95 まさかの王様との謁見――そりゃあ緊張しますよ(震え声)

「そなたが、噂の赤竜斃し――シオン・ヤエガキ・コーリゥガか。

 姿は先日の投影魔術で見ていたが、なるほどなるほど。直に見ると吟遊詩人達が唄いたくなるのも分かるな」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんとグーマ・モンリーグ・コーリゥガ様が、顔を上げよ、との言葉に従った視線の先にいたのは……一人のご老人。

 もしも元の世界でお姿だけ見かけたら、かっこいいお爺ちゃんだなぁとだけ思っていただろう。


 だけど、この世界ではそうはならない。色々な意味で。

 なぜならこの方は、今私がいるロクシィード国の国王……ロークス・ロスクード・ロクシィード様だからです、ええ。


 まずなんというか纏っている雰囲気が厳かである。

 今まで私は赤竜王様や魔王軍3将軍、魔王様と、とてつもなく強い方々と相対してきた経験があるんだけど――そういう強い方々とはまた違う雰囲気というか。

 挙げた方々は内に秘めている力というかで思わず腰が砕けてしまいそうな感じだった。

 だけど、この方はそういうものじゃなくて、思わず敬ってしまう雰囲気というか。

 私達はお姿を拝見するまで跪いてお待ちしていたんだけど、もしそうでなくて立った状態でお会いしたら即座に膝を付いていたと思います、はい。

  

 そして、やはりなんと言っても『王様』である。

 考えても見てほしい。

 元の世界においてはただの学生である私が、王様とか大統領とか、そういう凄まじい肩書の人に会ってお話する機会が一体どれほどあるだろうか?

 基本的にまずありえないというか、想像すらできないというか――宝くじで一等が当たる確率と同じ位なのだろうか……正直想像もままならない。


 昨日グーマお父様やノーダさんから聞いた所、お国柄によって異なる部分はあれど、この異世界においても一般市民が王様に会うという事はまずない事と言っていいそうだ。

 貴族であっても、少し格付け的に低めの方はお姿を見かける事すら難しく、それなりの家であっても遠目で拝見出来る機会が数年に一度あるかどうか、というレベルらしい。


 そういう方に、今私はお会いしている訳で……現在抱いているとんでもない緊張その他については、最早語るまでもないと思う。

 ――赤竜王様や魔王様は戦いだったりの特殊な状況だったのでその辺りを考えてる暇がなかったんだけど、こう、何というか素面(お酒を飲んだ事はないからあくまで比喩です)で凄まじく偉いヒトにお会いするのは、とんでもない事だなぁと身体をガクガクさせながら思っております。


 漫画やアニメで、たまに王様相手でも堂々とした態度を取るキャラクターとかいますけど――改めて思う……正気の沙汰じゃないよそれー!?

 少なくとも私には、敬意とか礼儀とかそういうあれこれで絶対無理です。

 ――クラスメートの『選ばれし7人ベストセブン』が魔王様に会った時の事、もっと詳しく聴いておけばよかったなぁ。


 ただ、今回幸いだったのは、お城の広大な空間の一番奥に王様が座っていて、その眼前の騎士もしくは大臣たちが皆傅くような――所謂玉座の間的な場所や状況じゃなく、にいるのは私達3人だけだった事。


 私達が今いるのは王城――ロクシィード国の首都の中心に位置している――の中の一室。

 王族の方が私的に誰かと会う時の為の、簡易的な謁見の間であるとの事だ。


 私達のいた世界の、学校の教室ほどの空間の奥に、装飾こそ過度に華美ではないけど、王様が座るに相応しい一席が設けられていた。

 王様はそこの横合いにある、舞台袖の様な所から現れたご様子で――跪いて床を見ていたのではっきりと見ておりません――今は、私達より数段高い位置の椅子に座られている。 


 もし、私がフィクションからイメージしていたような玉座の間での謁見シーンみたいな状況だったら、緊張のあまり泡を吹いていたかもしれない。

 そこから考えると現状は相当に楽になってるんだろうけど――それでも私吐きそうになっております。


 昨日王様にお会いするという事を聞かされた際、グーマお父様は「そこまで過度な緊張はいらないさ」とおっしゃってました。

 でも、不安になってメイド長のノーダさんに視線を向けるとすごい勢いで首を横に振っておりました。

 どっちなんですかー?!と私が混乱したのは言うまでもなかった。


 最終的に『王様は寛大なので、敬意を示してさえいれば、私が思うよりは緊張も礼儀も意識しなくて大丈夫』との事だったんだけど――曖昧過ぎて正直具体的にどう対応すればいいのかよく分かりませんでした。

