4 出会いには感謝しかないけれど――マジですか?

「この度は大変お見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした――」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは、静々と頭を下げた。

 うっかり気付かなかったのだけど、戦闘中の拍子で肌を一部露出させてしまっていたのでそのお詫びである。

 今は乱れた衣服を正してちゃんと隠しておりますとも、ええ。

 うう、もうただただ恥ずかしいです。


 頭を下げた先は、レッサーデーモンに襲撃を受けていた冒険者さん達三人である。

 一応助太刀としては少しは役になったのが不幸中の幸いというべきだろうか。

 ともあれ未だに熱い顔をゆっくりと上げると、冒険者さん達の一人、軽装の装備を纏った女性の戦士さんがパタパタと手を横に振った。

 

「いやいや、貴女が謝る事は何もないから。どうか気に病まないで――」

「うんっ! 全くもって姉さんの言うとおりだよ――!!」


 戦士さんの言葉の最中声を上げたのは、魔術師の男性――どうやら戦士さんの弟さんらしい。

 彼はぐぐぐ、と杖を持っていない手を固く握りしめて熱い口調で語った。


「君は何も見苦しいものは見せていないっ!

 いや、むしろ登場から今に至るまで綺麗な所しかない!!

 むしろこっちが頭を下げねば――あいたたたたたっ!!?」

「そうね。貴方は頭を下げなくちゃね愚弟? というか下げなさい」


 魔術師さんの言葉の途中で戦士さんが彼の頭を抑え込み、強引に地面に座らせ、頭を下げさせていく。

 いやいやいや、すごい力技過ぎて痛そうなんですけど……!


