㉒ 彼に出来る事、私に出来る事
「――断る」
自分も鍛えてほしい、そんな
「紫苑を鍛えるのは、そもそもラルの頼みから始まって、この子の人となりや覚悟から判断した事だ。
お前みたいなプライドが高い奴が頭を下げる意味や価値は分かる。
その意志は十分に伝わった。
だが、お前を鍛えるきっかけも理由もない以上――」
そこまで考えて、師匠は考え込むと私・
「紫苑、コイツの――ステータス、か。この単語久しぶりに使ったな。
俺に教えてくれるか?」
「――えっと、堅砂くん、いいかな」
「ああ、構わない。むしろ頼む」
その言葉を受けて、私はステータス欄を展開――そういえばレーラちゃんのステータスも見れるんだなぁと名前表示で確認。
っと、今は堅砂くんのステータスを。
もしかしたら師匠が堅砂くんを鍛えてくれるかもしれないのだし、考えが変わらない内に。
前も見させてもらった堅砂くんのステータスは、私と比較して全体的に体力より知力・魔力寄りだ。
師匠も言っていたが、私は魔力属性がない――属性による補正がないのだが、堅砂くんはなんと全種の属性に補正が掛かっている。
MPに関しては驚くべき事に1000を越えており、クラスでは第二位だった。
――ちなみに私もそこそこ高めでクラスでは8位です。
自慢したり比較したりするつもりはないけれど、それはそれとしてちょっと嬉しくなったり、そんな自分が少し嫌だったり、複雑です。
というか、あれ?
堅砂くん、少し前に見た時はなかったのに、いつの間にか魔術の項目に十個以上の新しい項目が――!
「すごい……!
堅砂くん、いつの間にこんなに魔術を覚えてたの?!」
思わず堅砂くんに視線を送ると、彼は「ふん」と息を零して、つまらなそうに答えた。
「昨日だよ。図書館で色々本を読んだだろう?
そこで簡単な魔術の文法は暗記して、幾つかそこからバリエーションを作ってみた。
魔術は一種のプログラムみたいなものらしいからな、簡単なものなら類推して作るのは難しくなかった。
まだテストしていないから実戦に耐え得るかは分からないけどな」
「おおー……やっぱり頭良いなぁ、堅砂くん。
――あ。あの、師匠」
「ん?」
「私が使った魔力の塊の魔法、魔術の要素を付け加えて強化する事ってできますか?」
「ああ、出来るはずだ。
元々使ってる魔法に魔術用の呪文や魔法陣なんかを加えて改造するのはそこそこ行われてることだな。
結構難しいから、有効活用してるのは少ないだろうが」
「なるほど――あの、堅砂くん」
「そういうコツを教えてほしいって話なら構わないぞ。
むしろそういう意見交換の為にも八重垣と手を組んだわけだしな」
「ありがとう、それはすごく助かるよー!」
あっさりと了解してくれたので即座にお礼を告げる。
例えば魔法による防壁なんかを作ったとして、それを強化できるのなら、大いに助かる場面も多いのではないだろうか。
今の所絵に描いた餅だが、実際に餅にする努力をする意味合いは大きい。
でも、それはそれとして。
「――でも交換って、私は何か教えられるような事、あんまりない気がするけど」
そう。
堅砂くんの頭の良さと交換できるような知識は私にはないと思うのだが。
疲れたのか、うとうとし始めたレーラちゃんを抱きかかえながら、そんな疑念を込めた視線を向けると、堅砂くんは呆れた様子で呟いた。
「あるだろ。今君が見てるステータスだ。
そこには魔法がどういうものかとか、どのくらい消費した上で、どういう範囲で発動するのかとか書いてあるんだろう?」
「あ、うん。それは――確かに表示されてる」
「それがないと俺は魔術の使用や消費について体感で把握するしかない。
だが、君がいてくれるのなら適切な運用が常に可能になる。
これは戦闘において大きなアドバンテージになる」
なるほど、と納得する。
自分が使う魔術や魔法の消耗がどの程度なのか把握しているかいないかは確かに重要だろう。
いざという時魔力切れで使用できませんでした、はシャレにならない。
「確かに、基本的に冒険者の大半はその手について体で覚えてる奴が多いからな。
それを雑にした結果、相手を圧倒出来る力を持っていながら、大雑把に使用して力尽きて、逆襲されるってのはよくある事だ。
だから自分の使う力についてちゃんと把握しておくのは、冒険者としては必須技能なのさ」
堅砂くんの言葉を受けて解説してくれた師匠は、チラリとこちらに視線を送って小さく笑った。
「異世界の連中はどうもそれが当たり前の能力だと勘違いしてるのが多くてな。
自分でそれを把握できる『贈り物』を選んだお前は、中々に賢い」
「そ、そうですか――」
褒められてちょっと嬉しくなる私――それが師匠みたいな一人前の冒険者からなら尚の事ですね、えへへ。
調子に乗ってつもりはないのだが、そう見えたのか堅砂くんからクールな指摘が飛んだ。
「緩んだ見苦しい顔になってるぞ八重垣」
「あ、はい、ごめんなさい。
でも、そうだとするとこの世界にはそういう能力、魔法とか魔術はないんですか?」
「似たような効果の道具は高価だが存在してるな。
まぁ冒険者がそれを買える位の強さになっている頃合いには、無用の長物になっている場合が多いが」
なるほど。
自身の能力、強さを把握できるような強さに到達した後だとわざわざ買う意味がないのか。
でも、それを必要とする時期には高過ぎる――中々難儀というか皮肉というか。
「じゃあ、そろそろ俺にコイツの数値を教えてくれないか?」
「あ、すみません。うっかりしてました」
思いっきり本題を忘れていた事に顔を赤くしつつ、私は堅砂くんのステータスについて伝えた。
所持している魔法についても堅砂くんの許可を得て話すと――師匠は、若干人が悪そうな感じでほくそ笑んだ。
「なるほどなるほど。堅砂――下の名前は?」
「
「いいだろう、一、お前にも鍛錬を施してやる」
「ありがたい、ですが。どういう意図があってか聞いてもいいですか?」
「今更口調は取り繕わなくていいぞ。鍛える理由もお前の為って訳じゃないからな」
「――それは助かる。で、意図については?」
「簡単だよ。
紫苑を鍛えるにあたっての仮想敵や魔法・魔術への対処への良い教材代わりになりそうだからな。
その為に、実戦に耐え得る魔術師として鍛え上げてやる」
「あの、師匠それはちょっとあんまりなのでは――」
流石に自分の為にそんな扱いになるのはどうかと思い、私は声を上げる。
だが、それを他ならぬ堅砂くんが否定した。
「いや、八重垣。俺はそれでいい」
「いいの? 色々私に合わせる形になっちゃうんじゃないかって思うんだけど」
「どの道暫くはお前と一緒に行動する事になるだろうからな、手の内を知っておきたい。
それに――どんな理由であれ、これほど強い人間に鍛えられる機会を逃すわけにはいかない」
半ば睨み付けるように、自分よりも僅かに大柄な師匠を見上げる堅砂くん。
その視線には強い意志が込められている事がヒシヒシと伝わってくる。
そして、師匠はその視線を真っ向から受け止めた上で、不敵に笑ってみせた。
「良い判断だ。まぁ紫苑を鍛えるついでのおまけになるかどうかはお前次第だ。
精々努力するといい」
「言われるまでもない。こちらが主目的になる程に強くなってみせるさ」
そう言って二人はどこか楽しげに笑みを交わし合う――うーん、この二人、結構仲が良いのかも、そう思って、つい表情が緩んでしまう私であった。
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