第???話 地道に過ごす、異世界生活閑話

エクストラ1 『玩具・英雄の剣』

 それは、八重垣紫苑が『二人』になってしまうより以前のお話。




「なんだろ、これ」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは、日頃愛用している道具屋さんで呟く。


 今日は鍛錬の後――スカード師匠は不在だけど自宅や周辺の土地は訓練用に使わせてもらっていて、その帰り道だった――なのでその相手であるはじめくんと一緒に行動していた。

 日が傾き出した頃、その足で道具屋さんに立ち寄った私達は傷薬その他を購入、補充する事にした。


 魔物退治でもそうだけど、鍛錬でも結構怪我したりするからね。

 はじめくんなら魔術での治癒も可能――なんだけど、訓練だからこそ限界まで試したい魔術があるとの事で、限界まで魔力を使い切る事もしばしばあるんだよね。

 なので、ちょっとした傷を魔術で治してもらうのは心苦しいため、私はちょくちょく薬草や傷薬を買い込んでいます。


 ちなみに、魔力回復用のポーションなんかは結構お高いので、普段はあんまり使わないようにしてます。

 この間のドラゴンさんとの戦いではいくらあっても足りないから使ってたけど、今考えるとゾッとするなぁお金的な意味で。


 ともあれ、私は無事に不足していたあれこれを補充出来たんだけど、はじめくんは店主さんに詳しく聴きたい事があるという事で、暫し話し込んでいた。


 その間手持無沙汰の私は、あまりじっくり見る事がなかった店内を改めて拝見させてもらってたり。

 召喚された当初はものの良し悪しどころか、ものそのものの理解度が低かった。

 なので、口頭で商品を頼み、支払いを終えたらすぐに去るのが私達の当たり前だったので、商品をゆっくり見る機会があんまりなかったんだよね。


 なので、改めて色々眺めていたんだけど――その中で、気になる品物があったので、私は手に取ってみた。


「玩具の、剣?」


 なんというか、元々の世界で特撮番組が大好きな私的に馴染みのあるサイズ感だった。

 実戦で使うナイフより一回り大きいけど、鞘や柄には実戦感がまるでない感じ。


 なんとなくで鞘から引き抜いてみると――少し濁った半透明の刀身が現れた。

 刃も切先も全然鋭くなくて、やっぱり子供が振り回す玩具なんだろうけど。


「それは、英雄の剣だよ」


 そうして観察していると、声を掛けられた。

 声の主は、この道具屋さんの店主さん――テムドさんだった。

 すごく優しい、穏やかな顔つきの男性で、年の頃は師匠より少し上くらいだろうか。

 少し前にお父さんからお店を譲り受けたばかりらしい。


 その後ろには何かがたくさん入った革袋を持ったはじめくんがいた。

 少し興味ありげにこちらを眺めている。


「英雄の剣、ですか? なにか曰くがあったり?」

「いや、特にないというか――ふむ。

 紫苑さん、剣にちょっと魔力を注いでみて。

 その状態でも、それで動作はする筈だから」

「分かりました……っと、おおー!」


 私が魔力を少しだけ注ぐと、握った剣の刀身から光が放たれた。

 といっても眩しい、ってほどじゃなくて――そう、それこそ、私達の世界ではあり触れた、電池によって光を放つ玩具位の光量だ。


「なるほど、この世界でのなりきり玩具、といった所か。

 特定の英雄を元にしたものではなく、かっこいい英雄はこういうものを持っているだろう、的な」

「そうそう、流石はじめくん察しが早い」


 はじめくんの発言に、テムドさんは満足そうに頷き、解説してくれた。


「本当は、ささやかな魔力しか出せない安価な魔石を中に入れて光らせるものでね。

 でも、魔力を操れる人であればそうして魔石なしでも光らせる事は出来るんだ」

「なるほど……でも、この刀身も魔石っぽいような……」

「一応分類的にはそうなんだけど、それはもう元々込められてた魔力や魔術の効果が尽きてるものでね。

 元々は貴族様の家で使われる魔力灯とかだったんだよ。

 そういう元々の用途では使えなくなったもののうち、こうしてささやかに光らせる事ぐらいの機能が残ったものを、業者が格安で購入して、こうして玩具とかに転用してるんだ」


 テムドさん曰く、他にもただ玩具としての扱いだけじゃなくて、魔石を抜いた上で刀身を光らせる――ちょっとした魔力放出の練習代わりとしても使えるらしい。

 勿論というか当然というか、武器としては絶対に使えないけれど魔力を循環させる意識作りには役立つのだとか。 


「なるほど――」


 なんとなく軽く振ってみる私……うーむ、テンション上がるなぁ。

 おお、なんか音まで鳴るんですけど!

