第3話 世界を敵に回したとしても、地道さだけは忘れずに

1 絶賛混乱中――気付いたら見知らぬ場所って怖いです

 あの、代え難い苦痛――――いや、そう表現する事さえ生温い魂そのものを砕くような時間は二度目だった。


 そこから目を覚ました私・八重垣やえがき紫苑しおんは――気付けば一糸纏わぬ姿で、街を彷徨っていた。

 

「――――――」


 頭が、よく働かない。

 靄が、霞が掛かっているような、そんな視界のように思える。

 ここは一体何処なのか。

 何故こんな所に私はいるのか。

 蘇生の影響なのか、どうにも熱に浮かされているような感覚で、状況把握が出来ない。


 いや、そもそもにして。


 この街は、ここ暫くで慣れ親しんだ――レイラルド一帯の街並みじゃない。

 ようやっと、気付いた。


 ここは、ここは――――元々の、私達の、世界?

 私達の学園の近くにあった、繁華街?

 

 それが、どうして――……!?


 分からない。

 一体、私達の街に、世界に何があったのか。

 まるで戦争か何かが起こったような光景が、目の前に広がっている。


 私は熱に浮かされたような感覚でのまま、ぼんやりと歩みを進め――辿り着いた。

 繁華街だった場所の中心、駅前のスクランブル交差点。


「―――――――――――――――――――――――――あ。

 あ、あああ、ああああああああああああああ?!」

 

 そこにあるものを目の当たりにして、私は声を、叫びを、本来の意識を取り戻した。


 そこにあったもの、それは。


 クラスメート達。

 私のクラスメート達28人が、ボロボロの状態で磔にされて無造作に並べられ晒されていた。

 その中央には、エグザ様の身体とレーラちゃんが倒れていて――エグザ様の背中には……黒い魔力の刃を生成したヴァレドリオンが突き立てられている。


 何が何なのか、いったいどうしてこんな事になっているのか、まるで状況が掴めない。

 

 だけど、だけど、まだ皆は……!!


「――――――――――み、んな! みんな! 待ってて、今……!!」


 私がそうして駆け寄ろうとした瞬間だった。


「え?」


 突然に、唐突に――私は光の奔流に呑み込まれた。

 天から降り注いだ一条の光の中で――――私の全てがバラバラになっていく。


 そんな中で私は見た。


 艦なのか街なのか――空の彼方に浮かぶ、巨大な何か。

 そこから放たれた魔力光と思しきものが、世界を壊していく姿。


 そして――なんとはなしに見上げた、私を焦がす光の先に……見覚えがあるような、誰かがいた。


 誰かは呟いた。

 聴こえるような状況じゃなかったはずけど、確かに私の耳に、いや魂に響き渡った。


『よかった――――これで……可能性はまだ――』

 

 その直後。

 私がその言葉の意味を問いただす間も、皆の事を助けてほしいと伝える間もなく。


 私の意識は光に溶けて消えていった――――。






 

「みんなっ!!」


 そんな声と共に、私・八重垣紫苑は起き上がった。

 服を纏っていない身体にはしっとりと汗が滲んでいて――って。

 

「わわわっ!? な、なにか着るもの羽織るもの――え?」


 全裸である事に気付き周囲を見渡す事で、私は現状が異常事態である事を少しずつ理解していった。


 まず全裸だという事やあの筆舌に尽くし難い痛みもあって、私が死んで蘇生したのは間違いないだろう。

 その事も大いに気になるというか気にするべき問題なんだけど、そうもいかない状況らしい。


 私がいる場所はレートヴァ教の神殿のようだけど――そこは、私が知っている、私が一度蘇生した事がある、レイラルド領のレートヴァ教の神殿ではなかった。

 椅子や祭壇、柱、周辺にあるものに無傷のものはなく、あまつさえ天井に穴が開いていて、そこから星の光が微かに零れ落ちていた。

 どうやら誰かが務め続けている神殿でない事は間違いなさそうだった。

 前回の私はイレギュラーな状況だったからだけど、本来蘇生した人は常に待機しているレートヴァ教の方が迎えてくださるはずなのに、そういった方もいらっしゃらない様子な事もその根拠の一つだった。


 何故レイラルド領じゃない神殿で私は蘇生したのか。

 そもそもここは何処なのか。

 そして――何故、私は殺されたのか。


 気になる事はたくさんあるのだけど――ひとまずは確認。


 ……よかった。皆が怪我してたりピンチになったりはしてないみたい。そもそも皆がいないって状況だけど。


 不明な状況に陥った時は即座に【ステータス】で確認する。

 ――意識して身に付けてきたその確認作業で、周辺を簡単に調べて私は安堵の息を吐いた。


 目が醒める直前に見た夢が夢なので不安だったが――いや、というか、あれは本当に夢だったのだろうか。


 あれ、すなわち、私達の世界での不可解な状況。

 私の見た光景が仮に現実とするなら、おかしなことが多すぎる。違和感があった。

 

