2 強くなっても変わらない所は変わらないわけで――悲しみ

 夜空の下、薄暗い神殿の廃墟のすぐ側で生成された赤い炎が周囲を照らす。


 赤い炎は魔力による炎。

 発生させたのは――魔物、レッサーデーモンの一体だった。

 自らが生んだ炎に照り返されたその姿は人を一回り上回る巨体であり、その身体も屈強という言葉を形にしたような筋肉質なものであった。

 そんなレッサーデーモンにより撃ち出された炎の塊を、懸命に回避する影があった。


「――ハァァァッ!!」


 自身が躱した炎が背後で炸裂するのを意に介さずその影――この地を訪れた冒険者の一人であるマテサは、手にした長剣で炎を放ったレッサーデーモンを切り裂いた。

 だが、レッサーデーモンの頑健な肉体を断つ事は叶わず、表層をそこそこ引き裂くのが精一杯だった。

 そして、その一太刀を放つ事で隙が生じてしまっている。

 そんな彼女へとレッサーデーモンが傷を負わされたお返しとばかりに、腕を振り下ろそうとして――。


「と、熱閃弾トーレ・タイッ!!」


 その腕が後方から放たれた熱を凝縮させた光弾により消し飛ばされる。

 レッサーデーモンは驚きで目を見開きながら、それを為した黒いローブを身に纏った、魔術師の青年に敵意を向けようとした瞬間。


「ドリャアアアアアッ!」


 そうして生まれた隙を突いての、振り下ろされた槍斧ハルバードの一撃により頭を粉砕され――死に至った。

 それを為した全身鎧を纏った騎士めいた男は、仲間である二人に呼び掛けた。


「マテサ殿、ジーサ君、二人共無事かね!?」

「勿論!」

「な、なんとかだよ、ディーグさん」


 軽装の戦士たるマテサと魔術師たるジーサは、ディーグの元へと駆け寄った。

 集合した三人は顔を見合わせ、状況打開についてを誰からともなく口を開こうとした――が。


「いやぁぁぁっ!? まだレッサーいるぅぅぅぅ!?」


 神殿の廃墟の影から現れていく数体のレッサーデーモンへのジーサの驚愕の叫びにかき消された。

 叫んだ後も慌て続ける彼に対しマテサはうんざりとした表情ながら剣を握り直し、レッサーデーモン達へと向き直る


「見ればわかるでしょう、愚弟。その五月蠅い口を閉じないと貴方の分の報酬を減らすわ」

「そんなっ!? 報酬がなかったらコルトスちゃんへの心付が……!? それはいやだー!! 貧乏人とか思われたくないー!!?」

「閉じろと言ってるでしょうが――!! というか、貴方また酒場の踊り子に……!」

「そ、そう言うなマテサ殿。私とて叫び出したい気持ちだからな」


 彼らから少し距離を置いての前方に現れたレッサーデーモンは6体。

 一体でも倒すのに骨が折れる相手なのに、それがこの数では叫びたくもなるし、本来ならば逃げ出すのが正解だ。


 レッサーデーモン。

 数ある魔物の一体で、魔物という存在を語る際に即座に上げられるであろう知名度を誇る存在である。

 だが、その知名度とは対照的に存在について正確な所を知る者は少ない。


 通常の魔物は、通常の生物とは異なる生命活動を行う特殊存在、もしくは動植物が魔力を帯びた突然変異である――言うなれば自然に誕生したものだ。


 だがレッサーデーモンやその派生となる、この世界での分類では『魔造物まぞうぶつ』とされる存在はそうではない。

 『魔造物まぞうぶつ』は魔族が魔力を用いて人工的に作り出した生命体なのである。

 

 ただ、人工的、と言っても生命体である事には間違いない。

 魔族により生まれた後は、似たような経緯で誕生した『魔造物まぞうぶつ』同士で子を為して――基本的に『同族』であるが、他の生物間でも可能である――増える事も出来るからだ。