 すごいなぁ……うーむ、元の世界で集めていた特撮玩具を思い出します。

 

「なんだか嬉しそうにしてるが、普段から魔力剣を使ったりヴァレドリオンやらを振るってた君的にテンション上がるものなのか?」

「いや、それはそれ、これはこれだよ。

 こういう玩具ワクワクしない?」

「……。まぁ、しないわけじゃあない」

「でしょう?」

「いつになくテンションが高いな……。

 とにかく、君的にはどうなのか、と純粋に疑問に思っただけだよ。

 というかそんなに気に入ったなら買っていったらどうだ?」

「――!! い、いいのかなっ!?」


 その発想はなかった――!

 なので思わず尋ねてみると、はじめくんは何とも言えない表情で言った。


「君が魔物退治で稼いだ金の内、私的な使用が許されてる範囲での購入なら文句を言う輩はいないだろ。

 ――ちなみに、これ、いくらぐらいなんです?」


 はじめくんがこちらへと手を差し出したので、私はなんとなく持っていた英雄の剣を手渡した。


 そう言えば、テムドさんには敬語だなぁはじめくん。

 ラルはさん付けはするけど、基本私と同じような感じで話すし――時々はじめくんにとってのその辺りのラインが分からない時があるなぁ。

 なんとなくだけど、自分が携わらない方面の分野のかたには敬語を使うのかな。

 

「ああ、それは銀貨一枚くらいかな」

「子供が買うには少し厳しいくらいか――まぁ玩具はどの世界でもそれぐらいの価値なんだろうな。

 では、こちらで」


 そう言うと、はじめくんはさらっと財布から銀貨を一枚テムドさんに手渡した。


「おお、はじめくんも欲しくなったの?」

「……さっきも言ったが、興味がないと言えば嘘になる。

 だが、これは俺じゃなくて――」

「ああ、レーラちゃんに買っていくんだ? それだったら私も半分出すよ?」


 私がそう言うと、何故かはじめくんは何か渋いものを食べた時のような表情を形作る。

 どうしたんだろう、と思っていると小さく息を吐いて、購入した剣の柄を私に向けて突き出しつつはじめくんは言った。


「これは、君にだ」

「へ? えぇっ!?」


 飛び出した予想外の言葉に私は思わずオロオロしてしまった。


「え、いやその、私、そんなつもりじゃなくて、自分で買うつもりで――」

「そうだろうな。

 いや、金貨差し出さなくていいから。というかなんで金貨なんだ」


 困惑した私が財布から取り出しておそるおそる差し出した金貨を押し返しつつ、はじめくんは告げた。


「最近――例のファージ様から招待を受けた夜会の準備中だろう?」

「えと? うん、まぁ、そうだけど」


 話の方向が読み取れず、私は首を捻りつつ頷いた。

 ちなみにテムードさんはさっきからすごくニコニコしております……何故に?


「元々、君は乗り気じゃない上に――不慣れだからな。ストレスも溜まって来たんじゃないか?」

「むむ……大変なのはそうだけど、それは皆もそうだからね、私だけストレスだなんて――」

「そこで、だ」


 半ば私の言葉を遮って、咳払いした後に言葉を続けるはじめくん。

 なんかちょっと強引な気がするんだけど……どうしたんだろう。


「君のストレスを少しは軽減しといた方がいいだろう、そう思っただけだ。

 その為の御機嫌取りだよ、これは。

 つまりは必要経費だ」

「そ、そうなんだ……」


 いつもより若干ハイペースの言葉に圧される私――そこに、もう一度咳払いをした上ではじめくんが言葉を重ねた。


「……それと、少し強引に夜会への参加を要請した謝罪だ。

 そういう理由の重ね合わせだから、気兼ねなく受け取ってくれると助かるんだが」


 そこで私はようやっとはじめくんの強引さも含めて、いきなりの贈り物の理由に納得した。

 陰キャを自称しやすい私――最近は改善を目指してるけど、まだまだままならない――に華やかな舞台でのあれこれを頼んだ事を気にしてくれているんだろう。

 

