㊳ 陰キャは光に憧れるけど、強過ぎる光って濃い影を生むよね



「ちょ、ま、待って! 伊馬さん!!」


 私達召喚された異世界人が住ませてもらっている寮の敷地内。

 私、八重垣やえがき紫苑しおんは慌てて制止の声を上げた。


 呼びかけたのは、暗がりから現れたクラスメートの伊馬廣音いまひろねさん。

 彼女は何故かすごく怖い声と笑顔で、魔術用の杖と護身用のナイフを両手に持って私の前に現れた。

 なんでも少し前に私に行われたイタズラ――そこに書かれた警告文を記したのが彼女であるらしい。


 文章の内容は『お前は調子に乗り過ぎた。その報い、いつか受けてもらう』である。


 彼女が何をするつもりなのかは分からない――だが、ここはまず話を聞かなければ。


 私が今正直めちゃくちゃビックリして怖さを感じているのは事実だ。

 今の彼女はなにをしてもおかしくない雰囲気を纏っている。

 だけど、それ以上に何か危ない事をさせるわけにはいかない――クラスメートとしてさせたくなかった。

 

「えと、その、うん! 話し合いは大事だよね? ま、まずは事実確認しよう……!?」


 なので彼女の言葉に乗って手を上げつつ提案する。

 すると彼女は表情は崩さないままに笑顔で頷いた。


「ええ、私もそう思うわ――クラスメートだものね、出来れば傷つけたくないから」


 それは傷つけるつもり満々だったという事ぉ――!?

 いや、待ちなさい私、この状況に私も冷静さを失っているだけ――だと思いたいなぁ、うん。


 とにもかくにも了解を得て私は思考を巡らせ――言った。


「まずその、誤解があったのを謝らせて?

 私、調子云々は、お前みたいな陰キャがクラスの素敵なヒト……特にはじ――堅砂くんと仲良くしてくれちゃって!許せん!!的な意味か、陰キャの私がクラスのこれからに口を挟みおって!!許すまじ!的な意味だと思ってたんだ。

 他の意味は可能性として考えてはいたけど、ないかなぁって思って薄く考えてて――だからその、警告を正しく理解出来てなかったのは、ご、ごめんなさい――!」

「なるほど――確かに、誤解があったようね。それなら致し方ない部分はある」


 よ、よかった伝わったー!!

 そう私が思ったのは一瞬だった。


「ところで? 貴方の言うそのクラスの素敵なヒトには――たくみも入っているという認識で良いの?」


 さっきよりも幾分迫力を増した笑顔で問い掛ける伊馬さん。

 し、しまった――!! 言葉のチョイスを間違えてしまいましたか……迂闊。


「あと、貴方が考慮した他の可能性の中に巧の事が入っているのいないのかも是非聞かせて?

 事実確認、大事ですものね」


 ひえぇぇぇ! ナイフをちょっと持ち上げるのやめてくださいー!?

 ごめんなさい、正直に言います。めちゃくちゃ怖いです。

 普段守尋もりひろたくみくんと楽し気に明るくやりとりしている姿をよく知っているからこそ、落差がね?!


「――ローク。ああ、あと邪魔が入らないように、薄い人払いの結界を掛けたから。

 ふふふ、巧との時間を作る為に学んだ術が役に立つなんて―――」


 結界も使い方次第なんだなぁ――背筋が凄く冷えていく気がする、きっとそんな効果ないのに。 

 そうして怖がりながらも、私は思考をまとめ、何故彼女がこうなっているのかの原因を改めて把握した。


 やっぱり守尋くんか――うん、伊馬さんならそうだよね。


 伊馬さんと守尋くんは幼馴染でずっと仲良く一緒に育ってきた事はクラスの誰もが知っている。

 もう殆ど彼氏彼女で、実際そうなるのも時間の問題だっただろうという認識も共通だろう。

 ――多分、守尋くん以外は。


 二人の仲の良さは異世界ここに来る前からたくさんクラス内で見る事が出来た。

 隠すまでもない関係性仲の良さがそこにあった。


 ただ、その仲の良さについての二人の若干の違いがある事はなんとなく分かっていた。

 伊馬さんから守尋くんは――うん、もう語るまでもなく。

 守尋くんからの伊馬さんの感情は、なんというか――どちらかというと親友めいているように私には思えていた。

 でも、女子として意識していないわけではないようだから、いずれはそれが変化していくのだろうとも。


 正直いいなぁと私は憧れていた。

 私は『良き人間関係』から縁遠い――縁遠かったからこそ、2人の中にある強い関係性が眩しかった。


 うん、今でも眩しいんだけど――。


「どうかしたの? 話せない理由あるの?」

「いえいえいえ!」


 強過ぎる光は濃い影を生むって創作物ではよく聞く言葉だけど、事実だなぁと今痛いほどに実感しております。


 伊馬さんの守尋くんへの気持ちが、私の想像の5億倍重い――!!

