93 影の中でただ願う――どうか彼女が転びませんように
『――少し強引だったんじゃないか?』
ナイエタの影の中――自身の【護影】の力で潜り込んでいる――にいる
――【護影】で陰に潜む者同士は、それぞれの影がどれだけ離れようとも自由に話が出来るのである。
静が語っているのは、少し前……自分達が潜んでいる影の主たる二人と、そのクラスメートのルヴェリ、そして自分達が暮らしていた世界でのクラスメートである
彼女達のクラスメート、貴族シェーラ・マクセエーラの一派が紫苑に生徒会長になってほしいという旨を伝えていた意見を澪が肯定し、薦めた事柄に他ならない。
澪が話を展開させていく様子は、普段の彼女を一番知る、と言っても過言ではない静からすれば若干展開が速い会話展開、そして会話テンポに思えた。
強引さや焦り――その事そのものを気付かせないようにそうしていたのではないか……静はそう睨んでいた。
そんな静の疑問に対し、澪の声だけが返事として帰ってきた。
『なんのことやら――と言いたい所ですが、よく気付きましたね』
『お前達とつるみ出してそこそこ経ったからな。
それなりに分かるようになる事もある』
『その割に分かっていない事もあるようですけどね、いろいろと』
『……何の事を言っているのか分からないんだが?』
『まぁ、その事は今いいでしょう』
『自分から振っておいて勝手だな、おい。
まぁいい、それで?』
澪の自分勝手な所は、彼女が紫苑達並びに
それもまた彼女らしさだろうと静が思っている中で、澪は言った。
『あの位捲し立てないと、彼女は辞退するんじゃないか、そう思ったので。
そうなってもらっては都合が悪いでしょう、わたくし達的に。
昨日の紫苑の言葉を覚えてますか?』
昨日――澪の言葉に、静は記憶を脳裏で巡らせる。
どの事を言っているのか……昨日は朝から話し込んだり、街に出かけたりしていたので、どの事についてなのか即座には思い浮かばなかった。
そんな静にしびれを切らしたのか、澪は彼女が口にする前に答を告げた。
『ほら、麻邑さんにレイラルドへの帰還を打診された時のですよ』
『ああ、それか――』
事柄を指定された事で、静は改めてその時の事を思い浮かべた。
彼女達のクラスメートであり
彼女は一体いつの間に覚えたのか、空間転移の魔術を使用できる。
それにより自分達が召喚された地であるレイラルドへ帰る事が出来るけど、どうするのか――実羽はそう紫苑に問い掛けたのだ。
異常事態でいきなり
だが――紫苑はその申し出を、少し考えた末に謝罪しつつ断わった。
『ごめんね、折角の心遣いを断っちゃって』
『それは全然いいんだけど、どうしてなのかは聴いていい?』
美羽の問い掛けに、紫苑は申し訳なさそうな笑みを浮かべつつ言った。
『なんというか――ここでしなくちゃいけない事、まだ全然できてないと思うから』
帰還を拒否した理由、それは……ここで自分を
紫苑は、グーマがこちらでの紫苑の生活を保障してくれる他、レイラルドにいる級友達への連絡や最終的な帰還の際の旅費などの提示された条件と交換条件で彼の養女となった。
そうして養女となった以上果たすべきあれこれを、紫苑はまだまだ果たせていないと感じていた。
何より、グーマに頼まれたからではない――紫苑自身が為すべき事だと認識した人族と魔族の和解は、まだ始まったばかりだ。
そんな中途半端な状態で帰る訳にはいかない――それゆえに、紫苑は実羽の提案を断ったのだ。
美羽達は一時的かつ短期間での帰還ならいいんじゃないかと、そちらも提案したのだが――。
『いや、その、重ね重ねごめんね……?
