87 後片付けまでが冒険です・4
「――――なんか、ずっと世界を滅ぼすとか言ってたヤツとは思えない終わりだったな」
声を発しなくなった
その言葉に、皆の怪我の様子を調べて、必要であれば治療を施していた
「多分神域結晶球が壊れた事で、そういうのから解放されたんじゃないの?」
「だろうな――あれにはいろんな憎悪が詰まってたって話だし、それが抜けたらそこに残るのは、この地を守るドラゴンだったんだろ」
結晶球を破壊した後、声を掛けてきた時の雰囲気は赤竜王――エグザ様に近かった。
いや、殆ど同じと言っていいんだろう……元々はエグザ様を主体とした、形にならない憎悪の塊で、そこから憎悪を差し引いたわけなのだから。
「……かわいそう」
「でも、僕達には壊すしかできなかったし、本人も満足そうだったんだからいいんじゃない?」
倒すしかなかったというのは正直心苦しく思う。
でも、あのまま放置していれば世界を滅ぼしていた――少なくともレイラルド領はただでは済まなかった。
――――憎悪を残す事なく、互いに交わす事なく終えられたのは不幸中の幸い、だったのかもしれない。
「ま、こっちはそれでいいけど――あっちはどうしたものか」
そう呟いた瞬間、彼女の視線が向いたのは
「あ、俺達のこと、真満ちゃん? ――いや、ホント反省してるから、うん」
視線と言葉が自分達に向けられていると気付いて、
そんな彼に網家さんは何とも言えない視線を送ったまま言った。
「アンタは――ううん、アンタと
他の4人……特に
網家さんが指摘した4人のうち、未だに
そして
これからについて話そうにも正直難しい状況にある。
「仮に一万歩位譲って、よしんば私達はいいとしても――領主様達、この世界の人達はそうはいかないし」
他の皆も同じ思いなのか、それぞれ頷いたり同意の言葉を呟いたりしていた。
私としてはクラスメートであり、この世界での数少ない同胞なので、何か少しでも歩み寄れる部分があれば良いとは思っている。
だけど、今回起こった事が下手をすればこの領地、世界に大きな傷を与えかねないものだったので、そう簡単にいく事じゃないのが難しい。
仮に私達が阿久夜さん達と話し合いで和解したとしてもそれは内輪の話でしかなく、この世界の人達からすれば私達全体がこの事への責任をどう取るか、どう向き合うかが重要だろうし。
「ホント、どうしたもんだか」
「それについては、ファージ様に訊いてみる他ないだろう。
少なくとも、俺達だけで判断できる事じゃない」
溜息を吐く網家さんに
実際そのとおりだろう。
最終的に結界領域内で決着がついたとは言え、未遂となった事柄が大き過ぎて私達だけで片づけていい問題じゃない。
公平であろうファージ様に委ねるのが一番だろう――――
「――噂をすれば影だな」
そんな時だった。
遠くからたくさんの足音が鎧や武具が軋む金属音と共に響いてきた。
数からしてファージ様が連れてきてくださった、
「なんか囲まれてないか?」
「どう見てもそうよね」
守尋くんと伊馬さんの言葉どおり、やってきてくださった数十、いや数百の人々は足を止める事なく、私達を大きく取り囲んでいった。
その事に私達が戸惑っていると、ややあってこの地の領主たるファージ様が馬に乗ったまま前に――私達の近くへとやってきた。
「結界が消え果てていたからよもやと思ったが――」
彼の視線は――前に出る途中一瞬だけコーソムさんに向けられた後――大きく砕かれ割れた神域結晶球に注がれていた。
そしてその表情はこれ以上ないほどの渋面だった。
というか、やってきた皆さんの表情も同様か、あるいは凄まじく青ざめている。
いや、うん。分かっていたけれど、もしかしなくても嫌な予感しかしないなぁ、これ。
「
ドラゴン討伐を成し遂げた事は見事だが、これでは君達を英雄として迎える事は出来ない」
その言葉と共に、周囲の皆々様が一斉に剣や槍を抜き放ちこちらへと構えた――今にも突き刺さんとばかりの面持ちで。
――そんな時だった。
「お待ちください、ファージ様」
凛とした言葉と共に、気高さ、神々しさを感じさせる歩みでレートヴァ教・聖導師長たるラルエル……ラルが歩み出たのは。
手にした錫杖を地面に突き刺し鳴らしつつ周囲の人々に微笑みかける事で、多少なりとも気が昂っていた皆々様を牽制してのけたラルは、そのままファージ様に諸々の事情、状況を説明したのだけど。
「――――――事態は理解したが、それではいそうですかとはなるまい」
残念ながら平和的解決には至らなかった。
目を伏せて、これ以上ないほど苦悩した様子で呟くファージ様。
……多分、相当に私達の事情や状況を考慮してくださったのだろう。
異世界人などどうでもよければ、結晶球の破壊を確認した時点で速攻で私達を捕える筈だから。
だが、それを加味した上で無罪放免という訳にはいかない――そういう判断を下した、そういう事なのだ。
『当然だな。俺でもそう判断する』
『だよね……』
【
ラルの事を信じていなかった、という訳じゃなく。
事件が事件なので厳しい判断になるのも致し方ないというか。
ただ、ラル的には納得がいかなかったようでファージ様に問うた。
それはもう、色々な意味でイイ笑顔で。
「なりませんか?」
「ならんな」
「――なりませんか?」
「ならん」
「私に免じて――」
「ならんと言ってるだろうが。ひとまず全員捕えさせてもらう」
その言葉と共に、私達を囲んだ皆々様が一歩前進する。
そんな様子を目の当たりにしたラルは笑顔のまま呟いた。
「まったく、ファージくんは相変わらず頭の固い事で」
表面上は威厳を持ったままの微笑みなんだけど――私的には、こめかみをピクピクさせて怒気を零しているようにしか見えません。
そんな心情をおそらく私達よりも把握しているであろうファージ様は小さく息を吐いていた。
「固い固くないの問題じゃないし、君はそっちに肩入れし過ぎだ。
――もっとも、気持ちは分からなくはないが」
一瞬、ファージ様の視線が私へと向いた……気がした。
それを確かめる間もなく彼は言葉を続ける。
「だが、私はそうもいかん。
この地を守るという、先祖から続く神に託された役目ゆえに」
引き締めた表情からの言葉からは、強い意志が感じられた。
これはもう大人しく捕まるしかないのか、あるいは他の手段を……私達も説得を試みるか、あるいは――――。
その事を【
『では、その神そのものからそれを待つように命じられてはどうだ? ファージよ』
そんな、重々しく威厳を感じさせる声と幼く可愛らしい声、二つが重なった言葉が舞い降りてきたのは。
「――――まさか」
半ば気付きながらも声の主を追いかけて、視線を空へと送る。
その場に居合わせた全員が、同じ方向を見上げた先に彼女はいた。
両肩から赤い光の翼を展開させ、天高くから降りてくるその存在の事を、私は良く知っていた。
「レーラちゃん……いえ、エグザ様っ!?」
『うむ、その両方だ。八重垣紫苑』
思わず上げたその声に、彼女――肉体は紛れもなくレーラちゃんである、赤竜王エグザ様は満足げに笑ってみせた。
それはこの上ない神々しさと共に、レーラちゃんの無邪気な笑みも内包されているように、私には思えた――――。
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