94 不器用ゆえの、真面目さと厳しさと優しさの形

「そうか、生徒会長を目指す事にしたのか――それは実に良いと思うぞ」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんがハイグリーズド学園にて生徒会長を目指す決意を固めた日の夜。

 コーリゥガ家のお屋敷での夕食の席で、グーマお父様が言った。

 ――食事中、というかナイフを動かしている真っ最中なので髪をかき上げたりなポーズは出来ないんだけど、ちょっと小気味良く動いて絶妙に髪を、ふぁさっ、とさせているのは器用だなと思います。


「はい――私自身は気質的には会わないんじゃないかと思ってるんですけど……

 友達がそんな私でも期待してくれているので、挑戦してみようと思ったんです」


 丁寧にナイフやフォークを扱いつつ私は答えた。

 背後に立つ、この家のメイド長たるノーダさんの視線を感じるけど――特に何も言われず安堵する。

 少しずつ貴族令嬢としてのマナーも身に付きつつある、のだろうか……だとしたら、この調子でもっとレベルアップしていきたいね、うん。


「シオンお嬢様、そうしてすぐご自分を卑下なさるのはやめるべきです。

 それもまた家全体の品位を貶める事になります」


 と思っていたら、別方面からの駄目出しを受けてしまいました。

 うう、貴族令嬢への道は険しいなぁ……。


「……。はい、気を付けます」

「若干間があったのはともかく、どもらないよう意識して、その数が少なくなってきたのは良い傾向です。

 そのまま努力願います」


 そうして反省していたので、思わぬお褒めをいただいて嬉しくなる私。 

 実際ノーダさんの指導のお陰で、日常生活でもスムーズなお喋りを意識出来る様になったのは感謝です。


 なんというか――まだまだ陰キャ気質な私だけど、それでも、以前よりは変わってきてる、かな?


 正直自信はない、ないんだけど……

 この世界に召喚されて、クラスメート達と元の世界にいた時よりも話すようになって、元の世界では出会えなかったような色々な人達と関わるようになって――その分だけ良くなった部分はきっとある、と信じたい。

 私の内面的なアレコレはともかく、皆からの影響は良いものばかりだと思っているので、ええ。


 ただ、この世界に来た事をきっかけに変わろうと思った事はきっと――ううん、絶対に間違いじゃなかった。

 基本自信なんか欠片もない私だけど、この事についてはそうして強く断言できる。


 その決意がなかったら――私はきっとにはいなかっただろう。

 途中の段階で何度か死んでしまい、立ち直れずに心が折れていたかもしれない。

 あるいは全てを諦めて――早い段階で元の世界に帰っていたかもしれない。

 仮にここに辿り着けたとしても、少なくとも自分自身納得できる形ではなかったと思う。


 そして、今さっきノーダさんから贈ってもらった折角の言葉も、前向きには受け取れなかったかもしれない――


「はい――!」


 そういう私なりに思う所と褒められた嬉しさの合わせ技で、私は思わず強めに返事してしまった。

 あ、やっちゃった――と思った矢先、目を伏せて咳払いしたノーダさんから当然のように指摘が飛んできた。


「良いお返事ですが、食事の席ではもう少し声を落とすべきかと」

「は、はい」

「――。シオンお嬢様、わざとやってらっしゃるのですか?」

「いえいえいえ?! そ、そ、そんなつもりは――あ」

「……お嬢様? 私に何かご不満でもあるのですか? それゆえの当てつけなのですか?」


 ひょええー!? す、すみませんー!!

 動揺して一気に崩れ去っただけで決して悪意も不満もないですし、当てつけなんかでは全くないんですー!!?


 実際、貴族令嬢としての所作の他、ノーダさんには様々にお世話になっているので感謝の気持ちしかない。

 なんだけど、その感謝の気持ちが今一つ令嬢としての学び、その習熟の成果には繋がっていないので心苦しい限りです。


 そういうアレコレを言語化しようとしたけれど、慌てるとどもってしまいそうであたふたするばかり。

 悪循環だなぁ、と自分の不甲斐無さを痛感していると、向かいの席に座るグーマお父様が笑みを零した。


「ノーダ、その位にしてあげたまえ。

 紫苑がそんな娘ではない事は、とうに分かっているだろう?」

「――。それはそれ、でございます」

「紫苑も、もう少し気を緩めてノーダに接するといい。

 ノーダもこれで結構不器用でね。

 厳しくする事でしかそなたの真面目さに応えられないと思ってるんだよ」 


 グーマお父様の発言を受けて、私は思わずノーダさんに視線を向ける。

 すると、ノーダさんは何も言わず――ただ顔を赤らめて、ん、と咳払いのように息を零し、軽く握った手を口元に当てた。

 すごく大人なノーダさんのその所作は、どうしようもなく可愛くて――同時に、私への真面目な向き合い方を改めて感じて、私は嬉しさやら喜びやら感動やらで胸がいっぱいになった。


