3 不甲斐無い戦いへの罰なのでしょうか――また黒歴史が増えました

 ああああぁぁぁぁぁぁっ!! 私のバカァァァッ!?


 レッサーデーモンと戦っている冒険者達の助太刀に入って、危なさそうな攻撃を潰せたのはよかったんだけど――お手伝い宣言の時思いきり噛んでしまった上、声を裏返らせてしまった私・八重垣やえがき紫苑しおんは心の中で頭を抱えた。

 なんで私はここぞという時に噛んだり声が裏返ったりなのか。

 相棒のはじめくんは陰キャ自称に苦言を呈されてるんだけど、こういうところがやっぱり陰キャ気味だと思うよ、はじめくん。


 ま、まぁそれはさておき。

 状況は思ってたよりややこしい事になってなかったのはありがたかった。


 師匠の教えもあって魔物全般は基本的に敵だと教えられていて、今までも遭遇した魔物は皆そうだったから、今回もそうなんだろうけど――でも、世の中には時として例外が、予想外が起こりうる事態がある。 

 実際思いもよらぬ人が思いもよらぬ行動を取ったりする場合もある。

 疑い過ぎると自分を縛るだけだけど、それでも状況は常にフラットな視線で観察したい所だよね。

 まぁ、私にソレが出来ているかというと別問題だけど。


 さておき、レッサーデーモンが殿を務めようとした騎士らしき人を笑った瞬間、迷いは消えた。

 お手伝いするべきは冒険者の皆さんだと確信できた。

 恥ずかしさは心の内側に折り畳んで、今は全力を持って倒すべきものを倒そう。


 ――冒険者さん達の反応から、助太刀が困る……何かしらの依頼の邪魔になる……という事もなさそうだ。

 安心して全力を出そう。


 とは言え、不安要素は多い。

 今手にしている魔力で構成した剣は、落ち着いた所で作れたからちゃんとしたものになっている。

 だけど、今のレベルアップした能力に意識が完全には追随出来ていない今の私では、戦闘中で同じものは生成できない。 

 取り落としたり使用不能になると面倒な事になる。


 それに衣服も防御の概念なんか微塵もない、当座のものだ。

 この即席サンダルでは踏み込みはおろか、ちょっとした移動でもいつ不具合が起こらないとも限らない。


 少し前の私であれば、魔力の板を素足に張り付ける形で精製しての戦闘も出来ただろう。

 だけど、今の私ではそういう繊細な操作が難しくなっている。


 まさかレベルアップが戦闘での障害になるとは思わなかったなぁ。

 ただ、背伸びをし過ぎた竜退治の弊害とは考えたくない。

 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンとの戦いは必要だった。

 戦いの中で得たものもたくさんある――だから、どうにか戦いの糧を正しく使えるようにならないとね。


 ともあれ、今は短期決戦でいくしかない。

 ボロが出る前に決着をつけさせてもらおう……!!


「ハァッ!!」


 そう決断した私は、気合を込めて方向転換と共に足を一歩踏み込み、手にした白い光刃を横薙ぎに振るった。

 それは思ったよりもあっさりとレッサーデーモンを両断する事に成功する。


 かつてはゴブリンを斬る事さえままならなかった事を思えば、大きく成長できたのは素直に嬉しい。

 だけど、それを敵を倒す事そのものと結びつけないようにしないと。

 敵を倒さないと成果を実感できないかもだけど、それはそれ。

 敵を倒す事=喜びの考えは私的には間違っている事を忘れないようにしないと。

 

 私が強くなりたいのは、敵を倒すのは、すべき事を、したい事を為す為だ。

 ささやかでも誰かの力になれるような、そんな自分である為に。そんな自分になる為に。

 それをより果たせるようになる為にも、私は冒険者として強くなっていきたい。

  

 元の世界に帰りたくなくなった訳ではないし、その手段があれば探したり確保したりはしたいけれど、その辺りが不透明な今は少しでも強くなる事が今の私の目標だ。


 だからこそ、強くなっても慢心せずに、地道に精進を重ねねば――!

 そんな思いで気を引き締めた私は、魔力の剣を握り締めたまま次のレッサーデーモンへと踏み出そうとして――


「わわっ!?」


 やはり即席だからというべきなのか、レッサーデーモンを切り裂いた際に出来た血溜まりに足を取られて体勢を崩す。

 その隙を目掛けて、レッサーデーモンの一体がこちらへと大きな腕を振り下ろしてくる。

 

 瞬間――であればこんな間抜けな隙でもカバーしてくれるはじめくんの存在が思い浮かぶ。

 だけど、今彼はいない。いないんだ。


 自分に強く言い聞かせながら、私は滑った勢いを利用して態勢を低くすると同時に前転。

 レッサーデーモンの攻撃の回避に成功する。

 ……瞬間、なにか違和感めいたものを感じるけど、展開している【ステータス】では異常は見られないので、思考を切り替える。


「――!? き、貴公、助太刀はありがたいが、そんな装備とは――正気かっ!?」


 私を攻撃した事で生まれたレッサーデーモンの隙を見逃さず、騎士の男性が槍斧ハルバードを振り下ろした。

 かなりのパワーが込められた一撃は、レッサーデーモンの頭から胸部まで引き裂いて砕き割る。

 ――その際の無駄がない動きから相当に鍛錬を積んだ人である事が分かる。

 