 なので私はノーダさんから学んでいた最上位の対応を意識しております。


 私の対応失敗でコーリゥガ家没落、なんて事態だけは避けなければ――いざという時はお詫びに腹を切ろう。

 いや、王様の眼前で腹を切るのは正しいんだろうか……そもそもこの世界で切腹はどういう意味合いを持つんだろうか。


 うう、緊張で思考までバグってきてるような。

 せめて言葉がどもったりしないように気を付けねば。

 大丈夫大丈夫、ノーダさんと重ねてきた練習の時間は無駄じゃない無駄じゃない――


「自慢の養女むすめでございます、陛下」

「ははは、抜かしおる――よもや容姿で決めた訳ではあるまいな?」

「ご想像にお任せします」


 そうして私が緊張状態真っ只中にある中、グーマお父様は最低限の礼儀を尽くしつつも楽しそうに談笑していた。

 それもあって私の緊張はささやかにほぐれた――緊張度100%が90%位に。 


「さて、そろそろその自慢の娘本人とも言葉を交わそうか」


 そんな中、ついに陛下の意識と言葉がこちらへと向けられる。

 うわわわわわわ、どど、どうしよう、いやいや、大丈夫大丈夫大丈夫、私は貴族令嬢貴族令嬢行ける行ける行ける――


 そう一生懸命に言い聞かせた上で、私は名乗りを上げる。


「――――お初にお目にかかります、陛下。

 わたくしめはグーマ・モンリーグ・コーリゥガの養女として迎え入れていただいた、異世界人。

 シオン・ヤエガキ・コーリゥガでございま――」


 ございまヒュッ!といつもなら、なっていただろう。

 しかし、今回はちゃんと意識して抑え込んでみせる――!!


 と、意識し過ぎたのが仇となりました。


「――ギュッ!?」


 舌を――舌を噛んでしまいました。

 痛いです。超絶痛いです。

 しかし王様の前でのた打ち回る訳には行かず、私は全身をプルプルと震えさせてどうにか抑え込む――だけど、それもまた力を入れ過ぎていつしかガクガクと大きく振動めいてきました。

 その事への動揺で更に震えが酷くなるわ、これは滅茶苦茶に失礼な状況なのではと意識が遠くなっていくわで更に状況が悪化していく私。


 だ、誰かー!? はじめくーん!? アドバイスくださいー!! ヘルプミー!と思わず助けを求めても当然返事は帰ってこないわけでして。


 これはもう駄目かも――そう思い至り、意識を手放しかけるも、それこそ不敬が過ぎるー!と、どうにか意識を掴み取った瞬間だった。


「ははは――!」


 私を見下ろしていた陛下が愉快そうに笑っていた。

 それがあまりに楽しそうなので呆気に取られていると――それでも震えは続いていたけど――陛下は言った。


「いや、すまぬな。そなたは一生懸命余に礼儀を尽くそうとしてくれているというのに。

 つい空のように澄み渡った青々しさに心動かされてしまったのだ。

 何分王などやっていると、そういう若者に出会う機会など中々ないものでな。

 それに――投影で見たとおりだったからな、つい嬉しくなってしまった。

 許すがよい。そして、もっと気楽にせよ。

 余は言葉を噛んだり詰まらせたり、作法が行き渡らぬ事を不敬とは思わぬし、咎めぬよ。

 そなたからの敬意は、緊張の形として今十分に見せてもらったゆえな」

「ははは、寛大なお言葉、痛み入ります陛下。――紫苑、聞こえていたね?」


 グーマお父様の言葉と、ポンポンと肩を叩かれた事で私に最低限の思考の余力が戻って来た。

 ギ・ギ・ギとゼンマイ切れかけの玩具のような挙動でグーマお父様に顔を向けると、グーマお父様も愉快そうに笑っていた。


「もっと気楽にしないと、その方が不敬になるぞ? それでいいのかな?」


 いやいやいや! それはよくないですー!

 慌てて首を全力で横に振りまくった私は、陛下へと改めて向き直り頭を下げつつ言った。


「か、寛大なお言葉に感謝を――全力で気楽になるよう努力いたしますー!!」

「うむうむ、そうするがよい。あと顔も上げてよいぞ」

  

 グーマお父様の言葉もあって、一刻も早く正さねばと若干慌てた言葉になってしまったのだけど、陛下はそれすらも笑って許してくださった。


 お恥ずかしいやら申し訳ないやらだけど――陛下やグーマお父様の表情やお二人のやりとりで少しずつ過度な緊張は抜けていった。

 本当にもう少し気楽にしていいんだ、という安堵で全身から力が抜けていく。


「いや、しかし上手くやったものだな、グーマよ」


 私のそんな様子を見計らったかのような――いや実際見計らっていただいたのだろう。

 絶妙なタイミングで陛下は話を始めていった。


「これ以上ない好機で彼女を迎え入れたものだ――そなたは実に運がいい」

「いえ、陛下――お言葉ですが、これはおそらく運命かと」

「運命か……そなたはどちらだと思っているのだ?」

「前者でございます。

 後者であったなら、おそらく彼女はここに存在していなかったでしょう」

「ふむ――そうだろうな」


 正直どういう意味合いの言葉なのか、私には測り得なかった。

 運命に――神と、神々?

 それぞれ違う存在なのだろうか――違うなら、どういう差異がそこにあるのだろうか?


 気楽に、とは言われてはいたけれど、その辺りの疑問を素直に口にする事は流石に憚られた。

 後でグーマお父様に訊いてみよう……私がそんな事を考えている最中、思わぬ言葉が陛下から私へと向けられた。


「シオンよ、すまぬが一つ頼み事がある」

ひゃいはい! なんでございましょう陛下」

「そなたが所持しているという原型の魔循兵装……ヴァレドリオン、だったか。

 それを余に委ねてはくれぬか――?」

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