そうして帰っちゃったらなんというか、緊張感というか、やらなくちゃー!って気持ちが途切れそうな気がするんだよね。
それに――話せば
と、両手を合わせての改めての謝罪と共に、そちらも断ったのである。
静個人としては真面目な彼女らしいと苦笑する事柄ではあったのだが――澪としては、シンプルにそう思えなかったようだ。
『あの調子だと、
『それは、まぁ確かに』
『このまま悠長にしていては、元の世界への帰還はおろか、ここで数年以上暮らす事になりかねません。
この世界で骨を埋めるのであればそれもいいでしょうが――そんな訳にはいかないでしょう』
確かに、そのとおりだ。
この世界での生活に慣れてきた部分もあり、居心地が悪い訳ではないが――それでも、ここは自分達の世界ではない。
それに魔王の口振りからすれば、この世界そのものに危機が迫りつつある状況なのだ。
このまま世界と一緒に滅びるのは、澪は勿論、静や『
――まぁ、
『であるなら、出来る限り早急に状況を進めて、あの子がここでの役目を終えたと思える状況にする事で落としどころを付ける他ないでしょう。
その為にも紫苑には生徒会長になってもらった方が都合が良い筈です。
少なくとも、何もしないよりはプラスになりますし――』
少し前に澪が紫苑へと語った事に嘘は殆どなかった。
ただ、確証を持てていない部分もあった。
生徒会長になる事での影響の程度については、サレスの影からの学園観察、時折抜け出しての調査、かつての世界での澪自身の経験――それらからの推察に過ぎない。
万が一その辺りを突っ込まれると提案を辞退される可能性があったため、澪はやや強引に話を押し切る他なかったのである。
――そんな事情もあり、澪は話に乗っかって紫苑を説得してくれたサレス達に内心感謝していた。
『それが話を多少強引でも進めていった理由です。
ご納得いただけましたか?』
『まぁ、概ねはな』
『――なんですか、歯に物が挟まったように。
言いたい事があれば言いなさいな』
『言いたい事というか……強引に進めたのはそれだけが理由じゃないんだろうに、と思っただけだ。
ライバルとして相応しくあってほしいって部分も、本音なんだろう?
それから――』
『あーあーあー! 聴こえませんー! わたくしには何のことやらさっぱりわかりませんー!!』
静が澪の口振りから感じた事を指摘しようとした瞬間、澪は声を張り上げる。
サレスの影内の様子を今は見ていないが――静には、両手で耳を塞いで顔を赤らめている澪の姿がありありと浮かび上がっていた。
『分かった分かった、それ以上は言わない』
『まったく――わざわざ言語化しなくていい事もあるでしょうに』
『確かにな』
実際、言葉にするのは無粋な事もある。
それは重々分かっているが――それを承知の上で、静は告げた。
『でも、時には無粋だとしても伝えた方がいい事柄もある。
それだけは言っておきたかったんだ』
『……そんなもの、わたくしにはないですよ、ええ』
どこかそっぽを向くような気配で呟く澪の気配を感じて、静は小さく笑う。
それは微笑ましさを感じて――ではなく、澪が自分と近しい考えを持っていてくれている事への嬉しさが強かった。
つまるところ――自分達は心配なのだ。
八重垣紫苑という、自分で自分を縛りつけ、責め立てながら生きている少女の事が。
紫苑自身にその自覚があるのかないのかは分からない。
だが、静には分かる。
過去に彼女とちょっとした接点があったからでもあるが、静自身も自分自身に様々な事を科した上で生きているからこそ――似た者同士だからこそ、より分かるのだ。
あんな調子では、いつ自分自身の縄に足を引っかけて転んでしまうか分かったものじゃない。
そのくせ、紫苑は他人こそが転ばないかを気に掛けながら生きているのだ、心配にもなる。
だからこそ、静も澪達と同様に今回の事に――生徒会長という他者に認められて成立する存在への挑戦に賛成したのだ。
その結果として、多数の他者に認められる事で
(――八重垣さんはもっと幸せであっていいの)
静はそうして自分の心の内でだけ、いつか彼女に伝えたい言葉を呟いて――苦笑する。
澪にああ言っておきながら、自分も彼女と同様に伝えた方がいい言葉を伝えられていない事に。
『……悪かったよ』
『ふん、だ』
そのバツの悪さから、静は幾つかの意味を込めて謝罪を呟き、澪は多くは語らず不満げな息を零した。
そうして、言葉を交わし終えた彼女達は影の中で揺蕩い――見守っていた。
教室に戻った紫苑が悪戦苦闘しながら、それでも一生懸命にシェーラ達へと『生徒会長を目指す』意思を表明する、その姿を。
――その事が、紫苑や自分達の現在、そして未来を良い方向へと変えていく事を願いながら。
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