 同時に、自分自身を複製する事で増える、という性質もあるので、彼らを研究する人間の中には生命体の枠組みに置くべきでないと主張する者もいるが。

 また、下級の魔物たるゴブリンと一部似通った生体、構造がある事から、ゴブリンもまた彼らの亜種なのではないかという説も存在している。


 閑話休題。


 要するにレッサーデーモンは、魔を帯びた生物群の中でも特殊な存在なのである。

 そしてそれゆえなのか並の魔物よりも一段上の強力さを誇っている。


 グリズリーを上回る膂力や生半可な攻撃を通さない頑健さ、それだけでも厄介なのに、

 初級の魔術では通用しないそこそこの魔力耐性を持ち、さらに単純ながらも魔法を行使してくるのだ。


 駆け出しの冒険者では十人、二十人いた所で一体倒す事も難しい。

 手練れの冒険者五人でようやく一体倒せるかどうか、という存在なのである。


 しかもレッサーデーモンは『魔造物まぞうぶつ』の中でも最下級の存在であるらしい。

 その『最下級』の肩書だけを口伝に聞いて油断した結果死んだ初心者冒険者が多い事から、レッサーデーモンと戦って生き延びたら冒険者として一人前だとする風潮も根強い。


 詰まる所、レッサーデーモンは冒険者の前に立ち塞がる手強い壁の一つなのである。

 そんな存在が、今ここに6体出現した――それはすなわち、生き延びる事が相当に難しい状況だという事に他ならない。 


 ここにいる三人はレッサーデーモンとの遭遇経験がある。討伐した経験もだ。

 だがそれはあくまでレッサーデーモン1体と他複数のそう強くない魔物の組み合わせであって、6体ものレッサーデーモンとの遭遇戦など想定も経験もしていなかった。


「済まない――私の油断だ。まだここは人の領域だと甘く見ていた。

 まだ依頼の品も発見できていないし――」

「いやいやいや、こんなん誰も予測できないからディーグさんのせいじゃないって」

「そうよ、ディーグ。愚弟の言葉に同意するのは癪だけど、あなたの所為じゃないのは間違いないわ」

「おお、このディーグ、君達のその言葉と気持ちはありがたく受け取らせてもらおう。

 そしてだからこそ、ここで殿を引き受けさせてくれ」


 ディーグはそう言いながら槍斧ハルバードを構えながら、二人を庇うように一歩前に歩み出た。


「おそらくこのまま戦っても全滅は必至――だが、私が盾となれば君達を逃がす時間位は稼げるだろう」

「ぐぐ、確かにそうだなぁ――」

「愚弟? まさかディーグを見捨てるとか言わないわよね?」

「い、言いたくないよそんなこと! でも、この状況は厳し過ぎるし、蘇生さえできれば――」

「ああ、ジーサ君の言うとおり、今の状況はとても厳しい。

 安易な蘇生頼りは心を壊されてしまうが――私は元とは言え、騎士だった男だ。

 ただではやられんし、そうそう死ぬつもりもないし、必ず冒険者として復帰してみせる……!!」


 そう言いながら更にもう一歩進み出るディーグ。

 その手も足も微かに震えていた……が、彼の足運びに迷いはなかった。


 だが、そこに込められた覚悟を理解出来なかったのだろうか。

 そんなディーグを無様だと思ったのか、レッサーデーモン達は笑い声めいた声を――いや表情からして明らかに笑っていた。

  

 そうして彼を嘲笑う一体が、眼前に炎を収束、ディーグに解き放とうとした――まさにその時だった。


「――――っ!!?」


 その場の全員が驚きに息を呑んだ。


 まるで流星のように。

 空から舞い降りた光の軌跡、光の刃が、ディーグに炎を放ちかけたレッサーデーモンを両断するのを目の当たりにしたからだ。


「――御礼を言うつもりはないけど」


 血煙の向こう側に空から何者かが降り立ったのを、冒険者三人は確かに見た。

 閃光の剣を握り締め、白い布だけを身に纏った――一人の少女の姿を。

 

 白い衣に星光を受けて、まるで光を纏うかのように現れた少女は凛々しく宣言した。


「お陰で誰をお手伝いするべきか、ハッキリと分かった。

 冒険者の皆さん――同じく冒険者の端くれとして、レッサーデーモン討伐、お手伝いいたしまシュッ!」


 そして大いに噛んだ。声も裏返らせていた。

 

「えと、うん、ありがとう! お願い!!」

「き、気にしないでいいからね! 人生そういう時もある!」

「す、助太刀感謝いたしますっ!」


 何とも言えない表情で赤面する命の恩人たる少女――八重垣やえがき紫苑しおんに、彼らが助け舟を出したのは当然と言えば当然の事だった――。

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