 自己評価が低い私に『ちゃんとすること』を望んでくれているはじめくんだけど、それを過剰に強制したいわけじゃないんだよね。

 私なりのペースでそうしていく事を考えてくれていて――今回そういう所から少し外れていたのを気にしてくれてたんだろう。


 うん、なんというか――ちゃんとしている、はじめくんらしいなぁ。


 そう思うと、なんだかストンと胸に落ちるものがあって。


「……えと、その。

 それじゃあ、今回はありがたく頂戴いたします」


 私は小さく頭を下げつつ、差し出された柄を握って――英雄の剣を受け取った。


 本当はそれでも「いや大変なのは皆も同じだし、私だけもらうのもどうかなぁ」とか思ったりもしてたんだけど。

 でも、これではじめくんの罪悪感が少しでもなくなるのなら――うん、いいと思う。


 私だけちょっと気に掛けてもらっている事への罪悪感もあるけど、そういう意味ではお互い様、なのかも。

 ……でも、やっぱり気になるから、他のみんなには今度何かお菓子とか買って帰る位のバランスで埋め合わせしようかなぁ。


「ありがと、はじめくん。

 これを励みにして、明日からもがんばります」


 ともあれ、私がそうしてサムズアップしつつぎこちない笑顔で受け取ると、はじめくんは呆れた様子で言った。


「しなくていいしなくていい。あくまで詫びの品なんだからな」

「ええ?

 でも元気が出たからその分頑張りたいって思ったんだけど」

「その分力を込め過ぎて転びそうだからやめておいた方がいい。

 昨日も、上手くなろうと力を入れ過ぎたせいで練習用のドレスを踏みつけて破いた上に転んで、恥ずかしい事になっただろ」

「うぐぐっ……おっしゃるとおりでございます……」


 昨日の事は忘れたい――ドレスを破いた事については反省を込めて忘れるつもりはないけど、転んだ結果皆の前でスカートの中身――ううう、忘れたい忘れたい。


「だから適度にがんばるといい。

 常に全力なのは君の長所だが、それは短所にもなるんだからな。気を付けるべきだ」

「はい、ごもっともでございます……いただいた剣を輝かせる度思い出す事にします……ううう、私、まだまだ駄目だなぁ」

「だから、力を入れ過ぎるなって言ってるだろうに……まったく」


 そうして暫し思わず落ち込んでしまった訳だけど、帰り道は思わぬ贈り物が嬉しくて足取りが軽くなる私でございました。

 特撮ソングの鼻歌も歌っちゃいますよ、ええ。

 往来で剣を光らせるのは迷惑だと思うからちゃんと我慢します。


「~♪」

「……そんなに嬉しいもんか」


 挨拶を終えて道具屋さんから出て、皆の所へと帰る道すがらはじめくんが不思議そうに呟いていたのが印象的だった。


「嬉しいよ、うん――贈り物そのものもだけど――何より、はじめくんの心遣いが、すごく」

「――――。

 ……君はよくもまぁ――いや、いい」


 きっと、よくもまあそんな恥ずかしい言葉を、みたいな事を言おうとしたんだと思う。

 ――まぁ、その辺りはでノーコメントで。


「嬉しいなら、それでいいさ」


 そうして私達は赤く染まった道を、同じように赤く染められながら帰っていったのだった。




 余談だけど。


 この英雄の剣の購入から、私の中のある部分が刺激されて、とある品の開発計画が始まるんだけど――それはまた別のお話です。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇このお話はサポーター限定公開用の作品でしたが、どんな内容なのか分からないとサポートし辛いのではと考え、お試し用としてこちらに掲載する事としました。


 今後改めてサポーター限定作品を書き下ろした際は改めてご報告させていただきます。


 また、今後可能であれば限定用に限らず紫苑達の日常を描いていければとも思っております。

 その際はお気軽に楽しんでいただければ幸いです。



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