85 後片付けまでが冒険です・2

 ――――――――――それから数分後。


「皆様、見事な団結の力でございました。

 結界内の安全確認の依頼――ここに完遂した事を、私、レートヴァ教・聖導師長ラルエル、確かに見届けました」


 何事もなかったかのようにラルが端麗さと威厳を兼ね合わせた言葉で、私達の依頼完遂を告げてくれた――――んだけど。

 さっきまで私・八重垣やえがき紫苑しおんに抱き着いて――何と言いますか――まぁ、その、我を忘れていた様子だったので、私達の大半は何とも言えない表情でリアクションに困っていたり。

 

「すごいな――あれだけ八重垣さんを愛でてたのに即座に真顔であれを言えるのは尊敬に値すると思う」

「ああ、うん、まぁ私もそう思うけどね、巧」

「少なくともそうそう出来る事じゃないよな――」

「ゴホンゴホン」


 ひそひそとラルについて語る守尋もりひろくん達の言葉を隠すように、そして場を整える為に咳払いをしたのはクラス委員長の河久かわひさうしおくん。

 彼は私達を見回して……多分同じように話している人がいないか確認していたんだろう……から、ラルに向き直って口を開いた。


「ラルエル様、見届け誠にありがとうございます。

 そして、ここに至るまで至らぬ所ばかりで見届け人たるラルエル様さえも危険に晒してしまっていた事、代表してお詫びいたします」


 あれだけ色々あった後も、しっかと冷静にクラス委員長としての責任を果たす河久くんは流石だなぁとシミジミ思う。

 私達がクラス一丸……一時離れている人もいるけれど……となって行動出来ているのは、紆余曲折を経ても最終的にまとめてくれる河久くんの存在あればこそ。

 さらに言えば、今回は戦闘に不慣れなのに『贈り物』を駆使して奮闘してくれてもいたので、足を向けては眠れないなぁと思う次第です。


 いや、それを言えば、だ。

 今回、ここにいる皆の誰が欠けても屍赤竜リボーン・レッドドラゴンには勝てなかっただろう。

 気質的に戦いに向かない優しい人達でさえ、最後まで一緒になって立ち向かってくれた事――私はただただすごいなぁと皆に尊敬の念を改めて抱いていた。

 戦う手段を身につけ、ある程度戦いに慣れてきた私でさえ、どんな戦いであっても恐怖から離れられないでいる。

 だというのに、戦いに参加した事が少ない、あるいは戦いの現場に来た事さえなかった人達が、戦う手段が少なくても逃げるわけにはいかないと今回協力・同行を申し出てくれたのは……相当の勇気がないと出来ない事だと思う。

 私のクラスメート達は――本当にすごい人達ばかりだ。


「潮様、そして皆様もどうかお気になさらず。

 ここにいるのは私の役目ですので。

 それに――とても良きものを見る事が出来ました。

 どんなに強大な相手であっても、例え己が力が届かずとも、為すべき事から逃げず責任を全うする皆様のお姿は、とても貴く美しかったです」


 そう思っていたのは私だけではなかったようだ。

 ラルは私達全員を見回しつつ、たおやかに微笑んでいた。


「私の知る異世界人と貴方方は違うのだと――やはり、異世界人がみな力に溺れるわけではないのだと改めて信じる事が出来ました。

 貴方達の気高い戦いに心からの感謝を」

「お言葉痛み入ります。

 ですが元を糺せば、こちらの不手際ですので――」


 そう言いながら河久くんが視線を向けた先に、私達も自然視線が向く。

 そこには眠ったまま揃って簀巻きにされている寺虎てらこくん、永近ながちかくん、様臣さまおみくん。

 意気消沈して何も語らず地面に座り込み、ただ俯いたままの阿久夜あくやさん。

 そしてそんな四人を見張っていると思しき、私達に降参した麻邑あさむらさん、正代ただしろさん、つばさくんがいた。


 私達の視線に気づいた三人は、


「マジでごめんね」

「言い訳のしようもない」

「いや、ホントすみません」


 と三者三様の言葉で頭を下げていた。

 実際の所、この三人は寺虎くん達の行動に巻き込まれた側面が強いので、私的にはあまり怒る気にはなれない。

 ただ、他の人の思う所はまた違うだろうし、彼ら七人での行動の余波が大きい以上、無罪とは言い切れないのが難しい所だ。


 そして彼らの近くに所在なさげに立ち、こちらに視線を送っているコーソムさんについても、それは同じだ。

 私的には今回コーソムさんがいなければ勝てなかったと思うし、そもそも深く反省した上で私達への贖罪の為に動いてくれていたので、寺虎くん達とは根本的に立場が違うと思っている――んだけど。

 それをファージ様、もしくは今回の事を判断する方々にどこまで信じてもらえるかが難しい。

 いざという時は全力で証言させてもらうつもりだけど――異世界人という特殊な立場上、それもどこまで役に立つのか不安ではある。

 

「彼らの事についてはまた改めて話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません――今は、他に優先すべき事柄がありますものね」


 そうして二人が視線を向けた先には、私が砕いて真っ二つになった神域結晶球が転がっていた。

 ――まぁ、その、他に手段がなかったとは言え、破壊した当人である私的には何とも言えない気持ちです、はい。


「実際、どうしたらいいのでしょう、ラルエル様」


 苦悩と悲壮感がこちらにも伝わってくる表情の河久くん――それを見ていると只管に胸が痛くなる。

 本当は私が責任を取りますと言いたい所なんだけど、さっきそれを皆に止めてもらった手前、すごく言い出し難いっ――!

 ぐぐ、それでもいざという時は、私が――!!


「えと、その――」

「――我々としては誰か一人に責任を負わせたくはないと思っております」

「ああ」

「そうよね」

「同感だ」

「そうだよね」

「うんうん」

「それはない」

「まさかこの期に及んで『私が責任を取ります』なんて言い出す輩はいないよな?」


 とりあえず提案だけはしておこうかと口を開きかけた瞬間、河久くんの言葉に皆が口々に頷いていき、とどめにはじめくんが締めて、頷いた全員が私に視線を送ってきた。


 ぐぐ、察しが悪い私にも分かる――!    

 皆が『お前はとりあえず黙ってろ』と言っているのが――!!

 心配してもらえるのは嬉しいけど、冷ためな視線が辛いので複雑です。


 そうなってしまえば私は何も言えず、押し黙る事しかできなかった。

 そんな私に苦笑しつつ、ラルエルは言った。


「御心配には及びません。

 一番最初に死刑と言ったのは私の手前、皆様を不安にさせてしまって申し訳なく思います。

 確かに神域結晶球は神具で、掛け替えのなさは紛れもない事実ではありますが――

 破壊しなければ事態の収拾が叶わなかったのは明らか。

 その辺りを他ならぬ私が説けば、ファージも――ファージ様も理解してくださるでしょう」


 その穏やかなれど自信に溢れた言葉に、不安を感じていた私達は少なからず安堵した――んだけどね、うん。

 悲しい事に、現実はそう甘くはなかった。


「――――――事態は理解したが、それではいそうですかとはなるまい」

「なりませんか?」

「ならんな」

「――なりませんか?」

「ならん」

「私に免じて――」

「ならんと言ってるだろうが。ひとまず全員捕えさせてもらう」


 それから暫し後。

 私達は領主たるファージ様が率いて連れてきた騎士団、兵士の皆様に武器を突きつけられ、完全包囲される事態となっていた――いや、これ、どうしましょう、マジで。 

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