88 後片付けまでが冒険です・5

「ああっ―――」

「おお……!!」

「これは、一体――!?」


 レーラちゃん――喋っていたであろうエグザ様は両方だと言っていたけど――が赤い光の翼で羽ばたきながら空から降りてくる様子を目の当たりにして、領主たるファージ様が連れてきた騎士さん達や兵士さん達は驚き……というより感動の声を漏らしていた。


 そう言えば、とスカード師匠が語っていた事を思い出す。

 レートヴァ教では『人の形をした何者かが空から来たる』という事が神の関与されている、だったっけ。

 ――――もしかしなくても、そのまま当てはまる事態なんじゃないだろうか、これ。

 

 ともあれ、エグザ様(レーラちゃん)はある程度の高さで降下を静止し、私達を見渡して告げた。

 ――――重々しい声と可愛い声を重ねたままで。


『我の事を知っている者、薄々理解している者、まったく知る由もない者それぞれいるようだな。

 であれば、まずは名乗ろう。

 我は赤竜王、エグザレドラ・オーヴァラーグだ』


 その言葉に多くの人がどよめいた――うん、まぁ、見た目小さな可愛い女の子が、守護神獣……この世界で神に最も近しい存在を名乗ったらそうもなるよね。

 事情を説明していたはじめくん以外のクラスメート達も大いに驚いていた。

 レーラちゃんがエグザ様の転生体である事は、本当は皆に共有すべきかとも思ったんだけど、事が事なので伏せておくべきだという一くんの判断に従って、皆には伏せていたからだ。 


 その一方で――――ラルはおそらく薄々気付いていたんだろう。

 驚いた様子を見せず、ただ静かに恭しく跪いていた。


『正確に言えば魂の転生体だな――と言っても、信じられぬものも多いだろう。

 ゆえにまずは証を立てるとしよう』


 そう言うとエグザ様は、その小さな手を広げて私達と激闘を繰り広げ、傷だらけの身体で倒れたままになっている屍赤竜リボーン・レッドドラゴンへと翳した。

 直後、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの身体の損傷が一瞬で再生され、傷一つない状態になった。

 ――って、え? ど、どういうことなんでしょう、これ?


「えええ?!」

「ちょ?!」

「あ、あれだけ苦戦したのにっ!?」


 その様子を見て、クラスのみんなは思わず驚愕と混乱に陥った。

 かくいう私も頭でクエスチョンマークが駆け巡っております。

 そんな私達に、エグザ様は何処か笑みを含めた言葉で言った。


『異世界人達よ、心配は無用だ。汝らの敵として蘇らせたりはせぬ。

 しかし、折角ほぼ万全の肉体となったのだからな――有効活用させてもらおうと思う。

 我がもう一つの肉体として』


 エグザ様の眼が赤く輝く。

 すると、肉体を再生させた屍赤竜リボーン・レッドドラゴン――いや赤竜王様の身体だったものがゆっくりと起き上がり鎮座した。

 それを見て満足げに頷いた後、エグザ様は飛翔、元々の身体だった存在の頭上にちょこんと着地、その場に座り込んだ。    

 

『『『お、おぉぉぉぉぉぉ!!』』』


 それを目の当たりにした騎士さん達――馬上にて状況に圧倒されたままだった人達は改めてハッとした様子で慌てて降りていく――や兵士さん達が感極まった様子で喚声を上げ、跪いていく。

 私達クラス一同もまた、皆さん達程ではないけれど圧倒されて、驚いたり言葉を失ったりの後、その場に跪いていった。


 ――まぁ、私達の場合跪いたのはこの世界の人達がそうしていくのを見て、そうした方がいいかなー、と思ったのが強いと思うけど。

 ただ、それでも眼前の存在に強い感銘を受けた事は皆同じだと思う。


 それというのも――『二人』が揃った瞬間に発せられた、何かしらの気配に圧倒されたからだ。

 視覚的に何かが見えた訳ではないけれど――神々しい光のオーラめいたものを私、否、私達この場に居合わせた全員が感じ取っているんだろう。

 転生した赤竜王の魂とその本来の肉体が揃った事で、本来の赤竜王様に限りなく近づいたって事なんだろうか。

 

 いや、実際すごいというかなんというか。

 私は、私の心の中でエグザ様と言葉を交わし、先程まで皆と一緒にその肉体と戦っていたわけだけど、そのどちらの時よりずっと凄まじい存在としての力を実感していた。

 辺り一帯が、神々しいって言葉の意味をこの上なく理解出来るような、そんな空間になっていると思う。

 それを本能で悟ってるんだろうか。

 騎士さん達が乗っていたお馬さん達も一様に座り込んで、頭を低くしていく。


『――――はじめくん、私すごく土下座したい気持ちになって来たんだけど』 

『しなくていいしなくていい。

 だが、正直心情は理解する。俺でさえ意味もなく頭を下げたくなった』


 思わず【思考通話テレパシー・トーク】で呟くと、はじめくんの呆れ声が帰ってきた。

 意味もなく――大体の事で極めて論理的なはじめくんでさえ、そう感じてしまうほどの存在感って事なんだろう。


 これが守護神獣――そうして私達がその存在に圧倒される中、ただ一人その場に変わらず立つ人がいた。


 頭こそ小さく下げていたが気圧される事なく立つその人は、ファージ様。

 負けじと雄々しいその姿は、この辺り一帯――レイラルド領を治める責任感や胆力、そういったものが感じられた。


『ふむ。悪くない。

 最初からこうできればよかったのだが、少し前まで我の存在力が弱まっていたがゆえな。

 それに朽ちた肉体を取り戻しても仕様がないとも思っていた。

 偶然が重なった結果とはいえ――いや、おそらくは運命なのだろうな。

 ともあれ、我が肉体の始末を押し付けて済まなんだな、異世界人達よ』

「…………い、いえ。

 私達が引き起こした事なので、その、勿体ない、お言葉です」


 私達を代表して、クラス委員長たる河久かわひさくんが言葉を返してくれた。

 動揺しながらもちゃんと責任もって返事してくれた河久くんに私は内心でたただだ感謝した。

 後で改めて御礼を言おう、うん。

  

『うむ。相変わらずの謙虚さ、責任感だな、河久かわひさうしお

「――!? ご、ご存じなのですか……?」

『無論だ。

 先程紫苑に答えたように、今の我は赤竜王・エグザレドラ・オーヴァラーグであると同時に、汝らが大切かつあたたかく見守ってくれていた孤児みなしごレーラでもあるゆえな。

 今言の葉を口にしている主体は我だが、意識は我ら共にある』


 そう言いながらエグザ様は私達クラス一同に向けてピースサインを形作った。

 私達との生活の中で覚えた、この世界には存在しない仕草ポーズは紛れもなくここにいるエグザ様がレーラちゃんでもある証だと、強く納得させるものだった。


 ――――それはそれとして。

 ささやかな疑問なのだけど、エグザ様は男の人なのか女の人なのか、ちょっと気になってしまう私だった――。

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