幕間2

幕間2 党団『選ばれし7人』の進むべき先

「ううう、ここに収容されて一か月くらい経ってるよなぁ……辛いわぁ」


 蝋燭の光に照らされた、薄暗い牢屋の中。

 膝を抱えて座り込み、ぼやいているのはつばさ望一ぼういち


「当てが外れたなぁ、翼。

 俺らを売って、自分は無罪放免のほほんと過ごすつもりだったんだろうが」 


 そんな彼をせせら笑うのは、同じ牢にいる寺虎てらこ狩晴かりはる

 彼に続いて、同様に牢にいる永近ながちかしょう様臣さまおみすばるが言った。


「そうは問屋が卸さないよ、ホント」

「一蓮托生だ、諦めろ」

「いや別にそこまで面の皮厚くないよ俺は。

 お前らに賛同した事実を否定するつもりはないし。

 というか、なんで俺が悪いみたいになってんの?! 悪いのはお前らじゃん!

 いや、俺も悪いんだけど、程度の差があるじゃん!?」

「ま、それはそうだな。

 あと、別にお前を恨みに思ってたりはしてねぇから、そう吼えんなよ」


 彼ら――ここにいる四人と、阿久夜あくやみお正代ただしろしずか麻邑あさむら実羽みうを含めた七人は、現在レイラルド領の隅の方にある牢獄で虜囚の身となっていた。

 先の屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの事件の実行犯、重要参考人として。


 本来彼らの扱いには差が出来ているはずだった。

 実行犯である寺虎達三人とそれを止めて事件解決に協力した望一は本来そうなるのが正しい。

 しかし『異世界人』という特殊な立場ゆえに、他の囚人達と同様に収監というわけにはいかなかった。

 文化の違い、立場の違いというものは、時に理由なき敵対を生んでしまうからだ。


 それを避ける意味で、そういう特殊な囚人を隔離する牢へと彼らは一緒くたに放り込まれたのである。

 ちなみに、彼らとは無関係ではないコーソムが一時囚われている時にここを使用していたりする。


 そして、それは長くは続かない――少なくとも望一は早々に解放される――はずだったのだが。

 異世界人召喚についての事情を把握し、様々な権限を持つレートヴァ教からのお達しを受けて、行われるはずだった裁判が延期。

 その辺りのいざこざの解決が今も続いている事から、結果一時的な一緒くたがなんとはなしに続けられる状況となっていた。 


 そんな事など知る由もない彼らは、鉄格子の中、蝋燭の光を浴びながら言葉を交わしていた。


「――その辺、意外だよな。

 俺はてっきり、俺が悪いとか堅砂が悪いとかグチグチ言い続けるとばっかり思ってたぞ」


 実際一緒の牢に入れられる事になった時、それを、あるいはそれ以上を想定して望一は別の牢がいいと主張した。

 それは叶わなかったわけなのだが――同時に、彼が懸念していたような事にはならなかった。

 寺虎は『裏切り者』と望一を称する事もあるが、ただの事実としてそれを言葉にするだけで、それ自体を責めたりする事はなかった。

 ――むしろ他の二人による望一への当たりの方が強かった。 


 そんな素直な感想を翼が呟くと狩晴はニヤリと笑ってみせた。


「おいおい、俺はそんな小さな男じゃないぜ。

 ――ま、清々しいまでに捻じ伏せられたから、これ以上見苦しい真似は流石にな、って思ってるのもあるが」


 ――――実際、意外に思っていたのは他の二人、幼馴染である二人もであった。


 自分達の知る近年の狩晴はずっと焦りの様なものを感じていたようで、余裕のなさが随所から感じ取れていた。

 異世界召喚されて、そこから解放されていた――ように見えたのは一時期のみ。

 コーソムが紫苑を襲った一件以降、自分達の扱いが悪くなるにつれ、以前の……元の世界にいた時の焦りが蘇っていった。


 そんな中でレベルがずっと下の紫苑に倒されて捕まったため、より焦りが募るのではと思っていたのだが――実際は真逆と言っていい落ち着きぶりだった。

 彼らが知り合った頃の、彼らが慕うようになった狩晴に限りなく近づいている……いや、戻りつつあるかのような、そんな気がした。


 こうしてずっと囚われているのに脱出の意思をまるで見せないのも、その証左であるように思える。

 今度何かやらかせば、脱獄などしようものなら間違いなく死罪だ――そう言われている、というのは多少はあるだろうが、そうだとしてもここまで大人しくする理由もない。


 八重垣やえがき紫苑しおん――彼女に、真正面から圧倒され敗北した事は、狩晴にとって何か得るものがあったのかもしれない。

 ――堅砂かたすなはじめに策を弄されて敗れた二人は、全然スッキリしないし納得できない、暗澹たる気持ちを抱えたままだからこそ、そんな気がした。