 私達が元の世界に帰還していた事もだし、そこにレーラちゃんやエグザ様がいた事もそうだ。

 何故私達の世界が荒廃するような状況になっているのかもそうだし、そもそも何故私はあそこにいたのか。

 レートヴァ教の蘇生契約がああいった状況を引き起こすものなのかどうかも含めてさっぱり分からない。

 

 正直今の状況なら納得出来るし、何かしら理由は付けられそうけど、私達の世界あそこにいた状況は納得も理由づけも難しいのが現状だ。

 現段階では夢だと思う方が自然だと思う。

 そちらはひとまずそれでいいとして――。


『――――はじめくん? 聴こえる?』


 私は堅砂かたすなはじめくんから譲渡されている【思考通話テレパシー・トーク】の子機機能で彼に呼び掛けてみた。

 だが、暫く待ってみても返事が返ってくる事はなかったので頭を捻る。


 少なくともこれまでははじめくんと連絡が取れない状況になる事はなかった。

 別行動をとった時は何度かあったが、その際も言葉を交わす事に不都合は生じなかった。


 その理由として今考えられるのは、二つある。


 一つは、はじめくんによる受信拒絶。あるいは気付いてないふり。

 何の理由があるにせよ、はじめくん自身にこちらの声を聴くつもりがないならどうしようもない。

 

 もう一つは、なんらかの手段で通話不可の状態になっている事。

 妨害は――その手段が正直思いつかないので、私的には距離的な問題じゃないだろうかと推察している。


 別行動の際の相互通話に不備はなかったが、その際の距離は――少なくとも町を大きく跨ぐほどではなかった。

 もしも【思考通話テレパシー・トーク】の機能を越えた距離に私がいるのであれば、通話出来ない状況も納得出来る。


 ただ、その推察が正しい場合――私は、皆から相当に離れた場所で蘇生した事になる。

 もしそうだとすると、ここが何処でどう帰ればいいかの把握をしなくちゃいけないわけで。

  

「これ、想像以上にヤバい状況じゃないかな、私」


 あえて呟いた事で、私は意識を引き締める。

 そうしながら、近くにあったカーテンか何かと思われる――少し透けている薄く長い生地を拝借。

 持ち主の方がいたら申し訳ありません。

 流石に裸は心許なさすぎるのでお借りします、と何処かにいるかもしれない持ち主の方に手を合わせて謝罪する。

 

「っと……ぐぐ」


 そうした上で魔力の調整に悪戦苦闘しつつ魔力で構成した長剣を作り出し、適当な大きさで生地を切り取る。

 大きくレベルアップして以降、身体能力もだけど、魔力による武器の生成も以前ほど細かい調整が出来なくなっている。

 鍛錬や魔物退治の依頼を日々続けて、慣らしを続けているけれど、思うようにならない状況が続いていた。


「地道に続けて、慣れるしかないのかなぁ――っと」


 その問題も解決しないと、と思いつつ私は切り裂いた生地で作った簡易的な衣服を身に纏った。

 衣服と言ってもバスタオルを巻き付けるのと大差ないが、裸のままよりはずっといい、うん。


 出来れば靴も欲しかったなぁ――

 ひとまずは辺りにあった木材の破片をある程度のサイズに切断、それを靴底に見立てて、生地の残りで巻き付けて固定したサンダルめいたもので我慢です。


 これでとりあえず出歩く分には問題ないけれど――これから先どうしたものか。

 まずは近くに町や村がある事を信じて探す他ないよね。


 少なくともこの状況になっているのは私だけだろう。

 こうなる前……宿舎の裏に呼び出されてから殺されたので、狙いはあくまで私個人である可能性が極めて高い。

 なので皆の心配はきっと無用な事はありがたかった。

 それに、クラスの皆はすごく頼もしい。

 はじめくんがいてくれたらベストな判断、アイデアを出してくれるだろうしね、うん。


 そうして私が神殿の外に出ようと考え、より広範囲の確認をしようと【ステータス】の認識領域――この機能には最近気付いた――を広げた時だった。

 

「――! 誰かが戦闘状態に入ってる――?!」


 【ステータス】に表示されたのは、レッサーデーモン複数と見知らぬ誰かの名前が三人程。

 どうやら人間側が不利な状況らしく、徐々に体力や魔力を消耗していく状態に追いやられていた。

 ――これは、放っておけないよね、うん。

 正義の味方に憧れる者としては勿論だけど、それを抜きにしても人として。


 もう少し詳しい状況を確認してからだけど、力が必要なら手助けせねば――!


 そう意気込んだ私は先んじて魔力武器を苦戦しつつ生成、それを握り締めて彼らが戦っていると思しき現場へと駆け出したのだった――。

 

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