203 魔王の婚約者、シオン・ヤエガキ・コーリゥガ――変わりゆく世界でも、地道さは大切に――⑦

 奇行公グーマ・モンリーグ・コーリゥガがルナルガの領主となって十数日程が過ぎたある日。


 彼の養女となっていた異世界人シオン・ヤエガキ・コーリゥガこと八重垣やえがき紫苑しおんが魔王と婚約を交わし、関係を深めるために魔族領で生活を共にする事が、コーリゥガ家自らによって各所に知らされた。


 元々吟遊詩人に唄われるほどの英雄的存在だった彼女がコーリゥガ家の養子となった時点で結構な騒ぎとなったのだ。 

 その驚くべき展開が瞬く間にロクシィード国内外を駆け巡っていくのも当然と言えた。


 先の魔族との一時的和解が行われてからのこの出来事だったため、良くも悪くも様々な憶測が飛び交う事となった。

 極一部では以前から語られていた、紫苑は『魔族を誤魔化す為の生贄の存在として最初から意図して養子となった存在では』という疑念が再噴出さえしていた。


 だが、それら――特に負の側面の憶測は、紫苑やグーマ、更には魔王自身までもが表に出て話をする事で概ね払拭された。


「魔族の皆さんとの和解は始まったばかりで、何を何処からはじめたらいいのか分からない人もいらっしゃるかと思います。

 なので、私がそのささやかな先駆けになれたらと思い、魔王様からの提案を受けて、今回の婚約と相成りました。

 婚約は――えと、その、前向きに考えようと思っておりますが、どちらかというと現段階は、私が魔族の皆様を学ぶ為の留学のようなものだと捉えていただければ幸いです」


 と、説明のためにロスクード高壁の近くで設けられた席で赤面しつつ紫苑が語ったように、今回の婚約は魔族との融和、友好をアピールする為の――魔族とも恋愛や友好の関係を結ぶ事が出来るのだ、という試験的な実演の意味合いが強い、となっていたのだが。


『概ねはそのとおりだ。

 だが、紫苑嬢は見てのとおりの魅力的な女性だ。

 本当に婚約が出来たのなら、それはそれで私としては嬉しい事なのだがね。

 なんならここで正式に婚約を申し込もうかな?』


 などと魔王が紫苑の肩を抱き寄せたり。


「ま、ままま、魔王様っ!?」

「はっはっは、それが成立すると人族と魔族の友好関係が一歩進む……喜ばしい事だな。

 だが、しかしっ!

 その場合一人の父親としては簡単には承服しかねるので、その際は貴殿が私の義理の子となれるかどうか試練を課させていただきたいな」


 そんな魔王を前にしても臆することなくグーマが娘渡さない宣言――当然周知のとおりの貴族的な所作をしつつ――したり。


『ふむ、それは是非望む所だ。

 その時は、義理の父だと認めていただく為に力を尽くす事にしよう』

「え、と、その――……あ、ゴホン。お、お二人共お戯れはそこまでに」

「『いや、割と本気だが』」

「分かっていただけれ……えぇぇぇっ!?」


 場を和ませるための冗談と判断し、場を整えようとした紫苑が2人にあっさり一蹴されたり――。


 などといったやり取りが多くの人々の前で行われた事で、試験ではなくかなり本気なのでは?とか新たな憶測が生まれることとなった。


 ただ、この席について――引いては『紫苑の婚約』という事柄について悲観的、否定的に捉え、囁くものは大きく減った。

 少なくとも『生贄』だとは到底思えない、本当に人族と魔族の和解を推し進めようとしている、と感じている者達が圧倒的に多数となった。


 それというのも、説明の席においての三者のやりとりは演技にはとても見えなかったからだ。

 特に、紫苑については、赤面したり動揺したりする様子が、令嬢としてちゃんと振舞わおうと一生懸命だった事から尚更に浮き彫りになり『あれは間違いなく素だ』と確信される事となった。


 そんな八重垣紫苑が『魔王』に対して全く嫌悪感を抱いていなかった事も、良い印象を与える要因の一つだった。


 かの『魔王』は、ロスクード高壁での戦いや先の和解調印式の際に調停者として現れ、圧倒的な存在感を示してきた。

 今回もかなり抑えていたがその事は変わらず、説明の席に訪れた人々はそれに加え、簡単には払拭されない魔族への理由なき嫌悪感も相まって、少なからず息苦しさを覚えていた。


 しかし、紫苑はそれらを――魔族への嫌悪感については異世界人には発生しない事は、まだ多く周知されてないにせよ、圧迫感は間違いなくあった――気にする事なく魔王に接していた。


 それを抜きにしても、もし紫苑が嫌々魔王との関係を結ばされようとしているのなら内心穏やかではいられなかったはずだ。


 だが、紫苑は『誰が見ても明らかな素』であり、その状態で『魔王』へと『領主の令嬢』として振舞おうとしていたのである。

 そこに魔族への否定意識は感じられず、紫苑が望んで魔族との婚約に応じようとしている事、魔族との友好関係に疑いを持っていない事は明らかだった。


 その魔王にしても、わざわざ説明の場に出向き――ずっと敵対していた人族の者達と威厳を保ちつつ談笑していた事で良い印象を強く与えていた。

 集まった人々からの質問に対し、答える事さえ行っていたのだ。


『人族と魔族の和解という大きな事柄に関する説明なのだ……他の誰でもない、私こそ出向くべきだろう。

 確かに、先々にあるだろう大いなる敵との対峙を前に仲違いをするべきではない、ゆえに融和の形を見せておきたい、という打算もあるがね。

 だが決してそれだけではない、という事だけでも理解していてくれるとありがたい。

 それに、だ。

 仮にも婚約の説明を、相手にだけさせるのは無作法だろう?』


 何故魔王自らがわざわざ赴いたのか、という領報紙――領地の出来事について纏める報道紙である――を請け負う記者の問いに対しての冗談を交えた解答は、先の和平調印式襲撃の際、事態の収拾のために実際に動いていた事もあり、強い説得力があった。

 そこには『ロークス王を助けた』という事柄の、生理的な魔族への嫌悪感さえある程度埋め得る好印象も強く作用していた。


 逆に、そもそもグーマがこの時の為に紫苑を養子にしていたのでは、という声については、その席でも変わらずそうであったように、様々な場所で二人が楽しげにやり取りを交わしている姿を多くの民が見知っていたので、説得力が薄く、廃れていく事となった。


 八重垣紫苑は――シオン・ヤエガキ・コーリゥガは既に『コーリゥガ家の娘』として、特にルナルガの地で受け入れられていたからである。



 こうして、大々的に報じられた八重垣紫苑と魔王の婚約は、大きな騒ぎにこそなったが、極めてゆるやかにロクシィードの人々――そして世界に受け入れられる事となった。


 ――だが、多くの人々は知らなかった。


 その婚約は概ね嘘ではなかったが、そこには別の意図も含まれていた……いや、その意図こそが真の目的である事を。


 そして、それこそが世界の危機に備える為の、異世界人達の大冒険の始まりだという事を、知る由もなかった――。

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