135 みんなが手を取り合う為の、大激戦㉖
「失敗作――」
人族と魔族の和解を目指す者達と、それを妨害するべく現れた『
世界守護騎士団の騎士であるアリサは動けなくなり、地に伏していた。
謎の手段でそれを為した、彼女の上司であった――『
自分に告げられた言葉に息を呑む――深く動揺しているアリサのルーツを語る、その為に。
「ええ、そうです。
機密事項に類する事ですが、最早隠す意味はない……であるなら逆に私達が圧倒的な脅威である事を世界に伝える為に話してあげましょう。
彼ら――貴方達が『
私達の意のままに動く、我々に似せて作られた生命です。
――まぁ、そこまでは貴方の推測どおりだと言ってあげましょう、アリサ」
小さく拍手を送るバヴェート――しかし、彼女はそれを意に介していなかった。
彼女はそれよりも、彼女自身の事実を知りたいと願っていたからだ。
それに気付いているのかいないのか、バヴェートは拍手を止めて、改めて話を再開した。
「私達は、我々の住まう『楽園』にて、マナが続く限りコレらを何処までも量産する事が出来ます。
今ここにいるのはその、極々ほんの一部なのです。
人形共は、地上では容易に活動出来ない我々にとっての手足ですからね、数が多いに越した事はない。
そして、同時に高い性能を持っていれば尚良し――ゆえに、我々はコレらについて長い年月をかけて改良し続けてました。
生まれながらに戦えるように。
生まれながらに高い魔力を振るえるように。
装備一式含めて造形美と機能美を兼ね備えた形を追い求めました。
しかし、そうして試行錯誤を続け重ねれば、時には失敗も生まれます」
「……それが、私、なのですか」
「ええ、まさにそのとおり――!」
声を僅かに震えさせながらの彼女の言葉に、嬉々としてバヴェートは頷き、肯定した。
「世界守護騎士団の本拠で初めて貴女と遭遇した時に、我々が作ったもの特有のその容姿ですぐに気付きましたよ。
貴女が人形であり廃棄品である事を。
処分あるいは娯楽のどちらかは知りませんが、誰かが地上に投棄したんだ、と。
貴女は確か右腕に火傷の跡がありましたね?」
バヴェートの言葉どおり――普段は鎧を着込んでいるので視線を向けられる事は稀だが、彼女の右腕にはそこまで大きくはない火傷の跡があった。
彼女はそれを自身の過去に繋がるものと考えており、ある程度親しくなった人物には話す事もあった。
バヴェートには話そうとすら思っていなかったが、誰かに話す機会は何度かあったし、騎士団での生活の中で人前で鎧を外す事もあったので、それらのいずれかの時に見られていたのだろう。
「――それが一体何だというんですか?」
「そこはですね、本来貴女がた人形の……製造番号が記してあるんですよ。
貴女を投棄した何者かが焼き潰していたんでしょうか――その辺りまでは調べきれませんでしたがね。
そしてその製造番号は、いざという時の人形共の停止コードとしても使用出来るんです」
「停止、コード……!?」
コードという言葉が何を意味するのかはアリサには分からなかったが――おそらく停止を実行する為の魔術言語のようなものだろう。
そして、それによって動きを封じられているのが現状という事だ。
翻ってそれは、彼の言葉が正しい――自分が彼らの被造物である事実の証明でもあった。
おそらくそうなのだろうと推測はしていた。
だが、事実そのものを簡単に受け入れられるかというと、そうではなかった。
アリサの中には、ささやかながら希望があった。
自分を捨てた誰か――親には望まずも捨てざるを得ない理由があって、いつか何処かであたたかな再開が出来るのではないかと、極々僅かな夢を抱いていた。
世界守護騎士団の騎士として世界を歩き回っていく中で、いつかそんな親と再会出来るかもしれない――叶わないであろう夢想を心の片隅に置いていたのだ。
だが、それは完全に打ち砕かれてしまった――。
期待してなかったはずなのに、アリサの胸中を痛みが駆け巡っていく。
そんなアリサに、バヴェートは追い打ちを掛けるような言葉を続けていった。
「先程貴女に放ったのがまさにそれです。
