5 これからの事――素敵な出会いにただただ感謝を

「す、すみません、大きな声を出しちゃって――」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは自分が出した声に恥ずかしさと申し訳なさで肩を窄めた。

 すると、話していた冒険者の皆様――ディーグさん、マテサさん、ジーサさんは気を悪くされる様子もなく、むしろこちらを気遣うようなあたたかな声をかけてくださった。


「いや、当然の反応だよ。気に病む事はない」

「そうそう。蘇生したら違う国でしたは、誰だって驚くわ」

「しかもこんな廃墟だもんな……気を落とさずにね」

「うう、皆様の優しさが身に沁みます――。

 しかし、となるとこれからどうしたものか」


 後半は半ば独り言として呟きながら考える私。

 

 現状は実際大変な事になっている。

 蘇生して神殿で復活した――までは、いいんだけど。

 蘇生の際は装備品――衣服その他も失われるので、今の私は何も持っていない。

 衣服や武器がないのも痛いけれど、この状況で一番まずいのはお金が全くない事だ。


 海を跨いだ国に来た、となると、そこから帰る為にはおそらく船に乗らなくてはならないだろう。 

 あるいは、国を越えて行き来できるような何らかの施設や魔法を探す必要がある。


 だけど、今の私にはまるでお金がない。

 これでは船に乗るどころか、それまで生きていられるかどうかも分かったものじゃない。


 こちらで冒険者としての活動をしていいかの確認をした上で、早急にお金を稼ぐ必要があるけど、その為に武器その他装備を整える必要がある。

 不幸中の幸いというべきか、私は魔力で武具を生成する事が出来るが、それでも防具は最低限必要になる。

 それに魔力そのものが効き難い魔物――そういう魔物がいる事はスカード師匠からも教わっている――が出てこないとも限らない。

 であるなら可能な限り普通の武器も必要だ。

 それにそうして活動する間の、安心して寝泊まりできる場所も。


 つまりお金を得る為にお金が必要になる。

 最初は我慢して魔力武器と素手だけでどうにかする――にしても、場合によっては改めての冒険者登録が必要になり、それに時間が掛からないとも限らない。


 クラスの皆の元へ帰るまでにやるべき事があり過ぎる――その事に直面して私が暫し思考に埋没していると。


「ふむ――ちょっといいかね」


 そんな私を見かねてか、ディーグさんが声を掛けてきた。

 ――というか話してる最中で考え込んでしまっていた事に気付き、深く反省。


「あ、はい、なんでしょう」

「今現在君は何も持っていない、何の伝手もない、そういう状況で間違いないか?」

「はい、恥ずかしながら」

「そうか――であるなら、一つ頼まれてくれないか?」

「え?」


 思わず半端な言葉で問い返してしまった私を見据えつつ、ディーグさんは穏やかな声で言った。


「私達はある依頼を受けてこの神殿にやってきた。

 それはここに残された、とある重要文書を探し当て、回収するというものだ。

 ここは最寄りの街から結構離れていてね、何度も行き来するのは大変だから、暫しの野宿も視野に入れての捜索を考えていたわけなんだが――まさかレッサーデーモンがあれだけ湧いてくるとは思ってもいなかった。

 野宿は正直危険になってきたし、探索や帰還の途中で同様の、あるいはそれ以上の魔物が現れないとも限らない。

 何をするにしても人手が必要だと私は考えている。

 そこで、どうだろう?

 貴公が良ければ、我々に協力してもらえないだろうか。

 そうしてくれたのなら、君の状況が落ち着くまでの当面の衣食住や最低限の装備を一時提供しよう――と思っているわけだが。

 二人はどう思う?」

「いや、先に私達に聞いてからにしなさいよ――」


 ディーグさんの問いかけに、マテサさんは呆れ顔を浮かべ、ジーサさんは苦笑を零していた。

 一拍の間をおいて息を吐いた後、マテサさんが逆にディーグさんに問い掛ける。


「……ディーグ、諸々大丈夫?」

「大丈夫だろう。機密なのは文書の中身であって依頼の内容ではない。

 冒険者としての節度を持つものなら、見るなと命じられたものをわざわざ見る筈もない。

 それに、はそんな些末な事をとやかく気にする方ではないだろう。

 そこに気を取られてそもそも発見さえ覚束ない方をむしろ問題視されるだろうしな。

 まずは文書の回収こそが最優先だ」

「大分冒険者っぽくなってきたわね、あなたも」

「だね。うん、僕もディーグさんに賛成だ。

 それに姉さん、さっき見ただろう?

