96 魔循兵装とロークス陛下、そして奪われたもの

「そなたが所持しているという原型の魔循兵装……ヴァレドリオン、だったか。

 それを余に委ねてはくれぬか――?」


 王城の一角にある簡易的な謁見の間で、ロクシィード国の国王であるロークス・ロスクード・ロクシィード様からの思わぬ言葉に、私・八重垣やえがき紫苑しおんは暫し言葉を失っていた。


 え? ヴァレドリオンを委ねる――?

 それって『接収する』的な意味合いなんでしょうか?


 王様相手に即座に言葉を返せなかったのは不敬かつ申し訳ないと思っておりますが――流石に即答は無理な事柄だった。


 ヴァレドリオンはスカード師匠から委ねられた大切なモノだ。

 間接的にそれ以前の所持者たる黒須くろす所縁ゆかりさん、そしてその旦那様たるファージさんからの縁が繋がっている事も大切さをより深めている。

 勿論、今まで何度も厳しい戦いを共にして、その中で力を貸してくれた事――様々な積み重ねによる私自身の愛着もある。


 そして――他ならぬヴァレドリオン本人が現在私を所持者として認めてくれている。

 不甲斐無い上に一部破損さえも引き起こした私を、だ。

 そうでなかったら、ダグドさんとの戦いで召喚に応じてくれなかっただろうし、変わらず所持を続ける事を認めてくれなかっただろう。


 その本人の意向を無視して誰かに委ねる事は――正直したくなかった。

 勿論そもそも大切なモノだというのも大きすぎる理由だけど。


 でも、そうしないと誰かの命や国が危ないとかそういう状況だったら――そうして様々な可能性を脳裏に浮かべていると。


「陛下、その発言では誤解を招きます。

 まるでヴァレドリオンを強引に接収しようとしているかのように」


 そう声を上げたのは、私の養父たるグーマ・モンリーグ・コーリゥガ様だった。

 グーマお父様は隣で私と同様に跪きながら、こちらへと視線を向けて楽しそうに笑っていた。


「紫苑の表情がコロコロと変わっていく様は面白くもありますが――気の毒でもあるので訂正を願います」

「む――? おお、そうか、そうだな」


 ロークス陛下はそう言うと真面目な表情を一転、穏やかな笑みを浮かべた。

 その上で、玉座に腰かけたまま、私へと改めて視線を向ける。


「すまぬすまぬ、そなたから魔循兵装を奪うような意図はなかったのだ。許せ」

「あ、いえいえいえ、何卒お気になさらずっ!」

「うむ、すまんな」


 慌てていたため、つい口調その他を深く考えもせずに言葉を返してしまったが――陛下は特に気にされた様子はなかった。

 改めて、最低限であれば咎められない――グーマお父様に類が及ぶような事態にならないと安堵する私でした。


 さておき、鷹揚に頷いた陛下はご自身の顎を摩りつつ言った。


「詰まる所、ただ魔循兵装を余に見せてほしかったのだ。構わぬか?」

「それは構いません。ただ――」


 ノーダさんからの教えを思い出し、最低限どもらないようにしつつ、私は恐る恐る答える。


「つまり、その、ここにヴァレドリオンを召喚する事になるのですが、よろしいのでしょうか?」

「それは構わぬが――ああ、なるほど」


 私の発言の意図を察したご様子で、陛下は小さく頷いていた。


「余の前で武器を所持する事が不敬に当たらないか、そもそも許されるのか、そういう事を考慮してくれたのだな。

 これは余が迂闊であったな――それを考慮した上で、そなた達には貴族としての服装や武器の非所時を頼んでいたというのに」


 陛下のお言葉どおり――今の私とグーマお父様は貴族としての正装を身に纏っていた。

 すなわちグーマお父様は私達の世界のスーツに近い形状の礼服を、私は夜会に呼ばれた際のドレスを。

 それぞれ貴族として相応しい格調の高さと、派手過ぎない程度の華やかさを考慮したデザインとなっている。


 当初陛下は目立たないよう普段どおりの格好での謁見を望んだとの事だったが――安全面から却下されたという。

 いかに陛下のご意思とは言え、そういった形での私達だけに限った謁見は側近や親衛騎士には認められなかったらしい。

 グーマお父様はともかく、私は『怪しくて何をするか分からない異世界人』と思われて当然だろうしね、うん。


 だからこそ『激しく動く事を前提としていない正装での謁見』で了承を得たそうだ。

 ちなみにここに来るまでに厳重にチェックも受けました――同性じゃなかったら問題になりそうだったなぁ、あれは。

 ――正直ちょっと恥ずかしかったです。


 でも、私としてはむしろ当然の警戒だと認識している。