「あぎぎぎ――! ちがっ、確かに胸を見ちゃった件はそうだけど――僕は全体的な話をぉぉっ!?」

「あ、あの、その――先程の件は不可抗力ですから、どうか気になさらずに――」

「優しいのね、貴女……でもお気持ちだけいただいておくわ。これは家族の教育なので」

「そ、そうなのかもですが、流石に痛そうなのでその辺りにしてあげてもぉ――?!」

「か、彼女の言うとおりだ。その辺りにしておきたまえ、マテサ」


 私の言葉と、騎士のような全身鎧を身に纏った男性の言葉が合わさって納得したのか、戦士さんは渋々なご様子で魔術師さんの頭から手を放した。

 解放された魔術師さんはグッタリと地面にひれ伏したままだった。


「だ、大丈夫ですか……?」

「――うう、なんて優しい……これは運命――? これこそ運命――――?」

「え、ええと」

「ああ、その、割といつもの事だから気にしないでくれていい」

「そ、そうなんですか――なら……いいの、かな?」


 いいのかどうかちょっと心配だけど、仲間の皆様が語る事なので納得するべきなんだろうね、うん。

 そうして戸惑う私を気遣ってか、ごほん、と咳払いをして騎士さんが場を整え直してくださった。


「大変失礼した。

 先程の助力に改めて心から感謝を伝えさせていただこう。

 私達だけでは正直潜り抜けるのは難しかっただろう――本当にありがとう。

 私の名前はディーグ。そちらの女性はマテサ。こちらの魔術師はジーサだ」

「マテサよ。さっきは本当にありがとう」

「ジーサだ――月の様に美しい君の戦いにぶりに、心からの感謝を」

「いえ、その、恐縮です。

 私は……紫苑、八重垣やえがき紫苑しおんと申します。冒険者の端くれです」


 褒められた事に照れながら私は名乗り、頭を下げた。

 私の名前を聞いた騎士さん……ディーグさんは、ふむ、と小さく呟く。

 その様子に、そう言えばこちらの世界で苗字を持つのは珍しいって師匠やラルが言ってたっけ、と思い出す。


「そうか、我々も冒険者なのだが――君が端くれでは私達はさらに端くれになってしまうな」

「そ、そんなことはないです。冒険者になったばかりですし、先程の戦いも恥ずかしい所ばかりで」

「謙遜する事はない。貴公はどうやら大物食いの病に掛かっているようだが、それを捻じ伏せる基礎もしっかりと出来ている。

 その様子なら、すぐに病も癒えて、本来の力を発揮できるだろう」

「大物食いの病?」


 穏やかに語るディーグさんの言葉の一節に聞き覚えがなく、思わず鸚鵡返しで訊き返してしまった。

 内心恥ずかしく思って視線を少し落とすと、そんな私に微笑みを向けながら戦士さん――マテサさんが説明してくれた。


「自分の実力を越えた魔物を倒した時に冒険者が陥る職業病みたいなものよ。

 強くなった事で得た、それまでの自分を上回る力を持て余してる状態の事ね。

 最近強い魔物を倒したんでしょう?」

「あ、はい、私の力ではなく、クラスの――仲間の皆のお陰で、なんですけど。

 なるほど、冒険者にはよくある事なんですね」

「よくある、ってわけでもないんだけどね」


 むっくりと起き上がり立ち上がって、魔術師さん――ジーサさんが言った。


「冒険者は自他の力量をしっかり把握した上で依頼や敵対者を見極めるのが基本だからね。

 格上と戦う状況は少ないし、そんな状況になったら命最優先で逃げるのが当たり前。

 でも、冒険者の依頼は水物だからねー……いきなり予想を超える状況に叩き落される事もままあるものさ」

「あー、それは確かにそうですね」


 一か月ほど前のドラゴンゾンビから屍赤竜リボーン・レッドドラゴンと戦う事になった流れを思い出して頷く。

 ――――ただ、あんな事態はそうそうないと思いたいです。


 そうして答えるとジーサさんは我が意を得たりとばかりに表情を綻ばせた。 


「うんうん、そうだよねそうだよね。

 で、そういう状況は厳しくて大抵は殺されるものだけど――

 逆に言えば、そこまでの状況を乗り越えた時のマナの取り込みや強くなりたい意識はこれまでとは比較にならない。

 だから、そんな時は大抵自分の想像を越える力を得る事が多くて、その驚きや成長を誰かに語りたくもなるんだよ。

 強くなりたくて冒険者やってるような人間は特にね」

「なるほどー……だから、その体験談が広まり易いというか、良く伝わっているんですね」

「そういう事だな、うむ」

「ちなみに、偉そうに語ってる愚弟は逃げてばかりだから、そういう経験と無縁だけどね」

「ちょ、姉さん?! それは言わなくても良くない!?」


 そうして笑い合う三人を見ていると、すごく気が合う人達なんだなぁと心和む思いです。

 守尋くん達もいつもこんな感じだよね――うぅ、ちょっとホームシックというか、クラスの皆の事が思い起こされるなぁ。


「それで、紫苑。貴公はどうしてこんなところに?

 冒険者の死者蘇生にしても、ここはもう使われていない神殿だというのに」


 少ししょげた私の表情から察してくださったのか、あるいは純粋な疑問なのかディーグさんが尋ねてきた。

 ――正直、その辺りは私にもさっぱり分からなかったり。

 

「えーと、私も実の所よく分からなくて――」


 なので、私は事情を説明する事にした。

 特に隠すような事はないけれど、ややこしくなりそうな部分は割愛しつつ。




「そうか――心中は察して余りある」

「大変な状況ね、それは……」

「元居た場所に帰れればいんだけど……ディーグさん、何か知ってる?」

「……ふむ。蘇生異常は、偶発的に起こる事態だと聴いた事がある」


 私の事情を聴いたお三方は驚きつつ、それぞれに表情や言葉で私を労わってくださった――うう、ありがたいなぁ。

 目覚めて初めて出会えたヒトがこのお三方だった事に、この世界の神様への感謝を私が内心贈る中、ディーグさんがこの状況についての説明を続けてくれた。


「レートヴァ教の蘇生契約の数は、冒険者のみならず王族や貴族、騎士や兵士たち、貯蓄のある一般の民なども含めると相当のものだ。

 いくら各地それぞれの聖導師長が蘇生の流れ・機構を管理しているとは言え、完璧と言えないのは致し方ない。

 ゆえに、管理の穴を抜けて蘇生のための機構が狂ってしまう事は極稀に起こり得る――らしい。

 何分、私も実際にそうなった人間と会った事がない故、それ以上の事は知らないが――力になれず申し訳ない」

「いえいえ、とんでもないですっ! 頭を上げてください――!」


 言葉どおり申し訳なさげに頭を下げるディーグさんに慌てて告げる。

 すごく真面目な人だなぁ、と敬意を抱きつつ、私は言葉を続けた。


「そういう事もあるんだって分かっただけでもとてもありがたいですから」


 まるで未知の状況が起こっているよりは、類似状況が幾つかあるだけでも安心できるというものです。

 少なくとも、事情や状況をぐんと説明しやすくなるし、近い状況に陥った人達がどう対応したのかを調べられるかもしれないしね、うん。


 ……ただ、それはそれとして――一つ訊いておかねばならない事があった。


「あの、一つお聞きしてよろしいですか?」

「一つと言わず、幾つも尋ねてくれ。貴公は我々の命の恩人なのだからな」

「そうそう、遠慮なくね」

「うんうん、君の力になれるなら何よりだよ」

「――ありがとう、ございます」


 うう、思わず目頭が熱くなる。

 本当はちょっと泣きたい気持ちだけど、ご心配をかけてしまうのでグッと堪えて、私は問うた。


「私がいたのはレイラルドという領地、土地なんですが、ここからはどれほどの距離か分かりますか?」


 その瞬間、お三方の表情が大きく動いた。

 なんというか、苦虫を噛み潰したような、そういう表情だった。


「え、と、もしかして、相当に、遠いんですか?」


 恐る恐る尋ねると、皆さんは顔を見合わせて辛そうな表情をこちらへと向けた。

 ややあって、代表してディーグさんが心底申し訳なさそうに……その事実を告げた。


「レイラルド――赤竜王様が再臨された地の事なら――そもそも国が違う」

「……え?」

「ここはロクシィード国ルナルガ領――

 人の支配領域内で魔族が住まう領域に最も近い場所で……レイラルドとは海を一つ跨いだ先の、北の土地だ」

「――――――えぇぇぇぇぇっ!?」


 想像を越えた距離と事態に、私は思わず大きな声を上げてしまうのであった――――。 

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