 彼女がレッサーデーモンを圧倒してたのを。

 彼女がいてくれたら、色々な意味で助かるのは間違いないじゃないか」

「――愚弟、貴方、彼女にいてほしい方が先で、理由後付けだったりしない?」

「……な、なんのことやらー」

「誤魔化せてないわよ、ソレ。

 まぁ確かに彼女は凄腕のようだし――いてくれた方がいいし、何より命の恩人を見捨てるのもどうかと思うしね。

 いいわ、私も賛成」

「うむ、感謝する二人共。それで、貴公はどうするね、紫苑殿」


 正直、ディーグさんの、皆様からの申し出は大変にありがたい。

 何せ私はこの地の右も左も分からない状況だ。

 協力の中で色々と学ばせていただけるであろう事を思えば尚更に助かるとしか言いようがない。

 ただ――。


「ありがたいお話なので、できれば互いに協力できれば、と思っております。

 ただ――あまりに私にとってありがたすぎるお話なので、申し訳ないというか……」


 正直、ご迷惑をかけ過ぎてしまうのでは、という部分が気に掛かっていた。

 流石に初対面でこんなにも手厚くされるのは気が引けるのもある。

 なので、思わず二の足を踏んでいると、そんな私にマテサさんが少し厳しめの表情で言った。


「紫苑、貴方は冒険者なんでしょう?

 節度は大事だけど、冒険者同士に過剰な礼儀は無用よ。

 お上品ぶって遠慮をし過ぎるのは却って不快に思われるわ。

 等級の差はともかく、冒険者同士はあくまで対等なんだから」

「……! そう、ですね」


 確かにマテサさんの言うとおりだ。

 これだけ好待遇の条件を出してもらって渋るのは、却って失礼に見えてしまうだろう。


 ふと思う。

 ここにはじめくんがいたら、簡単に誰かを信じるのは危険だと指摘していただろうなぁと。

 過剰な好待遇の裏側にあるものに注意しろ、と注意を促してくれてもいただろう。


 ただ、私にはディーグさん達に裏があるようには思えなかった。

 もしも、そういうものがあるのなら――そもそもマテサさんが、こうして厳しい表情で苦言を呈してくれるはずもない。そう思う。


 そして、私はマテサさんの『冒険者同士は対等』だという言葉を信じたかった。

 対等だからこその心遣いの数々に報いたかった。 


 なので、私は内心でなんとはなしにはじめくんに謝りつつ、皆さんに向かって告げた。


「分かりました。

 それでは――ご厚意ありがたく受けさせていただきます」

「それは違うわ、紫苑」

「え?」

「こういう時は、これからよろしく、よ」


 そう言いながらマテサさんが笑顔で差し出してくれた手を、私は笑顔をお返ししながら――気持ち悪い顔にならないよう気をつけつつ――握り返した。


「はい、よろしくお願いします……!」

「うむ、よろしく頼む」

「よろしくね」


 続けてディーグさん、ジーサさんが差し出してくれた手にも同様に握手と笑顔を返したのは語るまでもない事だろう。

 こうして私は彼ら――党団『永遠なる暁』と知り合い、協力関係となった。


 皆さんとの出会いは、私のこの世界での生き方に大きな影響を与え、そして想像を越えた状況へと導いてくれることになるんだけど……この時の私はまだ、それを知る由もなかった――――いや、その、まさか魔王との結婚が持ち上がって来るなんて想像つくわけないよね、うん。

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