 何故ならば相手は一国の主、頂点にして中核たる国王陛下なのだ。

 その安全の為なら万全を期す必要があるのは、ただただ納得でしかなかった。


 そうしてチェックを受けたのにヴァレドリオンをこの場に召喚するのは、安全面からすればとんでもないし、諸々台無しなんじゃないかなぁと思った訳で。


「だが、余はその上でヴァレドリオンを見たくなったのだ――それゆえ、召喚を許可しよう。

 それに……」


 そこで陛下はこちらを見やると、好々爺と表現するには気高さを溢れんばかりに感じる笑みで告げた。


「先程あれほどまでに緊張し、余に敬意を払っていたそなたが余を害するなど万に一つもありえまいよ。

 余はそなたを、そしてそなたを娘としたグーマを信じよう」

「お言葉、光栄に存じます」

「こ、光栄でございます――それでは……ヴァレドリオン、お願い――!」


 そうして私は大声を出し過ぎないように気を付けつつ、ヴァレドリオンに召喚を要請した。

 すると金色の粒子が何処からともなく現れ溢れて収束し――掲げた私の手の中にヴァレドリオンが実体化した。


 よかった、無事召喚出来て……と安堵していると。


「おお、すごいな、グーマから聞いていたが本当に自由自在に召喚出来るのだな。

 見せてもらえぬか?」


 いつの間にやら玉座から席を立っていた陛下は私の眼前で座り込んでいた。

 そのキラキラと輝く瞳はヴァレドリオンに注がれている――先程までの厳かな雰囲気は若干薄くなっていた。


 うーん、この瞬間だけ切り取ると新発売の特撮玩具に目を輝かせていた私と同じだなぁ。

 ついつい共感めいた笑いが零れそうになるのを堪えつつ、私はヴァレドリオンを恭しく両手で捧げるように陛下へと差し出した。


「うむ、感謝する――おお……!」


 すると陛下は即座に光刃を発生させ――陛下は深い緑色の光刃だった――目を輝かせたまま、私達から距離を置いた上で軽く振り回した。

 その所作――足運びやヴァレドリオンの握り方などから、陛下も相当に鍛錬を積まれている事が窺い知れた。


「通常の魔循兵装より、魔力の流れが円滑だ――刃の大きさの調節も容易い……流石は原型だ。

 しかし、不思議なものだ――かのヴァレドリードは余が握っても起動すらしなかったのだが」

「え!? あ、し、失礼しました」


 思わぬ単語が出てきて、つい驚きの声が出てしまった。

 しかし、陛下は「よいよい」と御機嫌なご様子で許してくださった。


 ヴァレドリード――サレスさんが所持している魔循兵装だ。

 ヴァレドリードも確か原型だったはずだけど、何故陛下がその名前をご存じなのだろうか。

 その事を疑問に感じているのが表情から伝わったのか、陛下は私の疑問に応える事柄を口にした。 


「サレス・ジャスティーヴ――そなたの級友であったな。

 彼女は、我が国への留学で初めてこの地を訪れた際、手続きで王城にも足を運んでいた。

 その際にヴァレドリードも触れさせてもらったのだよ――無理を言ってしまって申し訳なかったと後から反省したのだがな」

「そ、そうだったのですか……」

「ふむ、どうして余がこんなにも魔循兵装の原型に執着しているのか、知りたそうな顔だな?」

「ええっ?! そんな顔してましたでしょうかっ!?」

「「してたしてた」」


 思わず驚く私に、陛下とグーマお父様は一緒くたにツッコミめいた言葉を向けた。

 ……さっきから思ってたけど、お二人仲良過ぎじゃないです? 


 そうして動揺やら困惑が零れまくってるらしい私へと陛下が告げた。

 ……その直前、軽く握ったままのヴァレドリオンを眩しそうに眺めたその後で。


「そなたは、我がロクシィードが、名だたる国々の中で魔循兵装の技術が最も進み、量産されている国だと知っているか?」

「はい、存じ上げております」

「そうなるに至ったのには、当然ながら理由が存在している。

 この国には存在していたのだよ――この、ヴァレドリオンと同じくの原型たる魔循兵装が。

 それを元に、他の国に先駆けて長い期間研究開発を進めた結果が、今だ。

 だが――その大本となった原型はもはや存在しない……。

 奪われてしまったのだよ、――神々の使いによってな」


 瞬間、握ったままのヴァレドリオンの光刃の輝きが一際増した。

 それは陛下の何かしらの強い感情に同調したのだろう――それを証明するかのように、陛下はヴァレドリオンの柄を強く強く握り締めていた……。

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