「なるほど、紫苑ちゃんに叱られたのが堪えたと」

「他に言いようがあるだろが、おい」

『―――――ふむ、だとすると、ここから出る気はないの? 寺虎とらっちは』

「いや、いい加減退屈はしてるんだぜ……って、なんだ?」


 いきなり響いた、ここにいる筈のない存在の声に狩晴のみならず、他の三人も驚いて周囲を見渡した。

 そんな中で、牢屋の壁の辺りの空間に黒い穴が展開され、そこから一人の少女が顔を出してきた。


「やっほー。四人共元気そうでなにより」


 麻邑あさむら実羽みう

 彼らの仲間であり、紫苑達に協力した面子の一人である少女が暗闇の中から顔だけを覗かせていた。


麻邑あさむら、お前何してんだ? つーかそんなことできたのかよ」


 それに若干驚きつつも声を掛けた狩晴に、実羽は、ニヒヒ、と笑ってみせた。


「ま、この位は朝飯前って奴なんだなぁ、これが。

 それで、ここから出るつもりはないの? 皆は」

「……。今の実羽ちゃん見てると出るのは簡単そうだけどさぁ。

 次何かやらかしたら死刑らしいじゃん俺ら。

 それに紫苑ちゃんや廣音ひろねちゃん、ハルちゃんや秋ちゃん、女子の皆に迷惑かけそうだしなぁ」

「あら殊勝な事。寺虎とらっち達も同じ意見だったり?」

「違うとは言えねぇな。どっちにとっても面倒ごとになるのは間違いねぇだろうし」

 

 狩晴の言葉に、将と昴は顔を見合わせた後、うんうん、と首を縦に振って彼の言葉を肯定した。

 そんな彼らに笑顔を向けたまま、実羽は言った。


「ねぇつばっち

「その呼び方唾吐いてるみたいでどうかと前から思ってるけど実羽ちゃんだからおっけい!

 で、なにかな?」

「君は――君の感性と『贈り物』はどう感じてる?

 このまま捕まったままで、正しい素敵な未来がやって来るって思える?」


 実羽の――いつもとは少し違う、どこか真剣な問い掛けに、望一は少し考えた末に首を横に振った。


「いや、そんな気は、しないな。

 ここは――なんか風のとおりがあんまり良くなくてさ。

 ちょっと息が詰まってる気がする……この状況がずっと続くのは、良くない気がするぜ」

「うん、良い感性だよ。

 じゃあ、そろそろここから出てみるつもりはない? 私達全員でさ」


 その言葉と共に、空間の穴から三人が姿を現した。

 実羽、正代ただしろしずか、そして阿久夜あくやみお

 静は捕まる以前と変わりない、しっかりとした凛々しい様子だったが、澪はずっと顔を俯かせた……捕まって以後の状態のままだった。


「クラスの皆には迷惑をかけない算段を考えてるからさ。

 乗っかってみない?」

「――うーん、まぁ迷惑をかけないんなら俺は良いけど」

「いいんだ」

「いいのか」

「……麻邑よ、一ついいか?」

「なに、寺虎とらっち

「俺らには、まだ何か出来る事があるんだな?」


 狩晴が静かに、そして真剣に問い掛ける。

 すると実羽は――満面の笑みを返して頷いた。

 

「もちよ。借りを返したいでしょ、寺虎とらっち

「――――ああ、そうだな。借りはきっちり返さないとな」


 彼女に応えるように、狩晴もまた笑みを浮かべた……獰猛な笑みを。苗字に一字ある虎のように。

 そんな彼の言葉に、その場の男子全員もまた、各々らしい笑みを浮かべて頷いていた。


 そうして頷く彼らに実羽は満足げにぱちぱちと手を叩いた後、その場の全員を見渡して告げた。


「うん、全員の意見の一致を得た所でいきますか。

 ここからがあたしら『選ばれし7人ベストセブン』の再出発ってことで、よろ」

「……そろそろその名前変えない?」

「それには同意」


 元々の世界での自撮り用と思しきポーズを披露する実羽に、静と望一はなんとも言えない表情で突っ込むのだった。







 ――――ある日の事。


 レイラルド領の一角にある収容所が、魔物の襲撃を受けた。

 あまりにも突然起こった事態に収容所に務める兵士、騎士達は動揺を隠しきれないながらも懸命に対応。

 どうにか怪我人や死人を出さずに魔物を撃退する事に成功した。


 …………だが。


 その折、収容されていた異世界人七名が魔物に捕われ攫われていった。

 それゆえに魔物の襲撃は、魔族による異世界人の拉致が目的ではないかと推察が上がっている。


 その真偽や異世界人の行方など、事件からある程度の時が流れた現在も、未だに不明のままである――――――。

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