86 後片付けまでが冒険です・3

 ファージ様達に完全包囲される少し前。

 私達はラル――レートヴァ教の聖導師長たる彼女の言葉で、ひとまず安堵、詳しい状況整理やそれぞれの回復の時間を取った。


 戦いの最中、党団とうだん『酔い明けの日々』の皆さんが状況報告に向かってくださっていたので、彼らもしくは彼らの要請を受けた領主様の軍がこちらに来てくれるだろうと考え、ここで待つ間にすべき事をしておこう、という事になったのだ。


「場合によってはひと悶着あるかもわからないしな」


 というのは、このクラスで一番の切れ者だろうはじめくんの言葉である。

 私的にはラルの言う通り、話せばわかってくれるだろうという言葉を信じたいけれど、国宝級の代物を壊したのだから最悪の状況――全員捕らえられた上での死刑を考えないわけにはいかないだろう。


「――改めて思ったんだけど、蘇生契約がある上での死刑ってどうなってるんだろうね」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは大きく砕け割れた神域結晶球の側に落としたヴァレドリオンを拾い上げながら呟いた。


「契約を破棄した上で死刑になるんじゃないか?

 そうでないと死刑損だ」

「死刑損ってすごい言葉だね……まぁでも、実際そうかも」


 殺しても蘇るような状態での死に値する罰の執行に意味があるのかないのか――

 少なくとも死の苦しみは与えられても罰としての意味は半減するだろうしなぁ。


はじめくんの推察どおりね」


 と、そこに、こちらの会話を聞いていたらしい、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンを眺めていたラルが入ってきた。

  

「少なくともこの地域では死罪に値するものが蘇生契約をしていた場合、レートヴァ教により解除される事が決まっているわ。

 その上で刑が執り行われて……罰は確実に下される。

 ただ貴方達異世界人の場合は――死刑になったとしても、本当の意味で死に至るかどうかというと微妙な所ね」


 私達は死んだとしても元の世界に戻る事になる、確かそういう話だったと思い出す。

 私は一度死んだ際にその辺りの機構をなんとなく理解していた。


 死んだら魂が生と死の狭間のような場所に送られて落下していくのだけど、蘇生契約を交わしている場合命綱を掴む事が出来て、それにより蘇生へと導かれる――多分そういう流れだ。


 普通の――この世界に生きる人は、契約がない場合、もしくは契約が失われた場合、同じ流れでその場で魂を砕かれて死に至るんだろうけど、どうも異世界人は違うようだ。

  

 異世界人の場合は、多分魂が完全に砕かれる前に、落下先にあった光の穴――おそらく私達の世界への出入り口に呑み込まれる事で本来の世界へと帰還できる――のだろう。

 なんとなくそうなるだろうという確信があの時の私にはあった。


 正直、気になる事は幾つかある。

 何故死ぬと魂があそこに――私達とラル達の世界、両方ともに繋がっている場所に送られるのか。

 諦めて本来の世界に戻った際、私達のこの世界での経験は、記憶はどうなるのか。

 死ぬ事での帰還は、本来の世界で何らかの悪影響デメリットを生まないのか――などなど。


 しかし、この辺りは実際にそうなってみないと分からない事だ。

 ラル曰く、レートヴァ教の『異世界人の行末については語れない』という教義に引っかかっているし、彼女達もその場合どうなるかを教えで伝え聞いているだけで実際の所は分からないらしい。


 私的にも、あそこにもう一度わざわざ行こうなんて気には正直ならない。

 『死』は容易く言語化できない表現できない程の凄まじい苦しみで、あれをわざと経験したいなんてのは正気の沙汰じゃないからだ。


 閑話休題。

 つまるところ、私達がこの世界で死刑になったとしても――


「死刑の意味があるかどうかは不明瞭、か。

 なんというか、俺的には納得しかねるもんだな」


 ちゃんとしていないもの――筋や理屈が通っていないものを嫌うはじめくんらしいと言えばらしい。

 死刑となって当たり前の犯罪を行った異世界人が、罪の清算を果たさずに『逃げる』可能性を考えているんだろう。


 ちなみに、私は死んだ時の事についてはじめくんやクラスのみんなに話しているので、私の認識によるこの世界での生き死に・蘇生についての大体は皆の知る所である。


 機会があってラルにも話して確認して見た所、私の認識で概ね間違いないとの事だった。

 話せない所があるので正確には違う点もあるらしいけど。


「それで、ヴァレドリオンはどうだ?」

「うん――やっぱり、壊れちゃったみたい」


 最後の局面で、先端から皹が入り一部砕けてしまったヴァレドリオン。

 魔力を込めて起動を試みたが――薄く光るのみで光刃を生み出す事は出来なくなっていた。

 

「無茶させちゃったからなぁ――ごめんね、ヴァレドリオン」


 私は謝罪と共に切先を優しく撫でた。

 何が伝わるわけでもないかもしれないけれど――そうしないではいられなかった。


「いや、意志があるわけでもないし謝罪はいらないと思うが」

「うん、まぁそうかもだけど。時々はじめくんドライだなぁ……

 ヴァレドリオンが無かったら私達勝てなかったかもしれないんだよ?」


 思わず私がちょっと憮然とした表情になってしまった、その時だった。


『――――確かに、その魔循兵装がなければ汝らの勝利は難しかったろうな』


 唐突にそんな声が私達に響いてきた。

 声の主は他でもない、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンだった。

 声の主が声の主なので驚きながら構える人もいたけれど――私はなんとなくので、皆に少し慌てて呼び掛けた。


「あ、えと、皆大丈夫だよ。もうこのドラゴンさんは敵じゃないから」


 倒しても私の【ステータス】上で存在の表示自体が消えなかった事、その表示も敵を示す赤字表記でなくなっていた事から、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの意志はまだこの場にとどまっている事、その意志は最早敵対でなくなっていた事を私はなんとなく理解していたのだ。