ああ、でもご安心を――ただ製造番号を口にしたところで、誰もが貴女を自在に出来る訳ではありません。
ちゃんとした権限を持った我々のような存在でないとね」
「……その、私の製造番号とやらは火傷で見えなかったはずです。
どうして貴方はそれを知る事が出来たのですか」
そうして胸を痛めながらも、アリサは疑問を――状況を打開する何かしらの手段の模索、その為の言葉を口にした。
自分の出自に夢がなさそうなのはどうしようもないとしても……それはそれだ。
今の自分は世界守護騎士団の騎士、その末席だ。
世界と人々を守るために、目の前にいる裏切り者を放置しておけない。
それゆえに、今は自由に動けるようになる為に手を尽くさねば――そんな思いからの言葉に、バヴェートは何処か自慢げな様子で答えた。
「単純な話です。貴女を作った所に問い合わせたのですよ。
不良品に心当たりはないか、と。
すると、あっさり解答が返ってきました――余程珍しい事態だったようですから」
「珍しい事態――?」
「ええ、貴方達人形の大半は男性モデルで作られています。
これについては単純に、膂力を求めた結果ですね。
別用途の女性モデルも多少存在してはいますが、貴女はそれとは違う要素が多かった。
その辺りも踏まえて尋ねた結果判明したのは、アリサ、貴女が男性型の中で生まれ落ちた女性体、不良品だったという事です」
「――!」
「何故そうなったのかの原因は不明でしたが――まぁ長年稼働し続けた結果の誤作動という所でしょうね。
そんな訳で、本来の仕様から大きくかけ離れた状態、この時点でも廃棄には十分ですが――我々は慈悲深い。
不良品なりに使えるかどうかの確認含めて様々に調べたそうです。
ですが、そうして明らかになったのは欠陥ばかり」
ハッ、と鼻で笑うような息を零しながら、バヴェートは倒れたままのアリサを軽く蹴った。
響いたのは、コン、という金属同士を軽くぶつけ合った時の小さな音だったが――何故かアリサの耳にはそれがとても大きく感じられた。
「コクーン内では半端な幼体の状態のまま育たたなかった事。
身体構造が普通の人間めいていた事。
埋め込まれたプログラムが不完全だった事などなど。
我々の道具としては不適格な点ばかりだったらしいですよ、貴女は」
困ったものです、とばかりに肩を竦めるバヴェート。
アリサはそんな彼をただ視界に収め、語られていく情報を収集するしかできない事に唇を噛んだ。
「結果、道具として扱うには不十分――使えないものだと判断されて廃棄が決定した……そこまでの過程が仔細記録されていました。
なんせ数百年に一度あるかどうかの不具合。
ゆえに、製造番号を突き止めるのは容易かった、そういう事です。
さておき、最早不要と判断された結果、貴女は処分場所へと移送された。
何故かそこでの記録が曖昧になっていますが……まぁ、そちらについては貴女程の不良品が生まれる可能性よりは遥かに起こり得る事なので、そこはさして重要じゃないでしょう。
そうして貴女は地上に投棄された……そんな貴女が、巡り巡って私と出会う事になるとは――同情します、ねっ!」
「っ!」
今度は力を込めた蹴りを放つバヴェート。
動けないアリサにそれを避ける手段はなく、彼女は僅かに宙を舞い――最終的に仰向けの形で地面に転がった。
そんな彼女に歩み寄りながらバヴェートは言った。
「貴女が世界守護騎士団に足を踏み入れなければ、貴女は自身の素性を知る事はなく、ごく普通に人として生きられたのかもしれないのに――ああ、なんたる悲劇か。
しかし、こうして明らかになった以上、貴女には、そして世界には、ちゃんと現実を知ってもらわねばなりませんね」
そうして彼女のすぐ側に近付いたバヴェートは、彼女が腰に装備したままの魔循兵装を引き抜き――
「貴女は騎士でも何でもない人形未満のガラクタである事を。
そして、我々神々に逆らうものが、どうなるのかを」
起動した魔力で構成された深緑色の光刃を、アリサの胸元へと突き立てたのだった……。
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