136 みんなが手を取り合う為の、大激戦㉗

「――ダグドさん、すみません」


 私・八重垣紫苑は、魔王軍3将軍の一人でありながら今は私と戦うべく魔王軍から離れているダグドさんとの戦いの中言った。

 殆ど同時に振るった斬撃の激突――それにより互いに弾かれた、そのタイミングで。


 ダグドさんとの戦いへの意識を散らすつもりはない。

 ないのだけど――放っておく訳にはいかない事態がアリサに起こっている。


 アリサは今、フィフス――バヴェートさんと戦っている……いや、もうあれは戦いじゃなくなりつつある。

 そして、そんな状況が……どうやら世界各地に映し出されている。


 戦いの場では何が起こってもおかしくはない。

 こっちが忌避している手段を相手が遠慮も容赦もなく取る事は普通にある。

 それを心から肯定したい訳じゃないし、納得できる訳じゃないけれど、が在り得る、起こり得るって事そのものは私的には呑み込める事だ。


 だけど……バヴェートさんが行おうとしているアレは違うと私は感じていた。

 上手く言えないけれど、戦い以外のルールを勝手に持ち込まれてしまったように思えて仕方がない。


 それさえも含めて戦場で起こり得る事だって事は分かる。分かるけれど――。


「とても、とても納得出来ない事があるので、あちらに少し行ってきます」


 私にはとても承服しかねるので、なんとしても止めたくなってしまった。 

 今現在戦っているダグドさんには申し訳なく思う。

 私自身ダグドさんの全力を受け止めるつもりでいたから、尚更にただただ心苦しい。


 だけど――今行われようとしている事を見逃すわけにはいかない。

 

「本当に申し訳ありませんが、ダグドさんとの決着はその後改めてつけさせていただきますので、少しだけ待っていていただけますか?」

「気持ちはすげぇ分かる、だがな」


 不機嫌さを隠そうともせずダグドさんは、ギチリ、と牙を鳴らした。

  

「だからってはいそうですか、と行かせると思うのか、テメェは」

「勝手な事を言っている事は重々承知しています。

 私だって、ダグドさんとの戦いに全力を注ぎたいです――でも」


 ヴァレドリオンを握る手が自然強くなる。

 こうしている間にもアリサは苦しんでいる、苦しめられている――

 そう思うと居ても立っても居られない。


 二人の間で行われているのが普通の戦いであれば、私はダグドさんとの戦いに集中していただろう。

 決着が如何なる形で着くにせよ、互いの戦いに一意専心出来ていたと思う。  


 だけど、そうじゃないからこそ、それは出来なかった。


「いえ、……今は失礼させていただきます。

 本当にすみません」 

 

 心からの謝罪の気持ちが言葉だけで伝えきれるかどうか分からない。

 こうして伝える事そのものが自分勝手なんだと思う。

 だから、その事も含めて――改めて仕切り直す際に戦う事で伝えさせてもらおう。


 そうして私は申し訳なく思いながら私とダグドさんの間に巨大な魔力のブロックを形成――身を翻し、アリサの元へと駆け出した。


「てめぇぇぇっ!!」


 叫びと共に大きな衝撃音が周辺に響き渡る。

 ダグドさんの魔循兵装での攻撃がブロックへと放たれた音だろう。

 だけど、あれは今の私に出来るありったけの力を込めさせてもらった――硬さ的にそうそう壊せはしないし、迂回して私を追いかけるにせよささやかに時間が掛かる程度には大きく作ったので、多少時間稼ぎはできるだろう。