「それで、何か用か?」


 皆が安堵の息をついたり、一部完全には警戒を解かずにいる中、私が【思考通話テレパシー・トーク】で事前に連絡していたはじめくんは驚く事なくドラゴンさんに問い掛けた。


 ドラゴンさんは倒れたまま身体も口も動かす事なく――HP0なのでもう行動そのものが出来ないのだろう――威厳ある声で答えた。


『大した用事ではない――果てしない力量差を覆して我を倒し、それにより我を憎悪から解き放った汝らへの賞賛と感謝、そして忠告のために少し話そうと思っただけだ。

 汝らが為した事、実に見事だった。この経験は大きな力となる……。

 これから先汝らが時に道に迷い、地に蹲る時が来ても、此度の事を思い返すと良い。

 汝らは影法師とは言え、神に近しい存在を打倒しえたのだ。

 その結束が続く限り、汝らに勝てないものはないと我が保障しよう。

 努々忘れる事ないようにな』

「――ふむ。アンタに保証されても、と思わないでもないが」

はじめくん……」


 先程も感じたドライさで発言するはじめくんに釘を刺すとまではやり過ぎな気がしたので、画鋲くらいのつもりの声音で刺しておく。

 はじめくんが良い人なのは重々分かってはいるけど、それはそれ、彼との約束でもあるので。

 それを受けた彼は、気まずそうに「ん」と零してから言葉を続けた。


「その心遣いには感謝しておこう。それで、忠告の方は?」

『――異世界人達よ。

 汝らがこの先どのような道を辿るかは分からぬが、くれぐれも負の感情に捉われ過ぎぬようにな。

 幾多の戦いの中、味方であったものが敵になる事もあるが、その逆も起こるだろう。

 眼前への憎悪の否定はせぬが、それだけに視界を、思考を奪われてはならぬ。

 それは文字どおりの魔に至る道だ』

「実に説得力のある言葉だな。覚えておこう」

『比喩表現だけではないのだがな……汝らの中には――――いや、やめておこう。

 どうやら悪意はないようだ。無駄に事を荒立てる必要はあるまい。

 他は――そうだな……八重垣紫苑』 

「え? わ、私ですか?」


 いきなり名指しされて、私は慌てふためき佇まいを正した。

 その様子が面白かったのか、どこか笑みを感じさせる穏やかな口調でドラゴンさんは言った。


『その魔循兵装は大切に所持を続けよ。

 それは汝の運命そのものであり、同時に汝らの運命を切り開く為に受け継がれたものなのだから。

 そして忘れるな……汝は他の誰でもない、八重垣紫苑なのだという事を』


 ドラゴンさんの言葉の意味、現時点での私では半分も恐らく理解できていないのだろう。

 すごく大事な事を教えてくださっているのだろうに、と悔しさと申し訳なさで小さく唇を噛んだ。

 だけど、ドラゴンさんが私を心配してくださっている気持ちはきっと間違いないと感じ、私は強い意志を込めて言葉を返した。


「――お言葉、忘れません。

 ご心配誠にありがとうございました」

『うむ。今はまだ理解が及ばぬだろうが――いずれ分かる。気負い過ぎる事のないようにな。

 それもまた魔に至る道の可能性ゆえに。

 あとは――――ああ、そうだ。ファージの息子よ』

「――――?!」


 自分に話が回ってくるとは思っていなかったのか、コーソムさんはさっきの私と同じく慌てて佇まいを正す。

 そうして自身に視線を向けた彼に、ドラゴンさんは重々しくも――戦闘の時とはかけ離れた穏やかさで告げた。


『汝の母、所縁ゆかりが何故この世界を去ったのかの真意は我の知る所ではない――が、汝への愛情は間違いなく存在していた。

 汝は父母の愛と共に望まれて生まれた命なのだ……己が存在を不安に思う必要はない。

 この先明らかになる汝の家族の真実が――世界や汝にとって残酷なものであったとしても、だ』

「…………お心遣いに、感謝を」


 コーソムさんはそう言うと、跪いてドラゴンさんへと頭を下げた。

 おそらくこの世界での礼儀作法による感謝の意なのだろう。

 内心はきっと私と同様に困惑もあり複雑なのだろうけど――それでも感謝の意を示した姿は、ファージ様を彷彿とさせた。


『うむ――――そんな、所か。

 ラルエルは――近く私自身が神託を下すであろう。己が責務を果たすがよい』

「……!! 了解致しました。

 偉大なるもの影。滅びゆく貴方に幸いあらん事を」

『滅びゆく世界にある汝らもな。

 改めて、汝らに詫びておこう。

 降り積もった結果とはゆえ下らぬ憎悪による行動に奔走させた事、すまなんだ。

 いずれ我に宿った憎悪と同質のもの……いや、汝らの勝利を我は信じている――』


 その言葉を最後に――ドラゴンさん……世界への憎悪に身を焦がせていた屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの言葉は途絶えた。

 躊躇いながらも開いた【ステータス】、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの表示は今度こそ完全に消え去っていた――――。


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