 胸が詰まるような感謝の気持ちを伝えたいと私は思ったんだけど――それを正しく表現出来る言葉が思いつかなかった。

 こういう所が私は本当にダメダメだなぁと思っている。

 

 だけど、何も言わずにはいられなかったので、私はグーマお父様へと会釈した上で――グーマお父様は頷いてくださった――席を立った。

 食事中で無作法なのは承知していたけど、それでも、これはちゃんと伝えなくちゃいけない事だと思ったから。


 そうしてノーダさんへと向き直った私は、喉の調子を整えてどもらないように気を付けながら彼女へと静々と頭を下げた。

 ノーダさんが教えてくれた作法に則った、敬意を示す形で。


「――ノーダさん……いつも、ありがとうございます。

 私、これからも努力します――だから、どうか、今後ともよろしくお願いします」


 本当はもっと深々と頭を下げたかったんだけど、あるじ養女むすめたる私がそこまでしてしまうと流石にノーダさんの立つ瀬がなくなってしまう。


 そもそも『気軽に目下の者へ頭を下げてはいけない』とも彼女に教えられているので、作法的に良くないのは分かってるんだけど――それでも、感謝をちゃんと伝えたかった。


 だから、他ならぬノーダさんから教わった守らなくちゃいけない所と感謝の気持ちの狭間で私は御礼を形にしたのである。


「気を緩めて、と言ったんだがなぁ」

「――。

 いえ、これがシオンお嬢様にとっての、私への気の緩め方なのでしょう」


 笑みを含ませながらのグーマお父様の言葉に、ノーダさんもまた微笑みを浮かべた。

 その、思わず見惚れてしまう、とても綺麗な微笑みのまま、穏やかな視線を私へと向けてノーダさんは言った。


「今後は……私相手であれば多少は見逃しますが――決して、他の方には行わないよう気を付けてくださいね。

 あと、私には敬称も敬語も必要ありませんので……まぁ貴女には難しい事でしょうから、こちらはおいおいで構いません。

 そして――こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします、紫苑お嬢様」

「はい……!」


 そうして、ノーダさんと私は互いの気持ちを交わし合い――その上で笑い合った。

 うう、嬉しくてちょっと涙ぐみそう――でも、こうして折角笑い合えたので、涙を見せて心配させたくないのでぐっと堪えます、はい。


「紫苑は心が豊かだね。私も見習いたい所だ」


 それに気付いたのか、グーマお父様は再び食事の席に着いた私へと小さく微笑んだ。

 なんとなくの気恥ずかしさを覚えつつ、私はグーマお父様へと会釈した。


「いえ、そのように褒めていただけるところではないかと……すぐ動揺しちゃいますし、そこからの失敗も多いですし。

 それに――いえ、それよりも」


 うっかり再びネガティブ発言しそうになるのを抑えつつ、私は言った。


「ありがとうございましたグーマお父様。

 グーマお父様のお言葉のお陰で、ノーダさんに大切な気持ちを伝えられました」

「礼を言われる事ではないが――そう思ってくれているなら頼みやすいな」

「?」


 よく分からずに眼を瞬かせる私に、グーマお父様はワインを一口含み、味わって飲み干した後、言葉を続けた。


「紫苑、急で申し訳ないが、明日は学園を休んでくれないか?」

「それは……構いません。

 ただ、どうしてなのかお訊きしてもよろしいでしょうか」

「当然の権利だ。勿論答えよう。

 実を言えば、そなたに会いたいという御方がいてね――その為に時間を作ってもらいたいんだ。

 それぞれの予定の都合上、明日ぐらいしか時間が合わなそうなものでね。

 生徒会長になる事を決意したばかりのそなたには申し訳ないんだが」

「いえ、どうかお気になさらず」


 突然の要望――それは、それ相応の理由があっての事だろう、と私は感じ取っていた。

 基本的に私の行動や提案について寛容で、相当に自由を許してくれているグーマお父様だから尚更にだ。

 だからこそ、グーマお父様がそうして会ってほしいという方が、相当に凄い方なのではないかと私は思った。


 結果から言えば、その予想は当たっていた。

 だけど、想像を大きく上回り過ぎていて……


「そう言ってもらえると助かる。

 ちなみに、そなたに会ってもらいたい人物というのは――ここ、ルナルガ領を含めた国土全てを治めておられる、ロクシィード国の国王、ロークス・ロスクード・ロクシィード陛下だ」

「――――――――――はい?」


 私はグーマお父様の言葉を聴いた瞬間、驚愕のあまりリアクションらしいリアクションを取る事すらできなかったのだった――いや、国王ってどういうことー!??

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