 それ自体はとても素敵だと思うけれど、その反動的なものが周囲に向かうと大変なんだなぁ――いや、ホントに。

 

 えと、その、そう、守尋くん。

 実を言えば、彼絡みである可能性も若干私は考えていた。


 今私達ともに暮らしているレーラちゃんを元々助けてくれたのが守尋くんな事もあって、私が以前より少し多く彼と話すようになっていたのは事実。


 そして守尋くんは、クラスで一番女子人気が高いであろう堅砂かたすなはじめくんとは違うベクトルで人気者であり、慕われている。


 なにせ彼は――かなり人が良い。

 誰に対しても気さくに話しかけ、困っている人がいれば男女問わず当然のように助ける。

 まぁ、その、そうして助けられた事で彼を意識している女の子も実は伊馬さん以外にも数人程いる――ようだ。

 彼と同じように困っている様子を助けようとした結果出遅れたり、一緒に手助けしたりもした結果、たまたま近くで状況を見て知っているのです、ええ。


 伊馬さんが彼女達に気付いていないのか、あるいは既に何らかの話し合いがなされているかは私には分からない。

 多分前者だと思うなぁ――じゃなかったら、彼女達も私と同じ思いをしている事になる。

 もしそうなら、普段の守尋くん達があんなに楽しそうに――異世界ここに来る前からそうであるように――出来ないと思うから。


 閑話休題。


 ともかく、私は守尋くん絡みの可能性も考えていた――けど。


 思考を巡らせた末、私は意を決して改めて口を開いた。


「えと、その、素敵なヒトの中に、守尋くんは入ってます――けどぉっl!?」


 何をしようと考えているのか両手の杖とナイフを持ち上げようとした伊馬さんを語気強めにして牽制。


 こういう時一番良くないのは嘘を吐く事だ。

 状況を切り抜ける為の嘘は、後々自分への反動が予想以上のものになる事が多い。


 というか、そもそも嘘を吐きたくなかった。

 嘘を吐かずに人生を生きていけると思えるほど幼くはなくなったけれど、

 可能な限り嘘を吐かない生き方でありたい――そう思っているのだ。


 クラスメートであれば、より嘘は吐きたくない――ましてや今は一緒に困難に立ち向かう同胞なのだから。


 そうして、私は伊馬さんを真っ直ぐ見据えながら――それでもちょっと怖いので、おっかなびっくりに言葉を続けていく。


「勿論男子として憧れるなぁではなく! あくまでヒトととして立派だなぁ、的な意味ですっ!!

 他の可能性の中にも入ってたけど、そちらは低いかなぁーと思っておりましたっ!」

「――なるほど。どうして巧の可能性は低いと思ったの?」

「えと、その、女子の中では堅砂くんの方がよく話題に出るから――」

 

 私自身は会話自体に参加した事は殆どないけれど、近くで話が聞こえていたので内容は自然耳に入ってきていた。

 このクラスで付き合うなら的話を何度かしていて、はじめくんは真っ先に名前が挙がる事が多かった。

 ――時々阿久夜あくやさんが話に入ってきて『貴方達程度が付き合えるとでも?』とか堂々と言うものだから冷や冷やした時もありましたね、ええ。

 

 という内容や、守尋くんの周囲の明るさ――ああいうイタズラをしそうになかった――もあっての考えだったんだけど。


「巧が堅砂くんに人として負けている、と?」

「いやいやいやいや! そういう意味合いではなく! 話してる人達もそんな意味で話してたわけじゃないと思うよー!?

 えと、その、伊馬さん、私からも事実確認、いいかな」

「――なに?」


 えと、その、目がギラギラしてるんですけれど――ぐぐ、でも、これはそれだけ真剣だという事。

 ちゃんと向き合わねば、と私は緊張から湧き上がってきた唾を小さく飲み込んだ。 


「こういう事を口にするのは不躾だとは百も承知だけど、大事な事だと思うから、ごめんね。

 あ、その、結界もあるだろうけど、この周囲には今私達以外誰もいないのは改めて確認したから」


 乙女の秘密は大事なので、ステータスで周囲に誰もいない事をしっかと確認してから、私は言った。


「伊馬さんは――守尋くんの事が、男の子として好き、なんだよね?」

「――ええ。大好き。巧の事、ずっとずっと好きだったし、これからもそれはきっと変わらない――」


 守尋くんの事を思い浮かべているのか、その時の伊馬さんの顔は、本当に恋する乙女で――かわいかった。


「よかった、間違ってなかった。

 えと、だったら、大丈夫だよ。

 私は確かに守尋くんに好感を抱いている所もあるけど、あくまで人として、友達としてだから」

「――ほ ん と う に ?」


 瞬間、先程までの怖い雰囲気に戻るので思わずビックゥゥゥッ!と身が震える。

 でも眼だけは逸らさずに、私は首を縦に何度も何度も振った。全力で。


「も、勿論ですとも! ジャスト ア フレンドあくまで友達! フレンドでございます!!」

「――ノット ア ラバー恋人ではない?」

「イエスイエスイエス!! フレンド! あくまでフレンド!」

「……そう、なの」


 そうポツリと呟いてから彼女は瞑目した。若干表情が緩んだ――ような気がする。

 も、もう少しで疑いが晴れそう――うん、大丈夫、話した事に嘘偽りはないのだし、ちゃんと分かってもらえるはず――。


「じゃあ、さっき――巧とは何を話していたの?」

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