 本当に申し訳ないけれど――その僅かな時間を使わせてもらおう。


「――っ!!」


 ギリッと歯を鳴らしながら、私は地面を強く蹴った――向かうべき場所に全速で到着すべく。







「流石に、頑丈でしたね――苦労しましたよ」


 地面に仰向けの形で倒れたままのアリサに、バヴェートは告げた。

 彼らの周辺には、バヴェートがアリサの魔循兵装をわざわざ使って破壊した、彼女の世界守護騎士団の鎧の残骸が散らばっていた。


 単純に鎧を剥がす為なら、接合部を狙うなり他にも手段はあっただろう。

 バヴェートはそれをせず鎧の徹底的な破壊にこそ意識を傾けたのだ。

 アリサに精神的なダメージを与える、その為に。

 

「無様ですね――騎士の誇りたる鎧を壊され、武器を奪われながら、何も出来ない姿。

 まさに人形未満のガラクタです」

 

 アリサは当然抵抗しようとしていた。

 彼女にとって世界守護騎士団は自身の居場所であり、夢を実現するための場所で、夢そのものでもある。

 その証たる基本的に党員共通の鎧は、実際誇りであった。

 騎士としての務めを果たす為の武器も同じくだ。


 だからこそ、それらを良い様に扱われ、破壊されるのは――自身が汚される事以上に許し難い事だった。


 だが――。


「……その、人形未満のガラクタに、随分熱くなっていますね」


 鎧を破壊される際の反動で、鎧の下の衣服も幾分破れてしまっているが、それでも気丈にアリサは告げた。

 屈辱的な状況だからこそ、それでも負けない在り方を見せなくてはならない――それこそが未だに残る最後の鎧であり誇りだと信じて。


「何も出来ないようにした上で敵を甚振るとは、神々とやらの品性が知れますね。

 恥ずかしくないんですか?

 ……ぐっ!?」


 そうして真っ直ぐに自身を見据えるアリサの頭を、バヴェートは容赦なく踏みつけた。


「たかが道具未満を粗雑に扱おうと、私達の品性は下がりませんからね。

 しかし、存外に硬いですね、貴女。

 貴女のようなものは誇りとやらを汚せばすぐに泣き叫んで許しを請うかと思っていましたが」

「――ハァ……」


 バヴェートのその物言いに、アリサは心底呆れ果てて溜息を零した。

  

「先程の私の言葉を訂正します。

 貴方の事を、そんな有様だから第五党党長止まりと評しましたが、それ以下だったようですね。

 かのクラーンとさほど変わりないようです。

 いえ、間違っていたとは言え騎士の誇りのような何かはあったと思しき彼未満かもしれません」


 クラーン。

 世界守護騎士団の特権を振りかざして各地で大きな顔をして、下種な行動を繰り返していた男。

 紫苑に敗北した事を切っ掛けに悪事を露呈させ、今なお勾留が続いているはずだ。 


 だが、それでも彼には『負けたくない』という思いがあった。

 それが地位にぶら下がりたいだけの感情だけだとしても、最低限以下のものではあるが、騎士としての意識だけは持っているようにアリサは感じていた。


「彼よりも騎士の何たるかもわからずに――本当に壊されてはならない事が何かも分からずに党長をやっていたんですか、貴方」


 そうして蔑まれた故か、あるいはクラーンよりも下扱いされたからか、バヴェートは一瞬表情を硬化させていた。

 だが、すぐに笑みを浮かべ直して彼は告げた。

  

「いえいえ、分かっていますとも。

 どんな状況でも騎士たらんとする心が大事なんでしょう?

 だからこそ――貴女が自分にはあると思い込んでいるソレも壊してあげますよ、勿論」

「……何をどうした所で、私は貴方に屈するつもりはないですよ」


 仮にここで殺されても、自身の尊厳をどんな形で踏み躙られたとしても、アリサはバヴェートに従うつもりはなかった。

 だが――


「ええ、貴女の心はそれで構いません――ですが、

「――まさか……?!」


 身体だけではあるが、それを覆す手段をバヴェートは持っていたのである。


「コード・HUKIJTKFJy7453827473――」


 彼が言う所のアリサの製造番号――それを告げた瞬間、彼女の意識はどこか遠くへと追いやられていった――――。

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