㉓ トラブルは続くよ、何処までも
ともあれ、こうして私・
――なのだが、それが決定して以降は、今日私の身体に掛かった負荷を考慮して、ほぼ座学になった。
私としては引き続き身体を全力で使った鍛錬でも、と思っていたのだが、全力というのは本人が思った以上に消耗するものなので、無理をすれば明日に響くからと説得された。
だが、それもまた大いに有益な時間であり、冒険者としての注意事項を多く学ぶ事が出来た。
そういうこの世界の、冒険者の常識については、私達には欠けている部分なので、現役の冒険者からお話を聞けたのは大きかったと思う。
――事実、師匠からの座学は、今後多くの場面で私達を助けていく事になる――
「よし、今日はここまでにするか」
簡単な武器の扱い、型について、軽く身体を動かしながらひととおりこなした後、師匠が今日の鍛錬の終わりを告げた。
「明日は、今日の本来の予定での開始でいいか?」
「はい、師匠がよろしければ是非」
「ああ、じゃあ、そういう感じでな」
「ありがとうございました……!」
「ありがとうございました」
私が御礼を述べた後、どこかぶっきらぼうに堅砂くんも続く。
――それでいいのかなぁとは思ったが、師匠も特に気に障った様子もなかったので(いい――ん、だよね?)と戸惑いつつも、声には出さなかった。
ちなみにレーラちゃんは座学の途中で起きたのだが、師匠がどこからか取り出した絵本を渡すとそれに読みハマって、今もまだ夢中で読んでいる最中だった。
「レーラちゃん、そろそろ帰るよー?」
「あ、はーい……このご本、またきたときによんでもいい?」
おそるおそる尋ねるレーラちゃんに、師匠はしゃがみ込んで頭を撫でながら優しく微笑んだ。
「ああ、読んでいい。続きもちゃんと準備しておくからな」
「――――ありがとう、ししょう」
「どういたしまして」
どうやら私が余計な世話を焼く必要なく和解できたようで、すごくほっこり。
――ちなみに堅砂くんも、横でうんうんと何かしら頷いているようなので、同じ気持ちなのかもしれない。
「これから大変だろうが、まぁがんばれ。――お前達に赤竜王のご加護があらん事を」
赤竜王。
それはこの辺り一帯を守護する、世界を見守る魔物を超越した守護神獣の一体。
世界に八体いる
だが、マナの減少ゆえか、別の理由からか、彼らの半数は行方不明の状態らしい。
赤竜王も五年前から存在を確認できず、それゆえにこの辺りは魔物の活動が日増しになっている状態なのだという。
ゆえに魔物退治の冒険者は一人でも多い方がいいとの事だ。
――早く一人前にならなければ。
ともあれ、そうして私達はひとまずの帰途に就いた。
「――ねぇ堅砂くん」
寮へと歩いていく最中――再びレーラちゃんが眠たそうにしていたので、図書館に寄る予定を変更、一時寮へと帰る事となった――私は、並んで歩く彼に問うた。
背中で眠るレーラちゃんを起こさないように気を付けながら。
「堅砂くん、なんだか、急いでない?」
「――速足だったか?」
「あ、ごめん、そういう事じゃなくて、なんだか昨日から切羽詰まってるみたいな感じがしたから」
「どうしてそう思う?」
「うーん、なんとなく。
ただ、私と手を組んだり、魔術をたくさん覚えてたり、今日も一緒に師匠に会いに行ったりで――なるべく無駄を、時間のロスをなくそうとしてるような、そんな気がしたから」
「なるほど。変な所で察しが良いな。――まぁそうだな。急いでいる、ような気はしてる。
正直に言えば、俺にもよく分からないんだ」
そう言うと、堅砂くんは前を見据えて、独り言のように呟いた。
「なんだか、急いで帰らなくちゃならないような、焦燥感とまでは言わないが、何か引っかかるような感覚があるんだ」
「元の世界に?」
「おそらくはそうだろう。
ここに来る以前の経緯を思い出せてないから、その辺りに何かあるのかもしれないが――
まぁ気にしなくていい。俺の問題だ。君を急かしたりするつもりはない」
そこで、貴方だけの問題じゃない、そう言えるほど私達の関係は深くない。
基本クラスメートで、手を組んだ間柄で、かろうじて友達とまでは言えるかもしれないが、それ以上ではない、よね。
だけど。
「――なるべく、早く帰りたいね」
何も言わずにはいられなかったので、せめてもの思いでそう呟く。
そうすると、堅砂くんは一瞬何事かを考え込んだ後、小さく笑った。
「なんだ。八重垣はこの世界を満喫したいと思ってるんじゃないかとばかり」
「そういうつもりはないよー 私だって帰りたくないわけじゃないし。
ただ、今はどう帰ればいいのかの見当もつかないから――それなら、ちゃんと真面目に生きていたいと思ってるだけ」
帰る手段が見つかったらどうするか――その時は帰る事を選択するとは思うのだが、今の所その為の手段すらあやふやな状況だ。
見つかった時、それまで
今はまだ想像すらままならない。
なんせ帰りたいという焦燥感すら何故かあやふやなのだから。
「真面目に生きるか――この状況でよく言えるな。大したものだ」
「むぅ」
褒めているのか皮肉なのか分からず、私は何とも言えず考え込む。
「ずっとそう言い続ける事ができるのなら、きっとそれは素晴らしい。精々頑張るといいさ」
「――うん、そうしてみるね」
そんな会話を交わしている内に、私達はレートヴァ教の施設たる、今は私達が使わせてもらっている寮の敷地へと到着した――のだが。
「なんだ? 昨日とは違って今日は騒がしいが」
昨日もそうであったように庭先でクラスメート達が集まっていた。
皆沈んでいた昨日と違うのは、今日はやけに騒がしく――だというのに、人数が若干少なかった。
憤りというか、興奮というか、そんな雰囲気が伝わってくる。
「――あ、
周囲を見渡して、近くに酒高ハルさん――読書仲間で、時々互いに好きな本を交換したりしていた――の姿を認めた私は、事情を知りたくて話しかけた。
「えと――なんだか騒がしいけど、何かあったか知ってるかな?」
すると彼女は少し不安そうに、眉を顰めながら小さな声で言った。
「――私も聴いたばかりなんだけど。
「えぇ?!」
「――どこへ行ったかは分かるか?」
堅砂くんが尋ねると、酒高さんは少し顔を赤らめつつ、困ったような表情はそのままにこう答えた。
「領主の息子さんに誘われて、彼の仲間になって、付いていっちゃったんだって」
――その言葉に、私は。
「えと、堅砂くん――私、皆の足並揃ってると思ってたけど、違ってたみたい……」
「気にするな。俺もまさかここまでアイツらがバカだとは思ってなかった……」
いや、私達はただただ心が疲れ切り、溜息を吐く事しかできなかった。
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