202 未だ秘された事柄と、想像を超えた提案――変わりゆく世界でも、地道さは大切に――⑥

「っていうかさ、わざわざ面倒なことしなくても、今の内に元の世界に帰っちゃ駄目な訳?」


 魔王城内の円卓の間。

 私達異世界召喚された面々のうち、ここに来る事が可能だった人だけ集まって、今後について話し合う中で角鈴かどすずさんが呟いた。


「確かこの世界で死んだ後、この世界で生き返るのを諦めたら、元の世界に帰れるかもって話だったよね?」

「うん、そういう事でいいはずだけど」


 話を勧めつつ、出されたお菓子も皆で大分平らげて、食後のフェーク――元の世界でのコーヒーに近い飲み物だ――を飲んでいた最中の言葉に、私・八重垣やえがき紫苑しおんは頷き、もう一人の私……姉さんへと視線を向けた。

 何度も生まれ変わって来た魂を宿す姉さんは、それらに詳しいはず、という期待を込めて。


「十中八九はそうなるはずよ。ただ――」


 その期待に応えて語り出した姉さんは、何処となく虚ろな眼を角鈴さんに向けつつ言葉を紡ぐ。


「あの連中……自称神々に異世界召喚のシステムを握られているから確実とは言えないわね。

 アイツらはシステムの根幹をどうこうは出来ないけど、ある程度は操作できるようだから」

「というか、角鈴。死ねば帰れると気軽に言うが、お前は即座に死ねるのか?」

「うっ……それは――」


 はじめくんの問い掛けに、視線を向けられた事で赤面しつつ思わず詰まる角鈴さん。

 実際死ぬ事で帰れると言っても、じゃあハイどうぞって訳にはいかないよね、うん。 


「うーん、そう簡単に死ねないよねぇ……ちゃんと生き返れるんだとしても」


 薙矢なぎやくんが私に視線を向けつつ呟いた。

 蘇生可能という実証例だもんね、私。二回死んでるし。


「最終的にどうにもならなくなった時の手段としては有効かもしれないけど――今はわざわざ死んで帰還するのは、やめといた方がいい、かな」


 酒高さけだかさんの言葉に皆が頷く。

 やってみてどうなるのか不透明な以上、迂闊に試すべきではないよね。


「しかし、神々とやら、その辺りの全貌を把握できてないわけ?」


 フェークを飲み干したのか、カップを置きつつ網家あみいえさんが姉さんへと顔を向ける。

 尋ねられた姉さんは、一度言葉を切った段階で円卓上にまだ残っていたお菓子類を手元に引き寄せ、その半分を私に分けてくれていた所だった。


 ううっ……あんまり食べ過ぎると、皆の分なくなっちゃうし、意地汚く見えるかもって思って我慢してたのが見透かされてるっ!?

 でもありがとう姉さん。皆が食べなさそうだったら、あとちょっとだけもらっちゃおうかなぁって思ってたので、ええ。


『貴族令嬢として、体重は気にしなくていいのか?』

『うぐっ……えと、その、多分まだ大丈夫かなぁって……』

『君がいいなら構わないけどな、俺は。食欲があるのは良い事だろう』

『……ほどほどにしておきます――』


 はじめくんから私を気遣った?【思考通話テレパシートーク】が飛んでくる。

 体重については他の女子に振ったら問題だと思うけど、まぁ私だし心配してのことだし。


 そうして私が脳裏で葛藤めいた事を考えている間に、姉さんが改めて口を開いた。


「所詮アイツらは元の神の作り出したものを奪ったに過ぎないから。

 ある程度理解はできても全貌を把握するのは不可能……と言いたいのだけど。

 長い年月の中で解析を進めているから、今現在どこまで把握しているかの正確な所は分からないわ」 

『だが、おそらくシステム全ての掌握は、君がいなければ不可能だろうな』

「……私も幾度の生まれ変わりの中でかなり摩耗してるから、今となっては掌握もやってみなければというところだけどね」

「というか、君は結局の所、何をどのぐらいまで知っているんだ?」


 控えていたメイドさんにフェークのお代わりを注いでもらいながら――うーむ、私も後でいただこう――至極ごもっともな意見を河久かわひさくんが述べる。


 実際、姉さんは相当の事を知っている。

 私も【ステータス】の【神域】でそれは垣間見えた――けど情報が膨大過ぎることもあって、すぐに頭から消えていっちゃったんだよね。


 でも、それらについては――気軽に話せない所もあるはずだ。

 詳しい話は聞きたいと思っているけど、その辺りは難しい。


「委員長、デリカシーがないんじゃないですか?」

「女子の過去を根掘り葉掘り聞くのは感心しないなぁ、おい」

「河久、もっと気を遣うべき」


 私と近い事を考えたのか、みおちゃん、しずかちゃん、網家あみいえさんが怒涛のツッコミを入れた。

 直後、そうだそうだーとか、無責任に合いの手入れてるのは寺虎てらこくん達……あ、睨まれた。


 ともかく、思わぬ反応をされた河久くんは思わず顔を引きつらせた。


「いや、それは……迂闊で失礼だったのは申し訳なかったけど」

「ま、まぁまぁ、みんな落ち着いて。

 河久かわひさくんは今後の為に情報が欲しかっただけで、疚しい考えはないんだから、ね。

 えと、その、姉さん、だからね?

