だったから。

 八重垣、暫くの間、私の部屋でゆっくり話しましょう。ええ、それはもう、ゆっくりと」


 ゆっくりと杖を構える伊馬さん――おそらく何かの術だろうけど、ひとまずそれをどうにかするべきか。

 いや、そもそもこの場をどうにかできても、その後はどうしたらいいのか。


 根本的に彼女を説得する何かがないと、この先ずっと引きずりかねない。


 ど、どうしょうか――?!

 私が魔力の集中すらままならない状況になっていた、その時だった。


「――それは困る。彼女には、紫苑には俺も話があるからな」


 そんな彼女の背後から――堅砂かたすなはじめくんが現れたのは。

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