「すみません、私としても本意ではないのですが事情がありまして――!!」


 起き上がると共に私に炎を放とうとしていたレッサーデーモンの頭部に魔力剣を投擲する。

 ――剣を手放したくはなかったけれど、足元もおぼつかない状態では一足飛びに斬る事は出来ず、魔法発動に間に合わなかったからしょうがない。

 

シャプトッ!!」


 苦慮した結果の投擲+切れ味強化の魔術により、魔法で精製した長剣ロングソードはレッサーデーモンの頭蓋を破砕する事に成功した。

 ――ちょっと勢い余って、頭部というか肩ぐらいまで吹っ飛ばしてしまったけど。


 ……ここが屋外で良かった。

 今の一撃を屋内やダンジョンで使っていたら、無駄な威力で周辺を破壊したり、その余波に気付かれてさらに魔物を呼び寄せたりしていたかもしれない。


 自分の力を制御できていない事に反省している間に、女性戦士と男性の魔術師が連携でレッサーデーモン一人を討ち倒している様子が視界と【ステータス】両方で確認できた。

 

 であれば残るは、武器を失った私へと猛然と走り寄るあと一人のみ。


「あ、危な――――!!」


 武器を失った私を心配してくれてか、魔術師さんが声を上げてくれた。

 だから、その心配を打ち消すようにここで勝負を決める――!!


「ハァァァッ……!!」


 血で滑りかねない足を、大地が罅割れる位に過剰に力強く踏み込んで強引に安定させる。

 全体的にやり過ぎになっている事は重々承知だけど、それは後でしっかり反省しよう――!


 そうして思考と決断を下した私は、レッサーデーモンの振り回してきた腕を一歩深く踏み込んで回避。

 同時にカウンター気味の正拳突きを魔力を込めて繰り出した。


穿孔一貫せんこういっかんッ!!」


 本来は武器で放つ技だけど、元々はこちらを――正拳突きを変形させたものだ。

 武器無しで放つ事に不都合はない。


 拳の先に強めに収束した魔力を解放して放った一撃は、レッサーデーモンの腹部を大きく穿った。

 そして余波の魔力光が、背後の神殿の一部を大きく削り取る。

 ……もう廃墟になってるとは言え、壊してごめんなさい。 


 倒れ伏していくレッサーデーモンの名前表示が【ステータス】から消えていくのを確認。

 広めに展開したままだった【ステータス】の情報収集範囲に敵が他にもういない事も次いで確認しておく。


 ――ひとまず戦闘は終了した事を確認して安堵の息を吐く。


 しかし、我ながら酷い戦いだなぁ。

 スカード師匠が見ていたら怒られてるだろうなぁ……大反省です。

 なるべく早く身体の感覚の調整しないと、と改めて意識して、私は冒険者さん達に向き直った。

 

「えと、皆さん、ご無事ですか?」


 皆さんに大きなダメージはない事は確認しているが、口頭でも確認しておきたくて尋ねる。

 ――って、あれ?


 魔術師の男性がなんだかすごく慌てながらもこちらを凝視しているような?

 騎士のかたも狼狽した様子で、自分のマントを外そうとしているようだし……。


「あ、あの、私何か余計な事をやらかしちゃいましたか?」


 もしかして、私が気付かない内に無作法な事、余計な事をやってしまっていただろうか、と慌て気味に尋ねる。

 その直後、周囲の状況確認をしていた女戦士さんが何かに気付いたらしくハッとした様子を見せた後、パカンッ!と魔術師の男性の頭をはたいた。


「愚弟!! ジロジロ見ないの!」

「ええっ!? ど、どうしました?!」

「どうしましたはこっちの台詞……! 貴女、胸が丸出しになってるわ――!」

「え?」


 女戦士さんの指摘に、視線を自分の胸に下ろす。

 ――そこで、私はようやく自分の状況に気付いた。


 多分戦闘で回避の為に転がった時だろう。

 その時感じた違和感の正体がなんなのか、やっと理解できた。

 何かに引っかけて、胸を覆っていた部分の布がズレて――結果、胸ををずっと露わにした状態で私はずっと戦っていたのだ。


「……あ。あ――ぁぁぁっ!」


 わー!! わぁぁ!! あああー!! 私またこんなっ! 

 私ってば、こっちの世界に来てから、お嫁にいけないかもしれない事ばかりやらかしてないかなぁ?!

 いや、まぁ、元より可能性は低いんだけど、それでも、こう、さらに遠ざけたいわけでもないんですけどー!!?

 

 とんでもなく凄まじい恥ずかしさで全身を熱くさせつつ脳内でのたうち回り悶絶しまくりながら、私は自分を抱きしめるような形で胸を隠し、皆さんに背を向けた。

 いたたまれなさと羞恥の合わせ技で意識が遠ざかっていくのをどうにか堪えながら、私は暫し衣服を整える事に時間を浪費する事となった――。

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