 今でなくていいから、いつか話せる事を話してくれると助かるんだけど――」 


 流石に気の毒だったのでフォローしつつ、私自身色々と気になっていた事もあり、姉さんに打診してみた。

 姉さんは「ふむ」と呟いてから私達を見回して、瞑目した。


「そうね……いずれ、近い内に話せる範囲のことは全てみんなに話すわ。

 でも、情報が多くて話すべき事をまだ整理しきれていないの。

 申し訳ないけれど、整理が終わるまでは待っていてくれるかしら」

「ああ、勿論だ。ありがとう八重垣――あね。……それと不躾な言葉、済まなかった」

「気にしてないわ」


 そうして、終始和やかな(基本的には)雰囲気で話し合いは続き――。


『ふむ、大体言葉は交わし終えたようだな』


 フェーク以外が片付けられた円卓に残っていたのは、私達の今後という今日の議題だけだった。

 それを片付けるべく、聞き手かつ情報提供かつアドバイザーであった魔王様が、パンパン、と手を叩き、改めて問い掛ける。


『君達の意見を総合するに、私達の要望に応えて守護神獣への説得に応じてくれる実働者が約半数。

 残りの半数は必要に応じて動く、あるいは君達の拠点で留守を守る――そういう事でいいのかな?』


 最終的に、私達全体の意見として守護神獣――神域結晶球について放置出来ない事柄である事は共通の意見となった。

 それを踏まえて、私達はそれぞれに出来る形で守護神獣捜索に協力していく事が決定した。


 実際に探す第一実働班、そのサポートや予備メンバーとしての第二実働班、さらにそれらのサポートをする拠点留守番班。

 その大きくは三つのグループで今居るメンバーを分散、連携していく――。


 かつてレイラルドでもこうして今後のあれこれを決めたけど――あの時よりもすごくスムーズに話し合いが出来た気がする。

 そうなるよう、仲立ちしてくださった魔王様方の力も勿論大きいけど……私的には、あの頃よりもみんなが仲良くなれたからだと思える――きっと思い込みじゃないよね、うん。 


「はい、それでよろしいかと……いいよな、みんな」

「俺はいいぜ。世界各地に探しに行くんだろ? 冒険って感じでいいじゃねぇか」


 河久くんの問い掛けにみんなが頷く中、寺虎くんはそう言って不敵かつ楽しそうに笑った。

 実際、大冒険になりそうだよね……うーん、ちょっと複雑な気持ちかも。

 私は元々――異世界に召喚された頃は、適材適所を考えて拠点を守ろうと思ってたので。


 でも、かつて皆と一緒に戦った屍赤竜リボーン・レッドドラゴンさんと同等――いや、若干弱体化していたドラゴンさんよりも遥かに強い守護神獣のみなさんとの接触なのだ。

 戦いたいわけじゃないけれど、その可能性があるのなら警戒しておくに越した事はない。

 少しでも戦える人間として、私もお手伝いしなくちゃ――って。

  

「あー……その前に私、グーマお父様にちゃんと相談しないと」

「そう言えば今貴族――いや、領主のご令嬢だったよね、紫苑ちゃん」


 酒高さんの言葉に「そうなんだよね……」と肩を落としつつ答える私。

 いや、令嬢としての仕事に拒否感があるという訳では決してなくて、どっちも大事だからこそ、というか。


 領主となったばかりのグーマお父様なので、多分手伝った方がいい事がたくさんあるはずだ。

 グーマお父様はどちらかと言えば、こちらの事柄に集中するよう言ってくれるとは思うんだけど……。

 

「多分グーマお父様自身は、守護神獣探しの事、気軽に許してくれるとは思うんだけど……立場的にちょっと不安なんだよね」


 長らく空白だった領主になったばかりだからこそ、それに不満を持ち、粗を探そうとする人達が今は多いはずだ。

 そういう人達につけ入る隙を与えないためにも、娘である私は領主の仕事のお手伝いをした方がいいように思う。

 より正確に言えば『領主の娘は父の手伝いもせずに好きに生きている』みたいな評判を広められてイメージを下げないようにしたい。


 でも、こっちも滅茶苦茶に大事だし、どうしたものか……。


「何か口実があればいいのかな……でも、守護神獣探しのことって、あんまり他の人に言わない方がいいよね?」

「まぁ俺達の立場や、諸々の状況を踏まえるとそうだな」

「うーん、となると、何か世界中を動いていいような口実が他にあるかなぁ……」

『なるほど、八重垣紫苑嬢。君には口実が必要なのだな』


 はじめくんの返答を踏まえて考え込む――そんな私に、思わぬ所から……魔王様から提案が上がってきた。


『であるならば、話は簡単だ』

「ど、どうすればいいんでしょう、魔王様」

『私と婚約すればいい』

「――――――へ?」

「ふむ」

「……は?」

「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」


 想像も出来ず訊ねた私への魔王様の解答は、想像を大きく超えた内容で、当然ながら私含めたみんなが驚きを隠せなかった――。 

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